14 厄神の依り代 2
二ノ宮 道真さまのいる、湯川天神へとやってきた、私。
鳥居をくぐった、その瞬間……。
「きゃっ……!」
凄まじい勢いの雨が降っていた。
「あ、雨……? そんな、外は……晴れてるのに……」
続いて、雷鳴が轟く。
「きゃっ! な、なに……? どうなってるの……?」
鳥居の中……というか、この神社の中の中だけ、豪雨が降っているのだ。
『ハァイ、レイたん』
「! 鵺さん……!」
体内妖魔の、鵺さんの声が響き渡る。
『どうやらこの豪雨は、ここの神主の持つ異能の影響のようね』
「神主……二ノ宮 道真さまの?」
『そう。ほら、井氷鹿のときもそうだったでしょう? 天候を操っていた』
……なるほど。
井氷鹿さまの時も、確かに、東都は大雪が降っていた。
神霊の異能は、自然を操る。
二ノ宮さまは、体内に神霊を飼っているという。
この大雨と雷は、その神霊の力……二ノ宮さまの異能ということか。
『この感じからすると……異能を上手に操れてないようね。客が来たって言うのに、雨が降り続けてる』
……強い力はコントロールが難しいという。
二ノ宮さまも、神霊の力を上手く制御できてないのだろう。
『てゆーか、レイたん。ずぶ濡れになっちゃうよ、このままじゃ。早く社の中に入ったら?』
スッ……と鵺さんが奥を指さす。
神社の社からは、強い……力を感じる。
『あそこに二ノ宮の当主と、あと悟たんがいるっぽいよ』
「わかりました。ありがとう、鵺さん」
私は急ぎ足で、社へと向かう。
笠を用意してなかったので、かなり濡れてしまったけど、なんとか到着。
「…………」
社の中に、入って良いのだろうか。
勝手に入ったら失礼な気がする。
「………………」
「!?」
ふと気配を感じて、振り返ると、そこには。
一人の……綺麗な人が立っていた。
「男の方……?」
でも、白い上着に、赤い袴をはいていた。
身長は、160くらいと、男性にしてはやや小柄。
長い黒髪をストレートにしている。
でも、ところどころ紫色が混じっていた。
目も……アメジストのように、美しい紫色をしてる。
「…………」
「! ずぶぬれじゃあないですか!」
この大雨の中、彼は雨に打たれている。
近づいて、この人がかなり若そうなのがわかった。
多分成人(15)してるか、してないか、くらい。
ぼーっとした表情をしてる。
「風邪引いちゃいますよ!」
「…………」
「ほら、中に入りましょう」
私は彼に手を伸ばす。
彼はスッ……と実をひいた。
「……ぼくに触れるな」
……まだ声変わりしていないような、高い声でそう言われた。
「……で、でも……」
「……二度言わせないでくれる? 君、死にたいの?」
「いったいどういうことですか?」
「…………」
彼は答えず、空を見上げる。
打ち付ける雨が、彼をぬらしてる。
私は……見てられなかった。子供が、雨に打たれ続けてることを、見てられない。
「あの……中に入りましょう。ね? 風邪引いちゃいますよ」
「…………来る」
「え?」
そのときだった。
ズバンッ……!
「ギャハギャハ! 見つけたぞぉ! 貴様が異能殺しだなぁ!」
上空に、空間の裂け目が発生した。
そこから出てきたのは、全身にカッターの刃をつけた、奇妙な男だ。
男からは邪気を感じる。
この邪気は……。
「妖魔!」
「そのっとおり! おれさまは白面さまの配下が一人! 大妖魔【鎌鼬】さまだぁ……!」
鎌鼬……。
確か、風を操る妖魔だったはず。
人間に擬態できるということは、それだけ、強い陰の気を持つということ。
「あの忌み子野郎の命令ってのは癪だけど……てめえをここで始末させて貰うぜえ!」
忌み子……?
一体……。いや、そんなのどうでもいい。
あいつは、私の命を狙ってきている。
でも、側には彼がいる。
私は、男の子の前に立つ。
「下がっててください……!」
「…………」
彼はぼーっと空を見つめるばかりだ。
その視線の先には……鎌鼬が映っていない。
……空?
空を、見てるの……この子、この状況で。
「ぎゃははあ! 死ねぇえええええ!」
鎌鼬が、襲ってくる。
早い……! 模倣した霊亀さんの結界で、防ごうとする。
けれど、結界を展開するより早く、鎌鼬が接近してきた。
「おせえ! 死ねぇえええええええ!」
ズバンッ……!
……やられた。でも、痛みが全然襲ってこない。
「……遅いのは、そっちでしょ」
「な!?」
鎌鼬の首が、転がっていたのだ。
「ば、バカな!? おれさまの速さは白面さまの中で随一だぞ!?」
「…………」
彼の手から、血が滴り落ちてる。
……多分だけど、鎌鼬の攻撃がくるよりはやく、彼は手刀で、鎌鼬の首をはねたのだろう。
「ち、くしょぉ……。だが! 二の命だぁ……!」
鎌鼬が煙となって上空へと向かう。
二の命。大妖魔は、命を二つ持っているのだ。
一の命の妖魔を倒して、巨大化して……襲いかかってくる。
けれど、彼はずっと、空を見上げていた。
鎌鼬は巨大化して、私たちを見下ろす。
『ぎゃははは! 二の命となったおれさま登場! これでてめえらミナゴロシにしてやる!』
空中に無数の、鎌が出現する。
『この無数の真空の鎌が、貴様らをズタズタに引き裂いてくれるぅ!』
鎌がこちらに襲いかかってくる。
でも……。
「【幸子ちゃん】!」
全ての鎌が、私たちを、幸運にも避けていく。
幸子のレベル2異能、運命操作。
『なっ!? くそっ! あたらねえ!』
一方で……鎌の雨の中で、長髪の少年が私を見やる。
「……ねえ、それ」
「え?」
「……そのちから、幸運の妖魔の力?」
「あ、え、は、はい……」
戦闘時だというのに、彼は静かに言う。
「……いいな。それ。ぼくも……そういうの、欲しかったな」
「あ、え、何言ってる……?」
すたすた……と彼は社の方へと向かっていく。
「あ! 私のそばから離れないで! 危ないです!」
「……来るよ」
「え? 来る……? なにが……?」
すると彼は、ぽつりと言う。
「雷が」
カッ……!
ズガアァアアアアアアアアン!
『いぎゃぁああああああああああああああああああああああ!』
二の命となった鎌鼬の頭上に、ピンポイントで、極太の雷が落ちたのだ。
『こ……これは……ただの、雷じゃあねえ……神気をおびた……異能……まさか……あのガキ……厄神の依り代かぁ……』
「厄神の……依り代……」
雷撃を受けた鎌鼬は、黒焦げとなって、消えた。
妖魔は異能で殺されると、こうしてチリも残さずきえてしまうのだ。
彼は倒した妖魔のことなんて一瞥もせず、社の中に入る。
「…………入らないの?」
「え、あ、はい……あの、いいんですか?」
彼は何も言わずに、社の中に入っていった。
ま、マイペースな御方だ……。
「レイ!?」
彼と入れ替わるように、出てきたのは、サトル様だった。
「サトル様!」
「レイ! 邪気を感じたから飛んできたのだが……まさか、おまえが倒したのか?」
サトル様が近づいてきて、ぎゅっと抱きしめる。
「いえ……あの少年が」
「少年……? ああ……」
すたすたと奥へ進んでいく彼の背中を見ながら、サトル様が言う。
「道真が異能を使ったんだな」
「! 道真って……じゃあ、さっきの少年が」
「ああ。二ノ宮家の当主にして、湯川天神の神主。二ノ宮 道真だ」
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