19 二ノ宮の宿命 2
忌み子、と呼ばれた謎の男に、二ノ宮さまが斬られてしまっていた。
「二ノ宮様! しっかりなさって!」
諾々と漏れ出る、血。明らかに、出血多量で死んでしまう量が、体の外へ出てる。
……こんな凄惨な現場を目撃したというのに、私の頭は……非常にクリアになっていた。
まず、この人の傷を止めないといけない。
私はしゃがみこんで、彼の上着を脱がす。
「……触らないで、って、いった……でしょ……?」
「黙って!」
私は彼の肌に触れて、呪禁を発動させる。
体に陽の気を流すことで、傷を癒やす術だ。
どんどんと傷口が塞がっていく。これなら……。
「危ない……! 逃げて……!」
二ノ宮様が叫ぶ。カッ……! と頭上から、雷が私めがけて落ちてくるのがわかった。
私は……しかし、治療を辞めない。
「死ぬぞ!」
「大丈夫ですよ」
落雷が、私に直撃しようとする。
パキィイイン! という硝子を砕いたような音とともに、落雷が消滅する。
「そ、んな……どうなって……?」
「私には、異能殺しという力があります」
「異能殺し……そう、か。落雷は、雷神の……道真公の異能だから……」
「はい。異能の雷では、私は殺せません」
二ノ宮様の傷口を塞ぐことに集中する。
ずがんっ! すがががんっ! と何度も私のもとに、雷が落ちてくる。
けれど、私は無傷だ。
「……異能殺しは、触れた異能を殺す力。落雷の直撃を受けなければならない」
「そうですね」
「けれど……なぜ、にげない……? 怖くないの……?」
雷の轟く音。そして……もしかしたら死んでしまうかも知れない、という恐怖。
彼の言うとおり、怖くて、本当なら逃げ出したいくらいだ。
……でも、私は逃げなかった。
「目の前に、死にかけてる人が居るのに、ほっとくことなんてできません」
呪禁が傷口を塞ぐ。次は、失った血を戻さないと。
呪禁で、それすら直せるだろうか。いや……できる。そんな確信があった。
「……ねえ、どうして? 君はそんなに強いの?」
……強い、か。
「強くなんて、無いです」
「……嘘だ。君はこの状況でも逃げない。強いからだ」
雷神・道真公がしびれをきらしたのか、落雷を上空で集中させる。
それは雷の竜となって、東都上空を覆う。
……なんて、巨大な竜。あんなのが落ちたら、きっと東都はお仕舞いだ。
それに、竜が私に直撃しなかったとして、がれきが飛んで、それが頭をぐしゃりと潰してしまえば、さすがに死んでしまう。
だというのに、私は……しかしやはり、恐怖で手が震えることはなかった。
「……君は強すぎる」
「そんなことないです。私は……ただ、弱い人をほっとけないんです。……私もまた、弱い人間だったから」
かつて、西の大陸にいたころの私は、だれからも救いの手を差し伸べてもらえなかった。
それが、辛かった。
けれどこっちに来て、運良く、異能を覚醒させた。強い力を手に入れた。
だから……。
「今度は、私が手を差し伸べようって、思ったんです」
だれも手を差し伸べてくれなかった、私に、手を差し伸べてくれた男性がいたから。
その人に、助けてもらえたのが、うれしかったから。だから……私も、手を伸ばすのだ。
生者の世界から、零れ落ちそうになってる、儚い命に。
手を伸ばして……そして、また光ある場所へ、戻してあげたい。
……彼が、そうしてくれたように。
母が、そうしてくれたように。
「……君は、不運を、嘆かないんだね」
ふらり……と二ノ宮様が立ち上がる。
傷は、私の呪禁により塞がっていた。
「自己憐憫は、砂糖菓子のようなものですから」
一時、気持ちを鎮めることだけしかできないのだ。
自分を哀れんでも。
「……そっか。わかった。ありがとう」
『呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪!!!!!!!!!』
頭上に、雷でできた、巨人が出現した。
「怨霊……スガワラノミチザネ!」
スガワラノミチザネ。それが……二ノ宮さまにとりついていた、神霊の名前。
「ぼくの中に戻れ……! 他人に……迷惑をかけてるんじゃあない!」
『殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺ぅううううううううう!』
雷が、怨霊の手に集う。
それは巨大な雷の弓と矢へと変貌した。
道真公は矢を構えて、そして……二ノ宮様に照準を合わせる。
殺そうとしてる。
「……ねえ、レイ。あの矢を、受け止めてほしい」
二ノ宮さまが私の目をまっすぐに見て言う。
冗談で言っている顔ではない。
「あの一発を、君の異能で消し飛ばして。あとはぼくが、片を付ける」
「はいっ!」
私が二ノ宮様の前に立つ。
そして、手を前に出して、構えを取る。
「来なさい!」
『呪殺ぅううううううううううううううううううううううううう!』
雷の矢が放たれる。
私は……怖くない。
「【饕餮】! 【幸子ちゃん】!」
目の前に異空間に通じる穴が出現する。
しゅごぉおお! と突風が吹いて、穴に向かって矢が吸い込まれていく。
巨大すぎる矢は、しかし運良く、他を傷つけることなく穴の中にすぽっと吸い込まれていった。
触れれば消せたけど、しかしその余波で、周りの建物を、そして背後に二ノ宮様を傷つけてしまっていただろうから。
これが、ベスト。
「ありがとう、レイ」
振り返ると、そこには。
ばちっ、バチッ……と、帯電する、雷の剣を構えた、二ノ宮様が立っていた。
「はぁあああああああああああ!」
ぐんっ、と二ノ宮様が体を縮めて、そして……一瞬で消える。
ドンッ……! と。
まるで雷が落ちたかのような大きな音とともに、彼が……上空へと一直線に飛び出す。
「【雷神】!」
二ノ宮様が雷の剣で、雷の巨人の首を切り飛ばす。
道真公は怨嗟の声を上げながら……。
彼の体の中に、戻っていった。
すとんっ、と彼は着地する。
「ありがとう、レイ。君のおかげで……異能を、制御できたよ」
ふら……と彼はその場に尻餅をつきそうになる。
私は、彼を受け止めた。
……かるくて、小さい。こんな小さな子が、あんな大きな宿命を、背負っていたんだ……。
「って、異能制御……?」
「うん。君が、ぼくに与えてくれたんだろう。異能制御能力を」
……呪禁を使ってるときに、同時に、異能制御を付与していたのだろうか。
だから、雷神の力を100%引き出せて、暴走した体内妖魔を鎮めることができた……と。
「君は、凄い女性だね、レイ。ありがとう」
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