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8 ザシキワラシの悪戯 4



 ザシキワラシさんを、自動車に轢かれそうになっていたところを、超幸運の異能で助けることができた。


「帰りましょうか」

「……こし。ぬけた」


 その場でぺたんと座り込むザシキワラシさん。

 怖い目にあったんだから、そうなってしょうがない。

 この子をひとり置いてくことなんてできないし。


「わかりました。では、おんぶしますね」

「……うん」


 ……? すごい素直だ。

 さっきまで、人を揶揄って笑っていたような子が?

 どういう心境の変化なんだろうか。


「…………れい。ごめん」


 サトル様のもとへと向かってる途中、ザシキワラシさんがそうつぶやいた。


「勝手に飛び出したことに、ですか? そうですね。次からは気をつけましょう。ケガしたら大変ですので……」


「ちがう」

「え?」


 違う……ってどういうことだろう。

 じゃあ、何に対して、謝ったんだろう。


「れい。さっき。おもった。ちょーこううん。いのう。あった。でも、ふこう。なんでって?」


 ……確かに、さっき思ったことだ。

 ザシキワラシさんがいるのに、どうして、私は西の大陸……実家にいるとき、あんな不幸の連続に見舞われたんだろうって。


 私の思考を読み取ったのか、ザシキワラシさんが答えてくれる。


「れい。みかくせい。いのーしゃ」

「みかくせい……私が、異能者として覚醒していなかったと?」


 ザシキワラシさん曰く……。

 私はこっちにくるまで、異能を覚醒させていなかったそうだ。


 異能とは、妖魔から身を守る術。

 西の大陸には、妖魔が居なかった。それゆえ、異能は必要とされず……覚醒のタイミングが大幅に遅れたそうだ。


 覚醒のきっかけは……こちらにくるとき、極東行きの船のなか。

 海坊主という妖魔と出会い、私の命が危険にさらされた瞬間。


 私は異能者として覚醒したようだ。


「うちら。いのーしゃ。めざめない。ちから。つかえない。ひゃくぱー。ちゅーとはんぱ」


 だから、私には幸運の大妖魔がついていても、あの人達に虐げられ、母が若くして死んでしまうという、悲運に遭ってしまったんだ。


「れい。ごめんね」


 弱々しく、ザシキワラシさんが言う。


「うち。れい。まもれなかった」


 背中が、じわりと、濡れるのがわかった。

 ……ザシキワラシさんが、泣いてる?


「うち。あまかった。れい。しんじゃうとこだった。うちのせいで。しぬのって……こわい。わすれてた。ごめんね」


 ……さっきの交通事故未遂で、死の恐怖を、彼女は思い出し、痛感されたみたいだ。

 そして……私が、虐待の末、死んでしまう可能性もあったことに、彼女が気づいた。 


 そして……自分のせいで、私が死ぬかも知れなかったと。

 助けてあげられなくて……ごめん、と、謝ってきてるのだ。


 ……なんて、優しい子だろう。


「どうか、謝らないでくださいませ。あなたは、何も悪いことしてないです」

「でも……」


 私の不幸は生まれ持ったとき、決められた運命なのだ。

 この子がいようがいまいが、出自は、変わらなかった。


「むしろ、今はあなた様がいてくれるおかげで、色々助かってますし。それに……幸せですし」


 ザシキワラシさんはスリスリ、と頬ずりする。


「れい……。やさしい。すき……」

「ありがとうございます」


 前世の自分に、好かれるのって、なんだか少し変な気分だ。


「れい。ありがと。れーりょく。まんたん」

「え……?」


 振り返ると、ザシキワラシさんが光り輝いていた。


 霊力満タン……ということは、霊力が回復したということ。

 彼女は、霊力が回復するまで、そばにいるといっていた。つまり……。


霊廟れいびょうに、帰っちゃうんですね……」

「うん。ごめん。もっといっしょに。いたい。けど……」


 宙に浮く、ザシキワラシさん。

 俯いて、肩をふるわせてる。別れが悲しいと、そう思ってくださってるのだろう。


 泣いてる彼女を、私はほっとけなかった。饕餮とうてつさんの胃袋から、それを取り出す。


「はい、ザシキワラシさん。お土産です」


 包みに入ったおにぎりを、私は彼女に渡す。

 台所で作って、あまったものを、饕餮とうてつさんの胃袋中にストックしておいたのだ。

 彼女が帰るときに、お土産にって。ぬえさんと、饕餮とうてつさんの分を作っておいたのである。


「泣かないでください。今生の別れでもないんですし。また、霊廟れいびょうの中で会えますよ」


 ザシキワラシさんは包みをきゅっ、と抱きしめる。

 そして、私に近づいて、ちゅっ、とキスをする。


「れい。ざしきわらし。いのう。もっとじょうず。つかえる」


「え……?」


「ちょうこううん。レベル2。【運命操作】」

「レベル2……? 【運命操作】……?」


「いのー。れべるあがる」

「! そ、そうなんですか……?」


 確かに、饕餮とうてつさんの異能……異能殺しだけでなく、胃袋にストックすることもできてる。

 異能って……一つの能力、一つの使い道しかないとおもっていた。


 でも……こうしてレベルが上がって、新しいことができるように、なるんだ。


「れい。たいないよーま。なかよくなった。いのう。れべるあがった」

「なるほど……」


「さとる。おしえて。あげて。アドバイス。【過去と向き合え】って」


 ……ザシキワラシさんは、サトル様へのアドバイスを残すと、すぅう……と消える。


「ぐっばい」

「色々、ありがとうございました。ザシキワラシさん」


 すると……ザシキワラシさんが言う。


「【幸子】」

「さち……こ?」


「うち。【真名】。運命操作。つかう……。さちこ。よんで」


 どうやら……ザシキワラシさんの、本名のようだ。

 そうだ。よくよく考えると、ザシキワラシやぬえは、妖魔の種族としての名前だ。

 私たち人間に、それぞれ名前があるように……。

 ザシキワラシにも、名前がある。


「うち。幸子。よんで?」


 おねだりするように、彼女が言う。

 ……仲良くなった、友達。そんな彼女に、種族名でいつまでも呼ぶのは、いやだった。


「わかりました。幸子……ちゃん」

「…………」ぱぁ!


 幸子ちゃんは、花が咲いたように笑うと、消えてしまった。

 多分、私の霊廟れいびょうの中に帰っていったんだろう。


「レイ!」


 サトル様が、ちょうどやってくる。


「急に居なくなって心配したぞ」


 ぎゅーっ、とサトル様が強く抱きしめてくださる。

 何も言わずに飛び出したので、心配させてしまった。


「ごめんなさい」

「いや、無事なら良いんだ……。ん? ザシキワラシはどうした?」


「あ、幸子ちゃんは帰りました」

「さ……? 誰だ?」

「ザシキワラシさんの名前です」

「!?」

 

 ……サトル様が驚愕に、目を開いてる。


「どうしたんですか?」

「れ、レイ……? ほんとうか? 妖魔が、本当に? 自らの真名を明かした……というのか?」


「? ええ。それが、なにか……?」


 サトル様は、酷く困惑なされてるようだった。

 でも……「まあ、レイだものな」とどこか納得したようにうなずく。


「レイ。おまえは、本当に凄いな」

「は、はぁ……? 私、何かしましたでしょうか?」


「ああ。おまえは、トンデモナイことをしたよ。まさか、大妖魔の真名を、向こうから教えて貰うなんて……前代未聞だ」


 よくわからないけど、これだけは確か。


 この力を……多くの人の平和のために、使わないと。

 それが……多くを持つものの、勤めだと思うから。



 

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