3章 プロローグ
私の名前はレイ・サイガ。
サイガ伯爵家の長女として生を受ける。
だれもが魔力を持つ世界において、私は魔力を持たずに産まれ、無能令嬢と蔑まれてきた。
ある日、王命により、海を渡った東の国、極東へ嫁ぐことになる。
極東の悪魔と恐れられていた、一条悟様は、しかし、優しい人だった。
優しい旦那様と、お家の人たちに囲まれて、私は幸せな暮らしをしている。
こないだは、サトル様の御母堂、守美さまのことを、色々あった後に蘇生させることに成功。
一条家に新メンバーが加わり、お家はますます賑やかになるのだった。
◇◇◇
季節は冬。あと数日で、新年を迎える。
そんなある日のこと。
「ん……」
私が目を覚ますと、部屋の中はすでに温かかった。
「おはようございます、レイお嬢様」
「朱乃さん……」
黒服(使用人のこと)の一人、百目鬼 朱乃さんが、すでに部屋の中にいた。
背が高く、綺麗なお姉さんだ。
「熱すぎないですか?」
朱乃さんは、酒呑童子の異能を持っている。
熱を操る異能者だ。部屋があったかいのは、彼女が異能で、温度調節してくれてるからだろう。
「大丈夫です。とても、温かいです」
朝起きて、私は着替えようとする。
けれど……朱乃さんが近づいてきて、私に言う。
「お嬢様は、どうかそのままで。アタシが着替えさせますので」
「え、いや……自分のことは自分でできますので……」
「駄目です」
朱乃さんがきっぱりと言う。
「お嬢様の身の回りのお世話をするのが、我らの仕事です。仕事を取らないでください」
「は、はひ……」
凄い圧を感じたので、思わずうなずいてしまう。
朱乃さんはニコッと笑って、テキパキと私の身支度をする。
髪の毛をとかし、服を着せ、薄く化粧をする。
鏡台の前に座るのは、黒髪の……貴族令嬢。
昔は、髪の毛もボサボサだし、肌つやも悪く、猫背で……幽霊みたいな見た目をしていた、私。
でもこちらに来て、栄養のある食事、温かい寝床、快適な睡眠と。十分すぎるほどに、色々して貰った結果、こうして外見が変化することになった。
「はい、今日もお美しいです」
「ありがとう、朱乃さん」
身支度を調えた後、パンパンと、手を鳴らす。
「姉ちゃんよんだー?」
「蒼次郎くん。おはよう」
入ってきたのは、小さな、10歳くらいの男の子。
百目鬼 蒼次郎君。朱乃さんの弟さんであり、黒服の一人。
「レイちゃんおはよー!」
蒼次郎君は今日も元気いっぱいだ。
「蒼次郎。交代。アタシ朝ご飯の支度してくるから」
「あ! あ、朱乃さん、私も……」
すると、朱乃さんが顔を近づけてくる。
「駄目です」
「で、でも……」
「朝食の支度もまた、我らの仕事です」
「はい……」
にこっ、と朱乃さんが笑うと、蒼次郎君とバトンタッチ。
「レイちゃん、朝ご飯ができるまで、おいらと花札しよーぜ!」
「う、うん……いいよ」
「わーい♡」
蒼次郎君がタンスから花札を取り出して、遊びをする。
……そう、遊び、だ。
……はぁ。
「どうしたの?」
「なんだか……私、申し訳ないなって」
「申し訳ない?」
「うん……だって、私、何もしてないから……」
「はぁ? なにそれ?」
私は悩みを打ち明ける。
「だってほら、今、私って異能が使えないでしょう?」
呪禁存思、という蘇生の秘術をこないだ使った。
あれの反動で、私は現在、三つの異能が封印されてる状態にあるのだ。
「ただでさえ無価値な私から、異能を引いたら、何も残らないなって……。せめて、朝ご飯とか、お掃除とか、役に立ちたいなって思ってるのに……」
でも、黒服さんたちは、いつにも増して、私に何もさせようとしてこない。
「気にしすぎじゃなーい?」
「そうかな……」
「そうだよ。だれもレイちゃんに、役に立てなんて言ってないっしょー?」
「それは、そうだけど……でも、私としては、この家のために、何かしたいんだ」
すると蒼次郎君が、にぱっと笑う。
「別に何もしなくていいじゃん。だって、レイちゃんはいるだけで、役に立ってるし!」
「え、ど、どういうこと……?」
「レイちゃんがいるだけで、悟にいちゃんも、守美ばーちゃんも、ねーちゃんもにーちゃんも、みーんな笑顔になれるもん!」
私が……いるだけで?
皆笑顔になれる……? そんな……。
「何もしてないのに?」
「うん」
「それは……」
本当だろうか……。皆優しいからな。
「レイちゃんは、自分の価値をわかってねーなー」
「うう……ごめんね、蒼次郎君」
「なんで謝るのさっ。もー……レイちゃんはあれだね、じ、じこ……事故物件だね!」
事故物件……?
「あれ、なんだっけ。じこ……自己……うーん……ま、いっか!」
よくないんだけども……。
そのときだった。
「レイに会わせてくれ!」
ふすまの外から、サトル様のお声がした。
多分夜廻りから戻られたのだろうっ。
サトル様に速く会いたい私は、立ち上がり、外へ行こうとする。
花札は私の圧勝だった。
ふすまをすこーし、開け外の様子をうかがう。
そこには、黒髪の美女と、白髪の美青年が立っている。
美女は、一条 守美さま。私のお義母さん。
美青年の方は、サトル様。私の旦那様となる人であり、私の……大切な人。
二人がじろりとにらみ合っていた。
「夜廻りから戻って、疲れてるんだ。レイをぎゅっとさせてくれ!」
「今はまだ早朝、レイさんはまだ寝てるやも知れません。起こしたら大変です」
……どうやら、私を抱きしめたいサトル様VS私のことを気遣ってくれるお義母さまという図式のようだ。
「あ、あの……私は起きて……」
私がふすまを開けて、二人に言う。
「悟……!」
くわっ、と守美さまが目を見開き、そして叱りつける。
「あなたのせいで、レイさんが起きてしまったじゃあないですか!」
瞬間、サトル様は空中へと吹き飛ばされる!?
「すげえ、怒っただけで、悟にいちゃんがぶっ飛ばされた……! さすが守美ばーちゃん……ぐわぁああああああ!」
蒼次郎君も同じように、吹き飛んでいった……!?
「えー……なんでおいらまでぇ~?」
庭の床に転がる蒼次郎君。
守美さまは、怒っていらした。
「おはよう、レイさん」
「は、はひ……」
ニコッと笑ってる守美さまだけど、なんか怒ってるのがわかる。
「なんでおこってるんだろーねー?」
「レイを起こしてしまったからだろう?」
「それは悟にーちゃんがぶっ飛ばされた理由だろう? なんでおいらまで?」
……もしかして。
「あ、あの……蒼次郎君。ばーちゃんって言うの、よくないですよ。守美さまは、まだそんなお年を召されてないですし……若くて綺麗ですし……きゃっ」
守美さまが私をぎゅーっと抱きしめる。
「ああ、レイさん。貴女は本当に、できた娘です。ああ、可愛い。可愛い。あの粗野な二人よりも、本当に可愛い」
「あ、ありがとうございます……」
よしよし、なでなで、としてくる守美さま……。
ああ、温かい……ずっとこうしててもらいたい……。
「ずるいぞ母上! 俺もレイをすりすりなでなでしたい!」
「おいらもスリスリなでなでしてもらいたい!」
フッ……と守美さまが勝ち誇った笑みを浮かべる。
「そうしたいのでしたら、わたくしからレイさんを奪ってみなさい。もっとも、あなたたち程度の異能者では、わたくしには勝てませんがね」
「「くそぉおおおおおおおお!」」
バッ、と悟さまが手で印を組む。
「【霊亀】!」
サトル様の異能、霊亀。
結界を作る妖魔だ。
結界で、守美さまを捕縛する。
「【茨木童子】!」
蒼次郎くんの異能、茨木童子。
植物を操る異能である。
サトル様が結界で、スミ様を捕縛。
しかる後、蒼次郎君の植物操作によって、結界の上からさらに、樹木で捕縛。
「捕まえた!」
「勝ったね!」
だが……。
する……と、守美さまが二人で作った結界を、何事もなかったかのようにすり抜けてきたのだ。
「甘いですね」
「「なんでええええええええ!?」」
守美さまは一瞬で目の前から消える。
サトル様たちのすぐそばに現れると、彼らの鳩尾に掌底を放つ。
「「うわぁああああああああ!」」
吹っ飛んでいき、倒れる二人!
私は、二人の怪我を治そうと、近づこうとする。
けれど……。
「う、動けない……」
いつの間にか、後ろに移動していた守美さまに、後ろからぎゅーっと抱きしめられる。
「ああ、レイさんは……今日も温かくて、素晴らしい抱き心地です」
「ど、どうも……」
い、一歩も動けない。異能を使ってないはずなのに……。
「ね、ねえ悟にーちゃん。守美ば……守美さまってさ、外に出てるとき、異能使えないはずなんでしょ?」
「う、うむ……」
守美さまは、サトル様の体内妖魔でもある。
サトル様に異能の力を付与してる間は、彼女は自分の霊亀の異能を使えない……はず。
そう、この人は異能抜きで、サトル様と蒼次郎君を圧倒していたのだ。
「あなたがたは異能に頼りすぎです。もっと霊力操作技術を磨かないと、レイさんを守れませんよ?」
「「! それは困る!」」
二人が立ち上がり、やる気に満ちた表情を浮かべる。
「レイをあの白面のやつらから、守らないと!」
「おいらたち、もっと強くならないと! レイちゃん守るために!」
うぉおお! と二人がやる気を出してくださる。
……私のせいで、迷惑を……きゃっ。
「レイさん。そんな悲しい顔をしないでくださいまし」
守美さまが、いつの間にか私の前に移動していた。
優しく、手で私の頬を包み込む。
「守美さま……」
「貴女は優しいひとだから、自分のせいで、皆が白面に狙われる羽目になるとでもおもってるのでしょう? 大丈夫、あなたのせいではありません。一条家と白面の間には、貴女がここへ来る前から、因縁が存在します」
……白面。
世界最強にして、最古の大妖魔。
恐ろしい力を持っており、一度極東は滅ぼされかけたらしい。
でも、守美さまが命をかけて戦ったことで、滅びは免れたそうだ。
でも……白面はまた、復活を狙っている。
蘇生の秘術を使える、私を……利用して。
「大丈夫、わたくしは貴女を守ります」
「何一人でいいとこみせてるのだ、母上!」「ずりぃよ! おいらだってレイちゃん守るもん!」
ふふん、と守美さまは得意げに鼻を鳴らす。
「今のあなたたちでは、身に余ります。レイさんを守れるのはわたくしだけですね」
「「俺も守るもん!」」
……私のこと、こんなに強く思ってくださる。それは、本当に嬉しいことだ。
「皆ちょっと、朝から五月蠅いですよ」
朱乃さんが、調理場から戻ってきたようだ。
朝ご飯の支度がすんだらしい。
「早朝から騒がないでくださいね」
「「はいぃ……」」
サトル様と蒼次郎君がしょぼんと頭を下げる。
「まったくですよ、もう」
「いや守美さまもですよ……普通にご近所迷惑です」
「はぃい……」
さっきまであんなに凜々しくて、かっこよかった守美さまも、叱られた子供のように頭をすくめる。
それがなんだかおかしくって、私は笑ってしまう。
「ああ、レイの笑顔……眩しすぎる!」
「やっとレイちゃん笑顔になったー!」
「やはり、レイさんの笑顔が、わたくしたちの一番の栄養剤となりますね」
うんうんうん、とその場にいる全員がうなずく。
……わ、私の笑顔に、そ、そんな力が……?
「お嬢様。どうか、ずっと笑っててください。それだけで我ら、幸せなので」
そのことを、疑ってしまうのは、逆に皆さんに申し訳ないと思った。
だから……頑張って、なるべく……笑顔で居ようって、そう思うのだった。




