年末の大掃除 3
守美さまから、式神の作り方を教えて貰った。
呪符に霊力を込めたところ……。
「はぁい♡ レイちゃんでーす♡ ぴーすぴーす♡」
……な、なんだか陽気な私が、出てきた……!
ど、どうなってるんだろう……。
「どうしたのママー?」
「ま、ママ……?」
式であるレイ……式レイが私に近づいてきて、ぎゅーっと抱きしめてくる。
「そぉだよぉ♡ ママは、あたしのことを生み出したんだから、ママでしょ~?」
「そ、そう……なるのかな?」
「そうだよ! ママ~♡ 頭なでなでして~♡ だっこ~♡」
え、ええー……。なにこれ……。
全然私っぽくないというか……。
「これは、危険ですね」
と、守美さまが深刻な顔でつぶやく。
「危険?」
「ええ。式は、通常自我を持ちません」
「そ、そうなんですか……」
「ええ。そうなんです」
前に、しゃべる式を見たことがある。
白夜様のいる、極東城でのことだ。
でも……あれは確かに、白夜さまが式を操っていた。
……自我がないというのは、本当らしい。
「この式は、自我を持っています。術者の思惑を外れ、本物の命が芽生えてしまってるのです」
「な、なるほど……。で、でも……命が芽生えてるからといって、何が危険なのですか……?」
「それは……」
すると式レイが、目を潤ませながら、守美さまに近づく。
「守美ママぁ……」
「す、すみまま……」
「あたし……うまれてきてはいけない命だったの……?」
潤んだ目で、そんなことを言われたら……。
「そんなことは、ないんじゃあないと思いますよ」
「ほんとー♡ 守美ままは~、あたしのことすき~?」
「ええ、それはもう」
「えへー♡ あたしも、守美ままだーいすきっ♡」
猫なで声でそう言って、守美さまにぴったりくっつく式レイ。
「ねーえ、守美ママ~。あたしお外であそんできていーい?」
「な!? だ、駄目に決まってるでしょうっ? いいですか、あなたの見た目は、完全にレイ・サイガなのです。貴女の言動がそのままレイさんの評判に……」
「ママ~♡ お願い☆ すぐ帰ってくるから」
式レイは胸の前で手を合わせ、ぱちん☆ とウインクする。
「うぐ……か、可愛い……」
「守美さま!?」
守美さまが胸を押さえてうずくまる。
「隙あり♡ 【鵺】→【霊亀】♡」
守美さまの体を、結界が包み込む。
これは……霊亀の異能!
鵺でコピーした、霊亀の結界を使っている!?
「し、式……あなた、異能まで使えるのですか……?」
「そーだよママ♡ だぁって……」
にこぉっと式レイが笑う。
「あたし【が】、レイだもん」
「あたし……が……って……」
式レイは廊下に出て、ぴょーん、と高くジャンプする。
塀の上に着地する。
「レイちゃんちょろっと、お外で遊んでくるね~♡」
「あ! 待ちなさい!」
「やだもーん♡」
ぴょーん、と式レイが塀を飛び越して、外へ行ってしまった……!
た、大変……!
「す、守美さま! 追いかけないと」
結界に閉じ込められた、守美さま。
けれど、たしたし、と守美さまが結界を手で叩き、うなだれる。
「……駄目です。結界を抜けることができません」
「そ、そんな……どうして?」
「理由はいくつかあります。一つ、今のわたくしは、霊亀の異能を使えないこと。二つ、式のレイの霊力出力が、わたくしを凌駕してること」
そ、そうか……。
今の守美さまは、全盛期より弱体化してるんだ。
そこは、わかる。けど霊力が最強異能者の、守美さまを上回るってどういう……?
「式の体は、霊力を通しやすい呪符製です。霊力出力……つまり、一瞬で出せる霊力量は、人間の肉体を持たぬ式レイのほうが上なのです。霊力の強いレイさんをコピー元としてるのもありますけども」
「な、なるほど……」
色んな理由があって、式レイは守美さまを一瞬、上回ったと。
「それと……くっ! これが一番の大きな問題ですが……」
「どのような……」
「ぶりっこレイさんが、可愛すぎたからです!」
……………………そこ、一番大きな問題なのだろうか……?
「普段、謙虚で控えめなレイさんが、子猫のように甘えてきた! そのギャップに……胸を打ち抜かれてしまったのです……くっ……」
「は、はぁ……」
「霊力の強さは、精神状態にかなり左右されます。ぶりっこレイさんのあまりのキュートさに動揺してしまい、その一瞬を……突かれてしまいました」
「な、なるほど……」
守美さまが動揺した隙を突いてきたと……。
「このままでは、大変なことになります。式レイは、レイさんと全く同じ姿形をしています。あの式が問題を起こせば、すべて貴女に返ってくる……。もしも式レイが犯罪など犯してしまったら……」
そのときは、私が捕まりかねない、といいたいらしい。
なるほど……。ことの重大さが、ようやく、伝わってきた。
「早急に式レイを捕まえる必要があります」
「はい! いってきます……!」
元はと言えば、私が作り出した式。
私がなんとかしないと……!
「駄目です。一人で行ってはなりません。白面は貴女を捕らえる機会を、虎視眈々と狙っているのですから」
異能が使えない今、白面からすれば、私はかっこうの餌にしか見えないだろう。
「で、でも……守美さまは動けないですし……」
「大丈夫です。こんな結界くらい、すり抜ける……くっ! なんと堅牢な……やはりわたくしでは、突破は無理……」
そのときである。
「あれ? お嬢様、何をしてるのです? 守美さまも」
「「朱乃(さん)!」」
黒服の一人、百目鬼朱乃さんが、やってきたのだ。
確か外で掃除をなさっていたはず……。
「思ったよりも掃除が速く終わって、帰ってきたのですが……なにかあったのです?」
結界に閉じ込められた守美さまを見て、朱乃さんが首をかしげる。
「ちょうど良い。朱乃、レイさんを連れて街へ行きなさい。レイさんの偽物が、外で騒ぎを起こしてるかもしれないのです!」
「え、え? よ、よくわからないですが……わかりました!」
朱乃さんはうなずくと、私をお姫様抱っこする。
「失礼します! 【酒呑童子】!」
朱乃さんが異能を発動させる。
炎熱を操る鬼、酒呑童子の能力を発動させる。
朱乃さんの体から炎が拭きだし、その推進力を使って、彼女は空高くジャンプするのだった。




