8 一条家の人々 2
改めて、一条家のお屋敷を見やる。
建物は一階建てだ。
淺草の街の建物もそうだったけど、極東の建物は縦ではなく横に長い構造をしてる。
視界いっぱいに、お屋敷が広がってる。
お庭も綺麗に整備されている。
……そして、正面玄関から伸びる、石畳の左右に、黒い服を身につけた男女が整然と並んでいる。
「サトル様。この黒服の方々は?」
「全員、一条家の使用人だ」
この数の使用人を雇うとなると、相当な費用がかかるだろう。
人の多さはそれだけ、裕福さを表す。
「【朱乃】、【蒼次郎】、いるか?」
「「はっ……!」」
黒服の列の中から、二人、私たちの前に出てきた。
一人は、背の高い女性。
もう一人は、さらに背が高く、ガタイのいい男性。
二人とも、特徴的な見た目をしている。
まず、頭に【ツノ】のような飾りをつけている。
女性のツノは、2本。
男性のツノは、1本。
そして最大の特徴は……。
「あの、サトル様。どうして、お二人は、顔を布で覆っているのですか……?」
複雑な模様の描かれた、布で、二人は顔を覆っているのだ。
「色々あってな」
……はぐらかされた感じがある。
サトル様の口からは言いたくないのだろうか。
「紹介しよう。百目鬼 朱乃と、百目鬼 蒼次郎だ」
「どうめき……」
変わった名字だ。
朱乃様が、女性。
蒼次郎様が、男性、ということだろう。
朱乃様が近づいてきて、スッ……と頭を下げる。
「初めまして、百目鬼 朱乃と申します。こちらは、弟の蒼次郎です」
お二人は姉弟みたいだ。
「は、初めまして。朱乃様」
「アタシたちに、様づけは不要です。我らは一条家に仕える使用人ですので」
「あ、いや……でも……」
使用人以下だった時代があるので……と言いかけると。
「レイ」
にこーっ、とサトル様が笑いながら近づいてくる。
「今おまえ、後ろ向きな発言をしようとしていたな? それを口にしたら、どうなるんだったかな?」
……ここへ来る前に、サトル様がおっしゃっていた。
今後ネガティブな発言や、考えを口にするたび、さ、サトル様の唇で私の唇をふ、ふさぐと……。
そんな、は、恥ずかしい……。
じゃあ、様は付けないでおこう。
「よろしくお願いします。レイ・サイガです。朱乃……さん」
「はい、よろしくお願いしますね、レイお嬢様」
お、お嬢様……?
……夢でも見ているようだ。
使用人以下のゴミ屑扱いされていた私が、こんな大きなお屋敷で、使用人達からお嬢様なんて言われるようになるなんて……。
「ほら、蒼次郎。お嬢様に挨拶しな」
朱乃さんが蒼次郎さま……じゃなかった、蒼次郎さんに言う。
ずいっ、と彼が前に出る。
身長が、2、3メートルくらいある……。
迫力があって、ちょっと……怖いな……。
「わぁー! お姉ちゃん……すっげー美人だねっ!」
弾んだ声で、蒼次郎さんが言う。
え……?
「ねえねえ悟にいちゃんもそー思うだろー?」
こ、こんな巨漢がサトル様を……お兄ちゃん呼びだなんて……。
もしかして、見た目よりも、幼いのかな……蒼次郎さん……。
「わかるか蒼次郎。レイは美しい」
「だよねー! ちょーきれーだし、ちょーかわいいー! おいらもこんな美人のねーちゃんほしかったー、あいたっ!」
朱乃さんが蒼次郎さん……いや、蒼次郎君の足を踏みつける。
「レイお嬢様にご挨拶」
「ちぇー……すーぐ暴力振るうんだからー……」
ああ、姉弟なんだなぁ、って二人のやりとりを見てて、思った。
「こんちは! おいら、百目鬼 蒼次郎! よろしくねー!」
すっ、と蒼次郎君が手を差し伸べてくる。
その手は、黒い革手袋で覆われている。
私は遅まきながら気づいた。朱乃さんも、蒼次郎君も、そして……他の黒服さんたちも。
全員、極端に肌の露出が少ないのだ。
まるで、肌を見られたくないかのようだ。
「あのー?」
「あ、すみません。よろしくお願いします、蒼次郎……君」
蒼次郎くんが、手を握ってくる。
大きな手に反して、握り方は、優しかった。
「挨拶は済んだな。朱乃、そして蒼次郎。おまえ達に任務を言い渡す」
朱乃さんと蒼次郎君が、サトル様の前で跪く。
「おまえ達二人は、今日からレイの護衛として働け」
ご、護衛……?
「そ、そんな……! 私ごときに……」
護衛など不要、と言いかけて、やめる。
サトル様がにじり寄ってきたからだ。く、唇を……奪われてしまう……。
「大げさでは……?」
「そーだよー、悟にいちゃん。確かにレイちゃん様は可愛いけどさー」
レイちゃん……。
「こら! 蒼次郎! 失礼でしょう!?」
朱乃さんが本気で叱りつけていた。
「いいんですっ。朱乃さん。ちゃん付けで……」
「しかし……」
「そうやって、親しい呼び方をしてくれる人、今まで居なかったので、うれしいです」
すると蒼次郎くんが「そっかー」という。
「レイちゃん……大変だったんだね! でも大丈夫! この家の人、みんなレイちゃんと同じで、ツラいこと経験してきてここにいる。でも、みーんな、ここにきて幸せになったからさ!」
うんうん、と他の黒服の皆さんもうなずいていた。
朱乃さんも微笑んでいるのが、布面からうかがえた。
「だから、レイちゃんも、ここで幸せになれるよ! 絶対! おいらがほしょーするっ」
「蒼次郎君……ありがとう。そんな風に、優しい言葉をかけてくれて」
……西の大陸にいたとき、周りの人たちは皆、私にさげすんだ目を向けていた。
でも……ここの人たちからは、誰一人として、そういう暗く、陰湿な雰囲気は感じられない。
……ああ、ここに来て、良かった。
「話を戻すぞ、レイ。おまえに護衛を付けるのは、当たり前なのだ。おまえは世にも珍しい、【異能殺しの異能】を持つ。その力は、この異能社会、極東では喉から手が出るほど欲しい力なのだ」
確かに、相手の異能を消したり、妖魔の毒を中和できるこの力を、欲するものは多い気がする。
異能力者は、妖魔と戦うとうかがったし。
「特に、他の【五華族】は、おまえを手に入れようと強硬手段を取ってくるやもしれん」
「……ごかぞく」
「よって、おまえを取られないために、護衛が必要というわけだ。ふたりとも、しっかりレイを守るんだぞ?」
「承知しました」「おっけー!」




