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17 厄神の依り代 5


 サトル様がその場で、バタリと倒れる。


「サトル様……!」


 駄目だった。押さえられなかった。倒れた彼を、愛しいあの人を、放っておけなかった!


 私はしゃがみ込んで、呪禁じゅごんの力で、彼に陽の気を流し込む。 

 すぐさま、彼は起き上がる。良かった……。

「レイ……」

「差し出がましいまねをして、申し訳ありません」

「いや……こっちこそ、すまない。俺は……【また】……」

「また?」


 するとそんな彼に、二ノ宮さまが語りかけてくる。


「……ねえ、まだやるの」

「ああ、当然だ」


 はぁ……と二ノ宮様がため息をつく。


「……君、才能ないよ」

「なっ!?」

「……時間の無駄だから。帰った方が良い」

「き、貴様……!」


 いきり立つ、サトル様。


「俺を馬鹿にする気か!?」

「……教わってる立場なのに、何その態度。僕は事実を述べてるんだけど?」

「くっ……! 愚弄しよって」


 私は、手を上げていう。


「あの、サトル様。別に、二ノ宮様は愚弄なんてしてませんよ」

「なに……? どういうことだ、レイ?」


「多分、言葉通りの意味なんだと」

「言葉通り……」


 私はうなずいて、説明する。


「サトル様には、二ノ宮様ほどの才能がない。それよりは、サトル様の持つ才能を伸ばした方が良い……と。二ノ宮はおっしゃりたいのかと」

「は……? ほ、本当か、道真みちざね……?」


 二ノ宮様も……。


「え?」


 と、目を丸くしていた。なんで……?


「違うのですか?」

「……ううん、あってる。……驚いた。ほんとうに。大抵の人、僕が何か言うと、彼のように怒ってしまうのに」


 二ノ宮様が困惑してる様子だった。


「どうして、君は怒らないの?」

「どうしてと言われましても……。あなたからは、悪意を感じなかったので」


 二ノ宮家は極東五華族が一つ。あの極東王、白夜さまに認められし家の一つだ。

 そんな家の人間に、悪い人がいるとは思えない。


 確かに、彼の言い方はちょっとキツかった。

 でも私には、悪意があって言ったのではなく、純粋に、彼がアドバイスしてくれてるのだろうと思ったのだ。


「……変わってるね、君」

「そ、そうですか……?」

「……うん。とっても」


 そんなに変だろうか……。

 一方、サトル様は立ち上がって、二ノ宮様に言う。


「俺は、どうすれば強くなれると思う?」

「……君には、強い盾があるだろう。君はそっちの能力を伸ばすべきだよ」


「結界のことか?」

「……うん。雷神の力を受けても生きてられるほどの、強固な力を持ってるんだ。君の盾は、相当なものだ」


 雷神……。

 二ノ宮様の体内妖魔のことらしい。


「しかし……足りないのだ。今の俺の術では。……だから、輪入道ごときに、足を掬われ……レイを危険にさらしてしまった」


 ……!

 そういう、ことか。どうして、サトル様が焦ってるのか、理解できた気がした。


 こないだの、輪入道戦。彼は早々にダウンしてしまった。

 私を危険にさらした。だから……強くなろうと、焦ってるんだ。


 私を、守るために。


「……サトル様」


 じわ……と私の目に涙が浮かび上がる。


「ど、どうしたレイ!? お、俺の態度がわるかったか?」

「いえ……違います。……私、ずっと不安だったんです」


「不安? なにがだ? おまえを不安にさせるようなこと、俺はしていたのか……?」


 いえ、と。言うのが、正しいだろう。でも……。


「はい……嫌われたのかと、思ったのです。避けられてたから……」


 私は素直に、彼に、思いを伝えることにした。

 伝えたかったからだ。知って欲しかったからだ。私の……不安を。


「おお、レイ。すまなかった……!」


 サトル様が飛び上がって、そのまま、ずしゃっ! と頭を下げた。


「……ジャンプ土下座」

「俺はおまえのために、強くなりたかったんだ。おまえを守れるくらい強くなるまで、おまえに甘えないよう、自分を戒めていたんだ」


 ! そう……だったんだ。

 じゃあ……。


「嫌いになった訳じゃあ、ないんですね?」

「無論だ! ああ、レイ。大好きだ。おまえのことは本当に大好きだ! 愛してるんだ!」


 ああ、良かった……。本当に、良かった……。誤解で……。

 それに、私の気持ちを、拒まず受け止めてくれた。それが、うれしかった。


「私も、好きです。だから……一人で、考え込まないでください」

「レイ……」


結界いのうを、強くする方法なら、私……知ってます」

「!? ほ、本当か?」

「はい」


 異能を強くする方法。つまり、レベル2になるための、方法。 

 それは、体内妖魔と仲良くなること。


 井氷鹿いひかさまも、言っていた。己と向き合えと。

 それはつまり、自分の中にいる、妖魔と対話し、その力を引き出せってことだと思う。


「……だが、レイ。俺は……またおまえに甘えることになる」

「いいじゃあ、ないですか」

「なに?」

「私は……甘えて欲しいです。あなたに。いつも……甘えさせてくれてるのですから。だって……」


 だって。


「私たち、夫婦になるんじゃあないですか」

「!?」

「悩みも、苦しみも……供に、分かち合いましょう?」


 私はサトル様の苦しみも、悩みも、全部……知りたい。


「レイ……ありがとう」


 きゅっ、と彼が私を抱きしめる。……ああ、久しぶりに、彼に抱かれた。本当に、心地よい。


「俺は、幸せだ。世界一の幸福者だ。おまえが……俺の元へ来てくれたのだから」

「……異能殺しがきてくれたから?」


「違うよ。レイ。おまえだ。異能殺しとか、妖魔三つ飼ってるからとか、そういうんじゃあない。おまえのように、心が清らかで、優しい女が……レイ・サイガが、俺の元に来てくれたことが、うれしいよ」


 ……異能抜きで、私の心根を、褒めてくれる。異能殺しではなく、レイ・サイガを……求めてくれた。それがうれしくて、私は……思わず彼にキスをする。


 カッ……! と彼の体に強い陽の気が纏う。

「……構えなよ」


 いつの間にか、道真みちざね様が立っていた。

 その手には木刀が握られてる。


 サトル様の手には、霊剣・荒鷹。


「……いくよ」


 フッ……と道真みちざね様が一瞬で消える。

 ばきぃいい!


 道真みちざね様の木刀の、刃が……粉々に砕けていた。

 

 早太郎様の異能を模倣した私には、見えていた。

 サトル様が道真みちざねさまの攻撃を完全に見切って、荒鷹で斬りかかったことを。

「い、今のは……それがしの異能! まさか……一条殿も、それがしの異能を使えるのですか!?」


 なるほど……とサトル様はうなずく。


「どうやら、俺はまたレイに助けられたらしい」

「? どういうことですか?」

「霊剣を握ってるとき、俺の体に、ぬえの力が流れ込んできた」


ぬえさんの……?」

「ああ。霊剣はレイの霊廟れいびょうだ。恐らく、これを握ってるとき、俺はレイの力を一時的に使えるようになるようだ」


 私の、力。つまり、幸子ちゃんたちの力。

 ぬえさんでコピーした能力も、霊剣を握ってるときは、サトル様も使えるようだ。

「すごい……」

「……結局俺の、力ではないがな」


 すると二ノ宮様が言う。


「……それだよ」

「え? どういうことだ、道真みちざね

「……それが君の力だ。君は、自分にないものを外に求めていた。でも、君が真にすべきは、自分が持ってる力を、磨くこと。そこの彼女も、それには含まれてるよ」


 私も……サトル様の力の一部といいたいらしい。


「そう、ですよ。私も。あなたのモノなのですから」

「う、ううむ……しかし、結局レイに頼ってるのが、なんだか……」

「頼ってください。いっぱい。ね。さっき言ったじゃあないですか。いっぱい頼ってほしいって。私……うれしいんです。あなたに頼られて」


 サトル様は少し考えた後、きゅっと私を抱き寄せる。


「ありがとう、レイ。好きだよ」

「私もです! あなたの全てを、愛してます、サトル様!」


 私たちは一週間ぶりに、笑顔で、ハグしたのだった。


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