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13 厄神の依り代 1



 輪入道を倒してから、しばらく経ったある日のこと。

 そろそろ、年の瀬が近づいてきてる、朝。


「ん……」


 私は一人、目を覚ます。


「あ……」


 目を開けて、落胆の声を上げてしまう。

 いつもなら、夜廻りから帰ってきたサトル様が、同じ布団に入ってるはずだ。


 ……けれど、布団はからっぽだった。


「……ここ最近、ずっと」


 輪入道の一件があってから、サトル様のお帰りが……遅くなってる。

 深夜、夜廻りへ行き、少し仮眠を取った後、どこかへ行っている……と黒服さんたちに聞いた。


 行き先について、食事の時に聞いたのだけれど、言葉を濁されてしまった。


「…………」


 今日で、一週間目。

 サトル様は一体どこにいって、何をしてるのだろう……。


「聞いても、答えてくれないのは……どうして……?」


 サトル様が私に隠し事をしてる。

 一体、どんなことを抱えてしまっているのだろうか。


 ずっと、深く追求することを避けてきた。

 でも……今日で一週間。さすがに……私は、我慢できなかった。


 私は立ち上がると、執事である真紅郎さんのもとへむかう。

 彼はサトル様の執務室で、書類整理をしていた。


「真紅郎さん。あの……サトル様のことで、お話があります」

「……ついに、来ましたか」


 真紅郎さんは小さく息をつくも、しかし、驚いてる様子はなかった。むしろ、私が来ることを、予期してたような気すら感じられた。


「先に申して起きますが。サトル様は……」

「なにか、無茶をなさってるのではありませんか?」

「…………」


 今度は、真紅郎さんが目を丸くしていた。

 え……?


「ど、どうしたんですか?」

「…………いえ。お嬢様が、浮気を疑ってるのではないかと、思っていたので」


「うわき? サトル様が?」


 な、何を言ってるのだろう……。


「サトル様は浮気なんてするような、不誠実な男性ひとじゃあないですよ。そんなの、真紅郎さんもご存知でしょう? 何を異な事をおっしゃってるのですか……?」


 真紅郎さんは小さく笑うと、頭を下げる。


「お見それいたしました、お嬢様。そのとおり、サトル様は浮気など決してしません」


 そんなのわかりきったことだ。誰だってそう思う。

 私が気にしてるのは……。


「サトル様は、一体どこで、睡眠時間を削ってまで……なにをしてるのですか? なぜ……そんな無茶を?」


 すると真紅郎さんは立ち上がる。


わたくしが説明するより、実際に行って、見て貰った方がいいでしょう。ご足労いただけますか?」

「もちろんっ!」


 サトル様が無茶をなさってる。

 あの人は、ちょっと抱え込むところがあるから。


 睡眠時間を削ってまでしてることがたたって、倒れたりでもしたら……嫌だ。

 だから……無茶を、できれば止めたい。でも……彼にも多分事情がある。


 その事情をきちんと知って、理解して、そのうえで……できることなら、彼に言いたい。

 どうか、無茶をしないでくださいと。


「車を回してきますので、玄関でお待ちください」

「わかりました」


 私は玄関前に立つ。そろそろ、年の瀬。

 寒風に身を震わせながら、私は真紅郎さんの車を待つ。


 ほどなくして、車が玄関先に停車。

 私が中に入ると、車が発進する。


 真紅郎さんは少しして口を開く。


「これから向かうのは、【湯川天神】という。神社です」

「ゆかわ……てんじん? 神社……ですか」


 神社。たしか、神をまつっている場所、とうかがった。


「湯川天神は東都の文京区にあります。上野公園という、広い公園がありまして、その側に、湯川天神があります」


 真紅郎さんが車を運転しながら、湯川天神について教えてくれる。


「湯川天神は、代々【厄神やくしん】をまつっているのです」

厄神やくしん……ですか」


「はい。病気や災難をもたらす、悪しき神霊のことです」


 井氷鹿いひかさまみたいな、良い神霊がいれば、その逆の、悪い神霊……厄神やくしんもいるんだ。


「でも、厄神やくしんなんてまつって、一体何の意味が?」

厄神やくしんをまつることで、厄災を退けて貰うのです」


「は、はぁ……」


 私には理解できない概念だ。


「たとえば、毒。あれも使い方次第では薬になるでしょう? それと同様、人に害をなす存在であっても、それが役に立つことがあるのです」


 サトル様は、厄神やくしんをまつっている神社に、一体なにしにいってるのだろうか……?


「湯川天神の神主は、代々、二ノ宮家が務めています」

「たしか……極東五華族が一つ、でしたね」


「そうです。現当主、二ノ宮(にのみや) 道真みちざねに、サトル様は会いに行っているのです」

二ノ宮(にのみや) 道真みちざね……さま」


 一体、その御方にあって、何をしてるのだろう……。


「っと、つきましたよ」


 湯川天神へと到着した。

 人の多い淺草あさくさとは違い、ここは……東都のなかにあっても、自然が豊かで、静かな場所だった。


 近くに大きな池のある、大きな公園が見える。


「さ、お嬢様。こちらです」


 真紅郎さんに連れられ、私は湯川天神の前へとやってきた。


「ここよりは、申し訳ありませんが、レイお嬢様お一人でお入りくださいませ」

「それは……どうしてですか?」


わたくしでは、滅せられてしまうからです」

「!? こ、殺されるってことですか……?」


「はい。この中は、神有地しゆうちです」

神有地しゆうち……」


 確か……。


「神の居る……パワースポット的な場所……でしたっけ」

「そのとおり。二ノ宮家現当主さまは、裡に【神霊】を飼っておられるのです」


「!? 妖魔では無く……神霊を、ですか」


 極東人のかたは、みな体内に1匹妖魔を飼っている。(私は例外的に3匹)。


 でも……皆さん共通して、妖魔を飼っているのだ。

 ……まさか、神霊を飼ってるおかたがいるだなんて。


二ノ宮(にのみや) 道真みちざねさまの持つ神霊は、とても強力で、生半可な妖魔など一撃で滅してしまいます。サトル様やレイお嬢様のような、強い霊力を持たねば……」


 だから、入れないということらしい。

 ……怖くない、といったら嘘になる。


 中に、どんな危険な人がいるのか、わからないから。

 でも……私は少しためらった後に、前に進む。


 サトル様に会って、この目で、直接確認したいから。

 サトル様が、厄神やくしんをまつる神社に、どんな用事があって毎日来ているのか。


 ちゃんと……知っておきたい。

 だって、私はサトル様の、花嫁だから。

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