31 淺草の花屋敷 2
花屋敷でジェットコースターに乗った、私たち。
「あいるびー、ばっく……」
幸子ちゃんがジェットコースターから、吹っ飛ばされないか。そのせいで、ひやひやとしていた。
でも、なんとかなった。ほんとによかった……。
「ははうえ、大丈夫ですか……?」
ジェットコースター近くのベンチに座る、守美さま。
サトル様が彼女を心配そうに見上げている。
「むにょ……無論です。この程度で、へこたれる、一条家当主ではありません」
「ははうえ……無理なされないでください」
「無理? 何を言ってるのですか、悟。わたくしは無理などしてはおりません。次はどこへ行きたいのですか?」
守美さまが立ち上がる。ふらふらしてたので、私がそっ、と寄り添って支える。
「どうもありがとう」
「いえ」
一条家に嫁いだものとして、義母を支えるのは当然のこと。
「次は……アレに入りたいです!」
指さす先にあったのは……【お化け屋敷】の文字。
「おばけ……?」
「本物のお化けが出るって有名な、とても怖いお化け屋敷なんです!」
たしかに、霊魂というものは存在する。また、死霊系モンスターというものもいるし。
だから……何って感じではある。
「…………」
「す、守美さま……? どうしたんですか? 顔が、青ざめておりますが……」
「そそそそそ、そんなことありません。おおおおお、お化けなんているわけないではないですか。ばばばばばばかばかしい!」
……お化けに、怯えてるのだろうか。
「うちら、妖魔はこわくないのに。おばけ。こわい。こどもっぽーい」
ぷーくすくす、と幸子ちゃんが笑う。
「妖魔は、異能力で滅することができます! ですが、お、お化けはそうはいかないので……」
だから怖いと?
「ははうえ、心配有りませんよ! お化け屋敷は見世物小屋、つまりは作り物ですから!」
「そ、そうね……悟。そうですね。うん。良いことを言いました。いきましょうか」
知らず、守美さまが悟様の手を握る。
おそらく、お化け屋敷が怖いからだろう。でも、サトル様からすれば、どんな形であれ、自分を頼ってくれた守美さまが嬉しいんだ。
「はい!」
二人がお化け屋敷へと向かう。
「あれ? 幸子ちゃん?」
気づいたら、幸子ちゃんがいなかった。どこに行っちゃったんだろう……もう……。
私たち三人が、お化け屋敷へとやってきた。
大きな看板には、おどろおどろしいお化けの絵が書かれてる。
……妖魔を見てきている私としては、あまり怖いとは思わなかった。それに、西の大陸ではもっと恐ろしいモンスターもいたし。
「…………」
守美さまはというと、きゅーっとサトル様の手を握りしめている。
「い、いい、いきましゅよ!」
「はい!」
私たち三人が中へと入る。
お化け屋敷とは、どうやら屋内のアトラクションのようだ。
中は暗く、迷路のようになってる。
歩きにくいな……という感想しか出てこなかった。
「大丈夫だよははうえ! お化けが出てきても、俺がぶっ倒してやるから!」
「ななな、何を馬鹿な。お、お化けがでてきたら真っ先に逃げなさい。わた、わたくしが退治して……」
ぴたっ。
「きゃぁあああああああああああああああああ!」
守美様がまたしても、可愛らしい悲鳴を上げる。
「だ、大丈夫ですか? 何かあったのですか?」
「か、顔にぃ……ぴたって。ぬるっとしたものが、あたって!」
ぴたっ。
た、たしかに今なにか当たったような……。
ぴたっ。
私は顔にくっついたものを、手で触れる。
「……蒟蒻?」
釣り糸につるされた、蒟蒻だった。
その糸の先には……。
「何してるの、幸子ちゃん……?」
釣り竿を(どこから持ち出したんだろう……)持った、幸子ちゃんがいた。
「ち、ばれてーら」
「下りてきなさい」
ぴょんっ、と迷路のついたてから、下りてくる幸子ちゃん。
「は、ははうえ! 大変だ! ははうえが固まっちゃった!」
守美さまが恐怖のあまり硬直していた。
「もう、幸子ちゃんやり過ぎ」
「てへぺろりん」
いくらいたずら好きとはいえ、まったくもう……。
「うぼぉおおおおおおおおおおおおおおお!」
私たちの前に、包帯ぐるぐる巻きになった男の人が現れた。
「ひぃ! お、おばけえ!」
サトル様が悲鳴を上げる。
守美さまは、ばっ、とサトル様をかばうようにして抱きつく。
……一方で、私はと言うと。
「あの」
「うぼぉおおおおおおおお!」
「この女性、ちょっと恐怖で腰が抜けてしまったみたいなんです。外に連れ出すお手伝いしていただけないですか?」
「あ、はい……」
包帯男さんが他のスタッフさんを連れてきて、守美さまを外へと運び出す。
「ね、姉ちゃんすげえな……」
幼いサトル様が、私にキラキラした目を向けてきた。
「あんなおっそろしいやつを前に、全く動じてないなんて」
「はぁ……恐ろしいでしょうか?」
本当に恐ろしいのは、毎日顔を合わせるつど、頭を殴ってきたり、髪の毛を引っ張ってくるような、父や妹のような存在を言うような気がする。
「恐ろしいのべくとる。ちがってて、くさもはえん。れい……つらかったね」
幸子ちゃんが頭の上に乗って、よしよしとなでてくる。
もう過ぎたことだし、別にどうでもよかった。
一方、私は気絶してしまった守美さまのほうが心配だ。
スタッフさんが、守美さまを外へ連れ出し、ベンチに座らせる。
「俺、飲み物買ってくる! 姉ちゃんは、ははうえ見てて!」
「あ、はい。わかりました」
「うち。どくぺ、な?」
どく……ぺ?
私、守美さま、そして幸子ちゃんの三人が残される。
ぽそり……と守美さまがつぶやく。
「情けない……」
守美さまが本当に、消え入りそうな声音で言う。
「悟に、こんな無様をさらしてしまいました……。あの子には、弱いところを、決して見せまいとしていたのに……」
……ふと、私は気になってることを、聞きたくなった。
「あの、守美さま。どうして……サトル様に、強く当たるのですか? もっと、甘やかしても、いいじゃあないですか」
花屋敷には、たくさんの親子連れがいる。
母親が小さな子供を抱っこしたり、おんぶしたりしてる。
そう……これが、普通の親子だ。もっと子供を甘やかせてもいいものだろうに……。
守美様は一貫して、サトル様に、強く当たっている。無理に、嫌われようとしてるようにさえ、見える。
「……簡単な理由です」
守美様は言う。
「わたくしが、もうまもなく、死ぬからです」
「…………」
サトル様はおっしゃっていた。家継さまに、守美さまが殺されてしまうと。
そして、現代には、守美様はもう死んでしまっている。……彼女の死は、決められた運命。
そして、守美さまはその運命を知って、受け入れてる様子。
「どうして、死ぬと?」
「極東王から、依頼がありました。まもなく、白面が復活すると」
白面……。
たしか、史上最悪の大妖魔、と聞いたことがある。白面が……復活? それと、守美さまが、どう関係が……?
「一条家は代々、殺生石という、白面を封じる結界の維持をになっておりました」
「殺生石……」
「一条家当主となったものは、殺生石に力を注ぎこみ、白面が復活しないようにする。それが、霊亀を受け継ぐ一条の使命」
……でも、あれ?
「今復活するって……」
「ええ。ハクタクの異能を持つ、極東王が未来視したのです。白面の復活、そして……わたくしの死の未来を。それは、随分と前からわかっていたことなのです」
……そう、か。だから……。
「守美さまは、わざと、サトル様に冷たくなさってるのですね。自分が死んで、サトル様が……悲しまないようにって」
守美さまはこくんとうなずく。
「悟には、強く生きてほしいのです。わたくしが死んだ後も、後を追うようなことがないように。……強くたくましい男になってほしく、つい……厳しくしてしまうのです」




