18 二ノ宮の宿命 1
湯川天神での出来事から数日。
私は、また神社へとやってきていた。
「ややっ! あなた様は、レイ殿ではありあせぬかっ!」
神社の外で、早太郎様がホウキがけをしていた。
私を見やると、ぶんぶん! と尻尾を激しく揺らしながら、駆けつけてきた。
「こんにちは」
「こんにちは! 来るのをずっとお待ちしておりましたぞー!」
……ずっと?
「道真様に会いにきてくださったのですか!」
「そ、そうですけど……」
「うぉー! それは感謝でございまする! さ、中へどうぞどうぞ!」
どうして、この御方から、こんなにも歓待を受けてるのだろう……私……?
また何かしてしまったのかな……。
階段を上り終えて、鳥居をくぐる。
またも、豪雨が襲いかかってきた。
「申し訳ない。雷神・道真公の力のせいで、結界内はずっとこんな感じでして」
二ノ宮家当主、二ノ宮 道真さまのうちには、雷神とよばれる神霊が住んでいる。
雷神の力を、二ノ宮さまは制御できて折らず、結果、こうして悪天候を招いてるそうだ。
そして、このせいで、結界の外に出れないとのこと。
外に出た途端、雷神の力が拡散してしまい、東都全体に雷雨を招くのだそうだ。
「ということは、彼はずっと神社のなかで生活してるんですね」
「そうでございまする。それは、彼の一族……二ノ宮家の宿命なのです」
宿命……か。
二ノ宮の家は、雷神を代々引き継いできたそうだ。
ということは、道真様以外のかたも、ずっと、神社から出れずにいたということ。
……なんとも、悲しい運命の中にいる、一族だなと思った。
だからこそ……。
「して、レイ殿」
早太郎様が札を取り出し、宙に投げる。
札を中心として結界が展開され、そこだけ、雨が降らないでいる。
笠の代わりなのだろう。便利だ。
私たちは社へと向かって歩く。
「道真様に、どんなご用時で会いに来たのですか?」
「実は、彼に異能制御の力を……」
そのときだ。
「よぉ」
「え……?」
目の前に、いきなり、一人の男が現れたのだ。
黒髪の、背の高い男だ。
……あまりに、突然に、その男は出現したのだ。
そして……その人からは陽の気も、そして……邪気も、感じられない。
それなのに、私の心が……ざわつく。
まるで、妖魔を前にしたかのように。
「おまえがサトルの花嫁か」
低い、バリトンボイス。
その男の声は……聞いてるだけで、心が……ざらつく。
殺意も、敵意も、邪気も、感じられない。
……気持ち悪い。そんな印象を受ける。
「へえ、凄いな。おまえ、【零の忌み子】たるおれの気配を感じ取れるのか」
「ぜろの……いみご?」
にっ、と男が笑う。
「ま、今日は顔合わせだ。やり合うつもりはない」
「…………」
「じゃあな」
ひらひら、と黒髪の男は手を振って、その場から立ち去ろうとする。
「【霊亀】!」
私は、霊亀の結界で、その男を捕らえた。
「いきなり何するんだ? 嬢ちゃん」
「ここは神有地です。二ノ宮の当主の許可がないと、入れない場所です」
「ほぉ。で?」
「早太郎様は、あなたを客として入れてないようです」
そう……早太郎さんは、ずっと振るえてる。
下を向いて、かちかちと……歯を鳴らしてる。目の前のこの人に、怯えてるのがわかった。
そんな人が、客人であるわけがない。
「なるほど。さすがだな。複数異能を所有してるだけでなく、勘も鋭いわけだ。サトルにはもったいないくらいの、良い母体だな」
「さっきから……サトル様のことを、気安く呼んで。あなたは……一体だれなんですか?」
彼はニヤッと笑う。
「いずれわかるさ」
そう言って、彼は……跳んだ。
早すぎて、早太郎さんの異能がなかったら、目で追えなかった。
「!? 結界を……すり抜けた!?」
私の張った霊亀の結界を、彼は、素通りしたのである。
それどころか、神有地に張られた結界すら、通り抜けていた。
「零の忌み子たるおれに、霊力による異能攻撃は通じねえよ」
男は懐から、一本のクナイを取り出す。
忍び、と呼ばれる人たちが使う、小型のナイフのようなものだ。
男はクナイを振る。
すると……。
ずおぉおおおおおおおおおお!
「! 天神を覆う結界が! 破られた……!?」
神社を覆う結界が破られたことで、雷雲が、どんどん広がっていく。
「じゃあな、花嫁さん。いずれおれのところに、結婚の挨拶に来いよ」
「何言って……」
ふっ、と男は音もなく消えてしまった。
……早すぎて、今度は早太郎さんの異能を使ったとしても、動きを目で追えなかった。
「! 早太郎様! 大丈夫ですか!」
振るえてる早太郎様の背中をさする。
呪禁を発動し、陽の気を彼に流す。
「だ、大丈夫……でござい……ます」
全然大丈夫に見えない。彼は全身から汗をかいて、ブルブル……と振るえていた。
「レイさま……早く、社の中へ」
自分が大変な状態にいるというのに、彼は……社を指さす。
「道真様のもとへ。血の……匂いがします」
「! わかりました!」
この土砂降りのなか、彼を放置するのはためらわれる。
でも……道真様が危険な状態にいるのかもしれないのなら、先にまずそちらを対処しないと。
私は急いで社へと向かう。
がらっ、と木戸あける。
「! 道真様……!」
彼は、社の中で大の字になって、倒れていた。
彼の体は、右肩から袈裟に、切りつけられており、大量出血を起こしていた。
頭で考えるより先に、体が勝手に動いていた。
彼の元へ向かい、呪禁を発動させようとする。
「……め、だ」
「え?」
「駄目だ……ぼくに、触れるな。君に……雷が訪れる」
彼の忠告を聞かず、私は彼の患部に手を当てて、呪禁を発動させる。
「道真さま、大丈夫です! すぐに、良くなりますからね!」




