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22 虚像の父 1



 ……私、レイ・サイガは、目を覚ます。


「レイ! 起きたか!」

「サトル様……」


 サトル様が私をのぞき込んでいた。

 彼が目の前に居る。それだけで……ホっとする。


 彼もまた私を見て、安堵の息をついた。それが私にはなんだかうれしかった。私の無事を喜んでくれる、それが……私にとってはうれしい。


「ここは……どこだろうな?」

「わかりません……砂漠、でしょうか……?」


 私たちがいるのは、不思議な空間だった。

 空は黒く塗りつぶされている。


 地面には、砂が延々と敷き詰められてる……。

 聞いたことがある、これは、砂漠とよばれる地帯だ。


 ……でも、オカシイ。

 なんで私たちは、急に砂漠のど真ん中にいるんだろうか。


「俺たちは、さっきまで湯川天神にいたはず……だな」

「はい……。次に目が覚めたら……この、砂漠の中に……」


 ……いったい全体、なにがどうなってるのだろうか。

 誰かがここに、転移魔法で連れてきた……?


 でも……なぜだろう。

 私にはここが、私たちのいる世界とは、別の空間であることが、直感的に理解できた。


「くそ……一体だれの仕業だ。なにが目的で……俺たちをこんなところに飛ばしたのだ……」


 ……サトル様はどうやら、ここが私たちの居る世界の延長線上にあると思ってる様子。

 私は……恐れ多くも、彼の考えが間違えであると、思ってしまった。


「あの……」

「どうした?」

「あ、いえ……」


 私の、思い違いということもある。

 だから、否定しないでおこう。


 と、そのときだった。


「よぉ……」


 ……男の声がした。

 私たちの目の前に、【彼】は姿を現した。


「!? おまえは……!」

「あなたは……家嗣いえつぐ……さん……」


 サトル様の父、一条 家継さまが、そこにいたのだ。

 ……サトル様は言っていた。


 家嗣いえつぐさまが、母、守美すみさまを殺したと……。


家嗣いえつぐぅうううううううううううううううううううう!」


 サトル様は怒りを露わにして、家嗣いえつぐさまへめがけて、突進していく。

 ……駄目! と私は止めようとした。


 だって……彼は……ううん、【あれ】は……。


「ぜやぁあああああああああああ!」


 家嗣いえつぐさまめがけて、サトル様が拳を振るう。

 ぱしんっ、と家嗣いえつぐさまが受け止める。


「おいおい……がっかりだぜ……。おれへの憎しみは……こんなもんかよっ!」


 家嗣いえつぐさまはサトル様の腕を引いて、彼の体勢を崩す。

 そして思い切り、ハイキックを、サトル様に食らわせた。


「ぐあぁあああああああああああああああああああああああ!」


 サトル様が遠くへと飛んでいく!


「サトル様……!」


 彼の元へ駆け寄ろうとする。

 けれど……私の体は、凍り付いたように動けなかった。


「くっ……! 動けない……」


 力を込めてもまったく、私の体はその場から動こうとしない。できない。

 不思議な感覚だ。強い力で体を押さえつけられてるわけでは決してない。


 それでも、私は……動けない。


「おいおい女に心配されて、恥ずかしくないのかぁ、サトルぅ……」

「うる……せえ……!」


 サトル様が怒りを露わにしながら、家嗣いえつぐさまに殴りかかる。

 けれど、今度は、家嗣いえつぐさまは攻撃を受け止めず、回避。


 そしてサトル様の、がら空きの胴体めがけて、蹴りを放つ。


「がはっ……!」


 サトル様が宙へと吹っ飛ばされる。


「ぐ……れ、【霊亀】!」


 しーん……。


「そ、そんな……!?【霊亀】! くそっ! なんで……」

「能力に頼ってるうちは、おれにはまだまだ勝てねえよ」


 一瞬で、家継さまがサトル様の上空に移動していた。

 家嗣いえつぐさまは両手を前で組んで、ハンマーのようにして、サトル様に一撃をたたき込む。


 どごぉん! という音とともに、砂が舞う。

「サトル様……!」

「がは……!」


 サトル様が口から血を吐き出す。

 必死になって立ち上がろうとするけど……でも、ずしゃりと崩れ落ちた!


「はぁー……おまえには、がっかりだ。こんなもんかよ、一条家当主」


 家嗣いえつぐさまがサトル様に近づいて、御髪を掴んで持ち上げる。


「こんなんだから、おまえは母を家嗣いえつぐに殺されるんだよ」


 ……家嗣いえつぐに?


「ぐ……くそ……」


 サトル様が家継さまの手を掴む。

 父の手を振りほどこうとしてる。けれど……。


「無駄だっての。おれの異名を忘れたのか? 零の忌み子。その、特性を」


 どごっ! とサトル様の頬を、家継さまがぶん殴る。

 何度もバウンドして、私の前に転がってきた。


「サトル様……!」


 私の体は、依然として動けない。

 異能も……使えない。サトル様を呪禁じゅごんで治すこともできないなんて……。


「零の忌み子。おれ、一条 家嗣いえつぐの異名だ。何故そう呼ばれてるかって? それは……おれには霊力が、備わってないんだ。全く、これっぽっちも」


「!? れ、霊力が……ない? 零……だから……零の忌み子……」


 だれにも持ってる……あるべきものが、無い。

 どこかで、聞いたような話だった。


「霊力が無いおれは、異能を使えない。ただし、それゆえに、おれは他者には使えない特殊能力がある」

「特殊、能力……」


「知りたいか? 教えてやるよ。おまえの体に、たっぷりとなぁ……」


 家嗣いえつぐさまがこちらにやってくる。


「レイに……手を出すなぁあああああああああああああ!」


 サトル様が立ち上がって、家継さまのもとへ駆け寄る。

 けれど家継さまは、サトル様を見ない。


 スッ……と彼はしゃがみ込んで、サトル様のパンチを避けて見せたのだ。


「霊力がないことで、おれは異能者どもに感知されない。やつらは霊力で妖魔や異能者の位置を特定するからな」

「くそぉおおおおおおおおおお!」


 サトル様が蹴りを放とうとする。

 

「二つ目の特殊能力。異能者を超越した、超身体能力」


 サトル様の蹴りより早く、家嗣いえつぐさまが蹴りを放つ。


「ぐあぁあああああああああああああああああああ!」


 サトル様がまたボールのように吹っ飛んでいく!

 くっ……! 動けない……体が……!


「人間の体って奴はよくできていてよ。何かを失うと、それを補うように、それ以外の部分が強くなるんだよ。ほら、盲目の人間が、それ以外の五感が強化されるってやつあるだろ?」


 話が、頭の中に全く入っていない……はずなのに。

 妙に……スッ、と家嗣いえつぐさまの言ってることの情報が、頭の中に入ってくる。


 ……気色の悪い感覚だ。


「異能者の体から、あって当たり前の霊力という機能が、失われた。異能者にとって霊力は必須のもの。そう……本来なら霊力が無いと異能者は死んでしまうんだ。だから、体は死なないように、通常の異能者よりも、頑強に変化する」

 

 だから、蹴り一発で、サトル様があんな風に、高く吹っ飛ばされてしまったのか……。


家嗣いえつぐが憎いか? サトル」

「…………」


 サトル様がピクリとも動かない。

 ……もう、駄目だった。


「残念だがこの程度じゃ、おれは殺せ……ぐえ……!」


 家継さまの体が、吹っ飛ばされる。


【彼女】が、家嗣いえつぐさまを蹴っ飛ばしたのである。


「あいるびー、ばっく!」

「幸子ちゃん!」


 私の体内妖魔……ザシキワラシの幸子ちゃんが、家嗣いえつぐさまを蹴っ飛ばしたのである。


 ぶいっ、と幸子ちゃんが指を立てる。


「れい。うち……たすけにきてやったぞい」

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