34 淺草の花屋敷 5
呪禁存思。
その言葉の意味を、私は知らない。でも……理解できるのだ。
どういう理屈で、なにが……起きるのか。
私の手から発せられた、黒と白の光。
陽の気と、陰の気を合わせる……呪禁。
その呪禁の、さらなる強化された……陰陽の光が、当たりを包み込む。
世界が、白く塗りつぶされていく。
サトル様の霊廟の中が、どんどんと……白く塗りつぶされていく。
……意識が遠のく。
『見ツケタゾ』
……ふと、誰かの声がした。
振り返ると……、そこには。
巨大な目玉があった。
……なに、これ……。ぞくっ、と背筋に悪寒が走る。
周りを見渡すも、幸子ちゃんたちや、サトル様、守美さまの姿が見えない。
『呪禁存思。死者蘇生ノ秘術。貴様ガ……ソウカ。神因子ヲ持ツ異能者カ』
神因子……?
なに……?
この目玉は一体……。
『我ハ欲ス。死ヲ超越セシ力。必ズ……手ニ入レル……』
ずずずず……と目玉から、白い尾が伸びてきた。
1本の、巨大な尾が私の体に巻き付こうとする。
逃げようとする私の足に、尾が絡みつく。
そして……引っ張られる……。駄目、あの目玉が、邪悪なるものなのはわかる!
逃げないと……でも、どうやって。
「レイ!」
……声が、聞こえた。サトル様のお声だ。
「サトル様……!」
何もないところから、サトル様の手が伸びる。
どうして彼の手なのかわかったのか、わからない。でも、彼だということだけはわかる。
伸ばされた彼の手を掴むと、ぐいっと引っ張られる。
足に絡みついていた尾が、ほどけていく……。
『今ハ、逃ガシテヤル。ダガ……必ズ捕マエル……。ドンナ手ヲ使ッテデモ。死を超越セシ娘ヨ……』
……。
…………。
………………気づけば、私は目を覚ましていた。
「大丈夫か、レイ」
「サトル様……」
サトル様が私を見下ろしてる。それだけで、ホッ……と安堵の息をつく。
ここはどこだろう……。
「お嬢様!」
「朱乃さん。それに、蒼次郎君たちも……」
黒服の皆さんが、私の周りにいた。
体を起こすと、ここが、自分の部屋だというのがわかった。
「あれ……? 私……なにが……どうなって……」
ええと、確かサトル様の記憶の中に潜った後、色々あって、それで……。
「レイさん!」
すぱーん! とふすまが開く。
……そこに、居たのは。
黒髪の、美女。
「す、守美さま!?」
……そう、一条悟さまの御母堂、一条 守美さまがいたのだ。
私は慌てて立ち上がる。
がっ、と足を布団にひっかけ、倒れそうになる私。
ふわり……と守美さまが抱きしめてくださった。
「大丈夫ですか、レイさん」
「は、はい……」
どうして……?
ここは、霊廟の中じゃあないのに。守美さまが、どうして……。
「レイが、蘇生させたのだろう? 母上を」
「わ、私が……? そ、蘇生……?」
「ああ。呪禁存思。死者蘇生の秘術を使って」
「!」
そ、そうだ。私……霊廟の中で、確かに力を使った。
3人の、体内妖魔さんたちの真名を呼び、そして……。
守美さまが、生き返って欲しいと、願ったのだ。
「あなたは、本当に凄まじい異能者ですね、レイさん」
守美さまの胸に、耳を重ねる。とくん……とくん……と守美さまの心臓の鼓動が、聞こえる。
……温かい。守美さまの、体温を感じる。
「本当に、生き返ったのですか……?」
「ええ、そうですよ。貴女の……おか、おかげで……」
ぽた……と、守美さまの頬から、涙がこぼれ落ちる。
「わた、わたくし……本当は、死にたくなかった。悟を、残して……死にたくなかったんです……」
「守美さま……」
「大きくなった悟を、抱きしめたかった。悟の成長を、側で、見ていたかった……。だから……」
守美さまが、泣きながら……私に、笑顔を向ける。
「ありがとう、レイさん。本当に……ありがとう……!」
ぎゅぅううう! と守美さまが私を抱きしめる。
……ああ、良かった。理屈は、わからない。どうやって、死者を蘇生させたのか。わからない。
でも、そんなのどうでもいい。
「サトル様」
振り返ると、サトル様も、黒服の皆さんも……泣きながら、それでも笑っている。
……そう、皆笑ってるのだ。私はそれだけでいい。
大切な人たちが、幸せな顔をしている。それだけで……私は十分だった。
「母上!」
サトル様がこちらに駆けだしてくる。
私ごと、サトル様が私たちを抱きしめてきた。
「母上! お、俺……俺は……うう……うれしいです……」
「わたくしも、嬉しいですよ」
「レイ……ありがとう!」
「どういたしまして」
こんな奇跡を、体現してくれたのも、幸子ちゃんたちのおかげだ。
ありがとうございます、幸子ちゃん。
「れい」
部屋の隅に、幸子ちゃんが居た。
……でも、オカシイ。今にも、消えてしまいそうなくらい、存在感が希薄だ。
「れい。きをつけて。しばし……うちら。きゅーみん」
「え……?」
「じゅごんぞんし、はんどー。うちら、しばらく、れいのちからになれない」
「!」
反動で、私は、異能が使えないってこと……?
「任せておけ、ザシキワラシ」
サトル様が、幸子ちゃんに向かって、はっきり言う。
「俺が、守る。レイも、この極東にいる、全ての人たちも!」
サトル様……。なんて、頼もしいのだろう。
幸子ちゃんがうなずいて、ぐっ、と親指を立てる。
「まかせたぞ。さとる」
フッ……と幸子ちゃんの気配が消えた気がした。
消滅した、わけでは……ないと思う。
『きえてないよ。きゅーみんするだけ』
脳内に幸子ちゃんの声が響く。良かった……。
「レイさん。大丈夫、心配ありません」
守美さまと、黒服の皆さんがうなずく。
「わたくしたち、一条家が、あなたをあらゆる障害から守ります」
うんうん! と一条家の皆さんが、強く……うなずいてくれる。
……どうして、とは聞かなかった。聞かずとも、この人達から、強く深い、愛情を感じていたから。
「ありがとうございます、皆さん……!」




