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アナタはわたしの手の中  作者: 未田
第23章『宣戦布告(後)』
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第69話

「ちょっと顔貸しなさい。場所変えるわよ」


 京香がそう告げると、瑠璃は頷いた。


「いいですよ。デートですね」


 にんまりとした笑みを向けられ――いざそのように言われると、京香は少し恥ずかしかった。

 いや、意図としては間違っていない。あくまでも、下心がある。

 京香は瑠璃と共にショッピングモールを出ると、ふたりで自動車に乗り込んだ。


「この車に乗るのも、久しぶりですねー」


 黒いマスクを外し、瑠璃は助手席に座っている。言葉の割に、はしゃぐことなく落ち着いていた。

 京香としても、瑠璃を乗せるのは久々だった。かつては弱みを握り、無理やり乗せた。瑠璃が気だるい様子を見せていたのが、今でも印象に残っている。

 脅迫したのは、遠い過去だった。現在ではすっかり変わってしまったと、京香は思った。


「それで、どこに連れて行ってくれるんですか? まさかー、ホテルに連れ込むつもりですかぁ? こわーい」

「違うわ。バレンタインだもの……イルミでも見に行きましょう」

「へー。嬉しいですけど……アナタにしては珍しいですね。イルミなんて興味無さそうなのに」


 確かに、かつての『ママ活』では、デートは互いの自宅がほとんどだった。出かけることは、あまり無かった。

 京香の性格だけでなく、あの時は人目を気にしていたのだ。

 今や――退社した瑠璃と一緒にいるところを、妙泉製菓の従業員に見られたとしても構わない。


「人間、変わるものよ。あんたみたいにね……」


 京香は今でも人目のことを伏せ、適当に誤魔化した。

 臭い台詞だと思われたのだろう。瑠璃にケラケラ笑われるも、動じることなくハンドルを握った。


 ショッピングモールを出て、約一時間。コインパーキングに自動車を置き、ふたりで少し歩いた。

 ようやく目的地に到着した。

 スポーツイベントからコンサート、見本市まで行われている、有名な多目的アリーナがそびえていた。

 アリーナ前の広場が混雑しているのは、きっとイベントの有無と関係無いと京香は思った。


「わぁ。凄いですねー」


 瑠璃が感嘆の声を上げるように、京香としても素直に魅入った。

 何かイルミネーションを見にいこうと調べ、京香はここを選んだ。事前に写真を見ていたとはいえ、実際に目にするとより綺麗に感じた。

 アリーナ前の広場には、所々にけやきの木が植えられていた。それらに青い電飾が施され――寒い夜空の下、幻想的な青い世界が広がっていた。


「ちょっと歩きましょうか」

「いいですよ」


 ふたりで歩き出すと、京香の手に瑠璃のが触れた。京香は一瞬強張るも、瑠璃から指を絡められ、仕方なく手を繋いだ。

 瑠璃との間に於いて手を繋ぐなど、かつては自然な所作だった。だが今は、恥ずかしさと緊張で、京香は瑠璃の顔を見られない。

 それでも、瑠璃の手が温かく、そして柔らかく感じた。互いに手袋を着けていないため、直に伝わった。


「念のため、確認するわね……。私があんたに勝ったら、また私の『所有物(モノ)』になるのよね?」


 ゆっくり歩きながら、京香はふと訊ねる。そのように、今夜の用件(はなし)を切り出した。

 ショッピングモールの工事現場へ京香ひとりで訪れた際、そして誕生日にも、確かに瑠璃から言われた。


「一瞬、何のことかわかりませんでしたけど……そういえば、そういうこと言ったような……」


 口振りから――瑠璃にとっては、どうでもいい台詞だったようだ。

 京香としては、言質を取ったつもりだった。今さら冗談では済まされない。

 だが『必死さ』を見せたくないため、訴えなかった。平常を装い、素っ気ない態度を見せた。


「まあ、そういうことでいいですよ。アナタみたいなザコオバが、わたしに勝てるわけありませんから」


 ケラケラとした笑い声が、隣から聞こえた。

 貶しているつもりなのだろう。もうすっかり聞き慣れた口調を、京香は聞き逃さなかった。


「言ったわね? 私が勝てば……本当に、また私の『所有物』になりなさいよ?」


 言質と捉える機会として、一応押さえておく。

 瑠璃がふと立ち止まり、京香も連れられた。青いキラキラした世界を背後に――瑠璃が小さな笑みを浮かべながら、見上げていた。


「構いませんよ。まあ、それにしても……今日は随分食いつきますね。もしかして、勝算でもあるんですか?」

「そんなもの、無いに決まってるじゃない」


 京香は笑いながら、正直に告げる。

 ショッピングモールの建設現場で再会した時から、そうだった。瑠璃の実力を、よくわかっている。最も敵に回したくない人物と敵対し、京香は反射的に諦めていた。

 そう――敵対したと、実感が湧かないほどに。瑠璃のふざけた様子からも、冗談のように感じていた。ふとした拍子に、再び自分の手元に戻ってくるとさえ思っていた。

 だが、あまりに楽観的だった。

 誕生日の贈物として持ってきた青いレアチーズケーキを食べ、本当に手元を去ったのだと実感した。そして、勝利は万が一にも無いと悟った。


「それでも、やるしかないの。あんたに勝つしかないのよ」


 家業を背負っての勝利など、京香としてはどうでもいい。目的のための手段でしかない。


「私は、あんたのことが好きだから」


 白い息が、霞んで消える。

 ずっと伝えられなかった気持ちを、京香はようやく告げた。恥じらいもなく、瑠璃の瞳を見つめた。

 瑠璃のことを、諦めきれなかった。離れた辛さを知っているからこそ、せっかく再会した現在――もう二度と手放したくない。

 思えば、京香に欲しいモノなど何ひとつも無かった。敷かれたレールの人生を甘んじて受け入れ、退屈な日々を怠惰に過ごしていた。

 それが現在、欲しいモノを掴み取ろうと必死に手を伸ばしている。このような気持ちはいつ以来だろうと、京香は思う。

 何にせよ、きっと社会人に成りたてだった頃を思い出したからであった。偶然(まぐれ)だったとしても、自分の実力を信じるしかない。どれだけ家業を嫌っても、もう一度フレッシュな気持ちで向き合うしかない。


「ありがとうございます」


 京香の告白に、瑠璃は感謝した。子供のような無邪気な笑みを浮かべている。

 きっとからかわれると思っていたため、京香としては意外だった。ここでようやく、恥ずかしくなった。つい、瑠璃から視線を反らしてしまう。


「よく言えましたね……。そういうことなら、約束しましょう。もしも、アナタがわたしに勝てたなら……もう一度『所有物』になります」


 瑠璃から顔を覗き込まれるも、京香はその言葉が嬉しかった。こちらの意図を汲んで貰えたと理解すると同時、決意がより強くなった。

 京香は鞄から、妙泉製菓の自社製品をひとつ取り出す。


「これ、私があんたの歳ぐらいの時に開発した(つくった)やつよ。バレンタインなんだから、受け取りなさい」


 白いマカロンを、流通されているラッピングのまま渡す。

 これが京香の、今夜の目的だった。

 所詮は市販の既製品であるため、バレンタインの贈物としては実に味気ない。だが、自らが手掛けた製品でなくてはならないため、京香としてはこれ以外に考えられなかった。

 そう。誕生日にされたことを返し、そして気持ちを伝える――いわば、京香なりの『宣戦布告』であった。現在の瑠璃と向き合うことへの、覚悟の提示だ。


「へー。なかなか良いじゃないですか……」


 瑠璃は余裕のあるにやけ顔で、マカロンを受け取る。この場でひとつ取り出し、口へ運んだ。


「ザコオバのクセに、やりますねぇ。勝てる可能性がゼロパーセントから一パーセントぐらいには上がったんじゃないですか?」

「減らず口を叩いてられるのも、今のうちよ」


 京香としては、白いマカロン以上の商品を用意できる自信が無い。だが、瑠璃に悟らせないため、虚勢を張るしかなかった。


「まあ、アナタが珍しく本気を出そうとしてるのは、よーくわかりました。だからこそ――叩き潰してあげます」


 瑠璃が相変わらず舐めた態度を取るが、京香にはなんだか嬉しそうに見えた。

 このようなかたちだが、京香はバレンタインとして満足した。


「いいわね? これは店というより……私とあんたの真剣勝負(ガチンコ)よ?」

「わかりました。でも、その前に……夕飯(ごはん)にしませんか?」


 瑠璃が腹をさすりながら、広場の外周を指さした。飲食店が並んでいる。

 京香は調子が狂うも、瑠璃と笑いながら歩き出した。


「あんたね……なに先に、お菓子食べてんのよ?」

「お腹空いてる時に渡してきたの、そっちじゃないですか? ていうか、奢ってくださーい」

「は? あんた、金持ってんでしょ?」

「全然持ってませんよ。さーて、何食べようかなぁ」

「ほんっとムカつくガキね……。まあいいわ。その代わり、今の携帯電話番号(ばんごう)教えなさいよ」

「いいですけど……寂しいんですかぁ?」

「う、うるさいわね……」

第23章『宣戦布告(後)』 完


次回 第24章『いたわり』

京香は新商品の案を考える。

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