32 淺草の花屋敷 3
ある程度アトラクションに乗った後、私たちは、昼ご飯を食べることにした。
フードコートと言って、軽食を買い、食べられるコーナーがあった。
「お昼ご飯買ってきますね」
「…………」びくーん。
……守美さまの顔がこわばる。……どうしたのだろう。
「そ、そうですね……買った料理の方が、お、美味しいに決まってます。そうですね……わたくしの……より」
わたくしの……?
まさか……。
「守美さま、お昼ご飯……作ってきたのですか……?」
「えー! ははうえの、手作りお弁当ですかっ!?」
サトル様がとても嬉しそうに笑う。
目をきらっきらさせてて、可愛らしい。
「え、ええ……せっかくなので。あ、その……あまり期待なされないでください」
極東最強の異能者、守美さまの作るご飯……。どんなものなのだろうか。
とても、気になる。
「というか、どこに……お弁当なんてあるのですか?」
守美さまが虚空に手を伸ばす。
空間に、黒い■が出現した。
「その箱は……?」
「物を収納しておく際の、異空間に繋がる箱です」
「異空間に繋がる箱……? 異能ですか?」
「そうです。霊亀の力は、とどのつまり空間支配術。空間に別の、新たな空間を作り出すということも可能なのです」
「『なるほどぉ……』」
私、そして10年後のサトル様も、感心する。
「いいですか? 霊亀の異能は、結界のみにあらず。その神髄は空間の支配にあるのです」
と、私に向かって、そういった。……ちょっと、違和感があった。どうして、私に霊亀の力の説明をしているのだろう。
幼いサトル様に教えるならともかく……。
「界を結び、盾となすのは、霊亀の力の一画に過ぎないのです。異能の、解釈を……広げるのです。この力は、創意工夫があれば、その使い方は無限なのです」
『…………』
10年後のサトル様が、息をのむ。
……まさか、このサトル様に話しかけてる……?
そんな、まさか。
守美さまがいくら凄い異能者だからといって、存在しない未来の息子を、観ることなんてできるわけが……。
「ははうえっ。おなかすきました!」
幼いサトル様がお腹を押さえる。
「では、食べましょうか」
■から取り出したのは、ランチボックスだ。
蓋を開けると……。
「こ、これは……」
黒焦げになった……なにかがあった。
え、え……? こ、これは一体……?
「ごしょうみあれ」
「え、えっと……」
そもそも、これはなんという食べ物なのだろうか……。
で、でも折角守美さまが作ってくださったのだ。食べないと駄目!
「わ、わぁい! 美味しそうなおにぎりですね!」
「………………それはサンドイッチです」
「あ……す、すすす、すみません!」
「…………いえ、良いのです。炭の塊にしか見えないですよね」
「す、守美だけに……な、なぁんちゃって……」
……ああ、地獄の空気になってしまった!
なんという寒いシャレを言ってしまったのだ私!
「ぷっ」「くすくすっ」
………………え?
サトル様と守美さまが、ケラケラと笑い出したではないか。
「炭と守美って! あははは! うまーい!」
「ぷ……くす……あはっ。あはははははははっ!」
お、お二人とも……笑ってる……?
こ、こんなくだらない、だじゃれで……?
「ははうえっ。こ、こんな寒いシャレで笑ってしまうんですねっ」
「寒くなんて……あははっ。ないですよっ。おも……ぷっ、あはははは!」
二人とも……笑いの沸点がとてつもなく低いみたいだ。
私の言ったとてもくだらないだじゃれに、笑い合っている。
……きっかけはどうあれ、笑い合ってるお二人を見れて、私は嬉しかった。
「こんなんじゃ、えむわんには、でれませぬな」
幸子ちゃんが険しい表情で私を見てくる。
え、えむ……?
「けっしょーでは、そこのふってんげきひくな二人よりも、きびしーしんさいんがいるんですよ?」
「はぁ……」
「もっとおわらいを、べんきょうしてくだされ。おつかれさまでした」
「ええー……」
別に私お笑いを勉強しに、10年前の世界に来た訳じゃあないのに……。
「は、ははうえ……ひーひー……そろそろお昼、たべます」
「あ、駄目です悟! そんな黒焦げのご飯なんて食べては、お腹壊して……」
サトル様が黒焦げサンドイッチを、むしゃりと食べる。
もぐもぐと咀嚼して、笑顔で言う。
「おいしーよ!」
「…………悟」
「俺、母さんの作った料理……はじめてたべたけど……うん。やっぱ、世界一だ!」
……サトル様が、笑顔で言う。
「ご飯作ってくれて、ありがとー! ははうえ!」
「…………」
「また作って欲しいなぁ~……なんて」
守美さまが、複雑そうな顔になる。
口元を一瞬だけ綻ばせて、でも……すぐに、きゅっと唇を噛む。
……わかってる。もうすぐ、守美さまは死んでしまう。だから……また作ることなんて……できない。でも……。でも!
「作りましょう! 今度は……皆さんで!」
「…………」
いつ、死が訪れるかなんて、わからないのだ。
それまでに、いっぱい、料理を作ればいいではないか。
「……そうですね。貴女の言うとおり」
守美さまは微笑むと、サトル様に言う。
「今度は、皆で作りましょう。朱乃や、黒服たちも含めて。家族……みんなで」
サトル様は、本当に嬉しそうに笑って、強くうなずくのだった。




