33 淺草の花屋敷 4
その後、私たちは、花屋敷にある全てのアトラクションを回った。
サトル様も、そして、守美さまも、とても楽しんでいらした。
こんな時間が永遠に続けば良い。本気で……私はそう思った。
でも、終わりは……目前にまで迫っていた。
夕暮れ時。
私たちは、ベンチに座っていた。
幼いサトル様は、守美さまのお膝の上で眠っている。
(ちなみに、幸子ちゃんは私の膝の上で寝てる……この子ほんとに何しに着いてきたんだろう……)
「ありがとう、レイさん。遊びに、誘ってくれて。そして、一緒に遊んでくれて。本当に、ありがとう」
守美さまが私を見てそういう。
……お母様に、喜んでもらえて、私は満足だった。でも……私は、見てしまう。
守美さまの、切なげな表情を。
嬉しいという気持ちには嘘はないだろう。でも……それだけじゃあない。
「あなたは、恐らくここではない時空から来たのですね。そう……未来、かしら」
「!? な、なぜそれを……」
「かまをかけさせて、もらいました」
「あ……」
確信はなかったんだろう。私のリアクションを見て、全てを悟ったんだ。
……もう、隠しても無駄だろう。
「……はい。私は、10年後の未来からやってきました」
守美さまは小さく「そう……」とつぶやく。
「やっぱり、10年後の世界に、わたくしは、居ないのですね」
「っ。そ、それは……」
「よいのです。わたくしの死は、定められたものですから」
ハクタクの未来視で、守美さまはこの後、白面と戦い没すると、判明してる。
「わかってました。予言は絶対だと。外れる可能性は万に一つも無い。だから……」
守美さまは、私をみて笑う。
「ありがとう。最後に……楽しい思い出を、悟に残してあげられました」
「…………最後って」
「明日、わたくしは死にます」
「!? あ、明日……そ、そんな……」
そこまで、正確に……死ぬ日にちがわかっていたなんて……。
明日死ぬとわかっていて、ここまで、普通に振る舞えてる。なんて、強い心の持ち主だろう……。
でも……でもそんな、悲しすぎる……。
「なんとかならないんですか?」
「なりませんね。私は白面との戦いで死にます」
「でも……!」
そんな……また、一緒にご飯を食べに行こうって、約束したのに……。
「10年後の世界では、貴女がいるのでしょう? 悟の隣に」
「…………どうして、そう思うのですか?」
「貴女の中に、悟の魂を感じるのです」
!?
10年後のサトル様の存在を、守美さまは、感知してるということ……?
「わたくしの代わりに、貴女がいる。貴女なら……任せられる。だから……安心して、戦いに征けるわ。ありがとう、レイさん……」
知らず、涙がこぼれ落ちる。
いやだ、いやだ。
「行かないでください……死なないで……守美さま……」
守美さまと過ごして、私は強く、そう思った。
この人に死んで欲しくない。
この人と、サトル様が、永遠に会えなくなるのは、嫌だ。
すっ……と守美さまが私の手に触れる。
「どうか、悟を、お願いします。この子は……優しくて、でも……弱い子だから」
きゅっ、と守美さまが強く、私の手を握る。
「この子を、支えてあげてくださいまし。レイさん」
「す、みさま……」
「最後に、お義母さんって、呼んで欲しいです」
「お義母さ、ま……私、私は……! まだ……」
その瞬間、私の体が光り出した。
直感した。私は、この世界から消えてしまうのだと。
「さよならのようですね」
「いやです! 守美さま!」
すかっ、と私の手が、守美さまの手をすり抜ける。
そんな! いやだ、いやだ! 消えたくない。行ってほしくない!
「さよなら、レイさん。……さよなら、10年後の悟。夫婦仲良く……ね」
そう言うと、私の視界が暗転する。
……。
…………。
…………………………気づけば、私は白い砂漠の真ん中にいた。
「レイ……」
「サトル様……」
10年後、つまり、今の、私の知ってる大人のサトル様がそこにいた。
彼は私を膝枕してくれていた。
「戻ってきたようだぞ、10年後の世界に」
「………………はい」
ここはサトル様の霊廟の中。
心の内側に、守美さまが作った異空間だ。
「無事帰ってきたようですね」
「守美さま!」
10年前にみたのと、全く同じ姿の、スミ様がそこにはいた。
「過去を、見てきたのですね」
「はい……」
守美さまが説明する。
「あなたは、本当に10年前に戻ったのではありません。悟の中にある10年前の、記憶を、追体験しただけに過ぎません」
「…………」
「だから、あそこであなたが干渉したことで、未来が変わるということは、ありません。一条 守美は10年前死にました」
……わかっている。
あれは、仮想現実だったって。
「今、目の前に居る守美さまは……?」
「悟の中にいる、妖魔【霊亀】です。一条 守美は、一度死んで、霊亀に生まれ変わり悟の体内妖魔となったのです」
……そういう、事情があったんだ。
だから、サトル様の霊廟……心の中に、守美さまがいたと。
「で、でも……良かったです。霊廟の中に来れば、いつでも守美様に会えるということでしょう?」
「……無理です」
「無理?」
「霊廟は心の中。そう、易々と来れないのです」
「で、でも私は何度か、自分の霊廟の中にきてますけど……」
「あなたほどの、霊力の高い人間なら可能でしょう。ですが……悟は無理です」
……そんな。
じゃあ、もうここを出たら、サトル様は守美さまに会えないの?
「じゃ、じゃあ一生ここに……」
「レイ。いいんだ」
「サトル様……」
サトル様は、笑っていた。
「もういいんだ。良い思い出が、できた。この思い出と、過去で見たものがあれば、俺は……より強くなれる。この旅は無駄じゃ無かったよ」
……やだ。
サトル様が、悲しそうな顔をしてる。守美さまだって……!
わかってる。彼らは、この旅を通して、思ったんだ。もっと、息子と……母と、一緒に居たいって!
強く、強くそう思ったんだ……。
「さ、帰ろう、レイ」
「…………」
私は、立ち上がる。そして守美さまを見やる。
「さようなら、レイさん」
霊廟を出たら、もう……守美さまには、二度と会えない。
嫌だ! 私は……!
そんな悲しい結末を、許せない!
「レイ」
幸子ちゃんが、私の肩に座ってる。
「レイ。のぞめ。おまえは……とくべつ。おまえに……ふかのうはない。おまえは、ふかのうをかのうにする」
望み……。私の、望み。
「守美さまを、生き返らせたい……!」
にや、と幸子ちゃんが笑う。
「そのことばが、ききたかった」
ぴょんっ、と幸子ちゃんが飛び降りる。
彼女の両隣には、饕餮さん、そして……鵺さんが、いた。
「うちは、幸子。ザシキワラシの、幸子」
続いて、饕餮さんが言う。
「我が輩は、タオ。饕餮のタオ」
……と、饕餮さん、しゃべれたの……!?
「そして、姉さんは、つぐみ。鵺のつぐみ」
幸子ちゃん。タオさん。つぐみさん。
……私の中にいる、体内妖魔の皆さんの、真名。
「さぁ、レイたん。呼んで、姉さん達の真名を」
「我が輩達の、真の力を解放すれば」
「れい……ねがいがかなう」
……願い。私の願いは……ただ一つ。
「幸子ちゃん。タオさん。つぐみさん。……お願い!」
体内妖魔さんたちが、嬉しそうに笑う。
彼女たちの力が、私の中に流れ込んでくる。
三人の妖魔の力が、私の中に……。そして……それはさらに強く大きくなるのを、自覚する。
できる、という確信だけが、私の中にはあった。
なにを、という疑問は口にしない。
それは私の、そして、サトル様の……思い。
守美さまを、生き返らせる。
その、術の名前を。私は……知らず口にする。
「呪禁存思!」




