7 ザシキワラシの悪戯 3
私はサトル様に、事情を説明した。
「なるほど……霊力を回復するために、レイの側にいると……」
「はい……」
縁側に座る私たち。
ザシキワラシさんは、ぱり……ぽり……とお煎餅を上機嫌にかじっていた。
……そして、サトル様の頭の上に立っている。
「頭の上で煎餅を食うな……!」
「ながめ、にじゅうまる」
「レイ、なんと言ってる?」
「え、ええと……眺めが良いと」
「人の話を聞けっ!」
「…………」きゃっきゃっ。
ザシキワラシさんが楽しそうに笑ってる。
サトル様はため息をついた。
「こいつはいつまでここにいるんだろうな」
「さぁ……って、あれ? ザシキワラシさん?」
ザシキワラシさんが、いつの間にか消えていたのだ。
「どうした?」
「さっきまでいたザシキワラシさんの姿が消えてしまいました……」
どこかへ行ってしまったんだろうか?
トイレとか……?
このお屋敷、広いから迷子になってやしないだろうか……。
……心配だ。
ちょっと様子を見に行ってみよう。
サトル様には、夜廻りでお疲れだろうし、探すくらいだし……言わなくてもいいかな。
「どこへ行く?」
「あ、えっと……ザシキワラシさんを、探そうかなって。迷子になってるかもしれないので」
するとサトル様が微笑み、立ち上がる。
「俺も探すよ」
「でも……夜廻りあけでお疲れでしょうし」
「そんなこと、気にするな。心配なのだろう?」
「はい……」
「なら、手伝うよ」
「サトル様……」
私のために、探すのを手伝ってくださる。
本当に……お優しい御方……。そんなサトル様だから、好き……。
「どうした?」
「あ、い、いえ……」
するとサトル様がフフフと笑う。
「俺のこと、惚れ直したか? なんてな」
「あ、はい」
「そ、そ、そうか……そうか……」
「はい……」
サトル様が、照れてらっしゃる。
サトル様は、仕事中は凜々しいとうかがう。他の人には、紳士だとも。
……でも、私の前だけ、こうして照れてくださる。
なんだか……優越感を覚える。
「ひゅーひゅー」
はっ! サトル様の頭の上に!
ザシキワラシさんがっ。
「おあつい。ふたり。ひゅーひゅー」
ぱっ、とザシキワラシさんがサトル様の頭の上から降りる。
「あっ! いた! こいつ! レイを心配させるなっ!」
サトル様がザシキワラシさんを捕まえようとする。
だが、腕からすり抜ける。
きゃっきゃ、と笑いながら、廊下を走る。
「待てこの! 【霊亀】!」
サトル様が結界で、ザシキワラシさんを捕まえようとする。
しかし結界が、ザシキワラシさんを、運悪く捕縛できなかった。
……おかしい。
サトル様は、狙ったところに結界を発動できるはず。
でも、結界がザシキワラシさんを捕まえることができなかった。
狙いが、外れた……?
「ああくそ! 厄介な異能だな! 超幸運!」
……!
そうか……。超幸運の異能を、ザシキワラシさんは使ったんだ。
運を操作する、異能。
今、彼女は運を味方に付けることで、運良く……(相手にとっては運悪く)攻撃を避けることができた。
……なるほど。
ザシキワラシさんの異能って、敵の攻撃を避けるみたいな、ああいう使い方もできるんだ。
「レイ! ザシキワラシのやつ、屋敷の外に出たぞ!」
はしっ、と彼が私の手を掴む。
「探しにいくぞ!」
「は、はいっ……!」
サトル様が私を掴んで、強引に、引っ張ってくださる。
……男の方に、力強く、引き寄せられたのって……これが初めて。
お父様は、ぶったり、ひっぱたり、してきたことがある。
でも……こうして、力強く、優しく、リードしてくださったのは……サトル様が初めてだ。
……嫌いじゃあない。
こんな風に、強引にされるのも……。
「いたぞ! レイ!」
塀の上を、てててー! とザシキワラシさんが走って行く。
なんて……スピード。
自動車並に速い。
「レイ。失礼するぞ」
「え……? きゃっ!」
サトル様は私を、お、お姫様抱っこすると、駆け出す。
「【霊亀】、足場を作れ!」
目の前に球体の結界を出現させる。
無数に、空中に出現した足場をつかって、サトル様は空を駆ける。
……速いのは、いいんだけども。
「さ、サトル様! め、目立ちます~!」
眼下には淺草を訪れる観光客や、街の人たち。
「おー、ご当主さまが花嫁さまを連れてる!」
「すっげー! 空を駆けてるよ! かっけー!」
「デートかしら?」
「あらあら、お若いわね~」
とても目立ってる……!
それはそうだ。当主たる彼が、こんな真っ昼間から、空を走ってるんだもの!
「若いわー」「素敵ねー」
サトル様ファン倶楽部の御方らしきご年配の御方からは、デートと思われてる。
いや、違くて、いや、違うって訳じゃあなくて……ああもう……!
「さ、サトル様! 目立ちすぎます!」
「? それがどうした?」
こ、この人……目立つことに慣れてるせいか、あんまり気にしていないっ。
「居たぞ! 【霊亀】、無数の結界で、捕縛せよ!」
屋根上に乗ってるザシキワラシさんを、サトル様が結界で捕縛しようとする。
ザシキワラシさんがにやっと笑う。
すかっ、と結界が彼女の体を避けて、発動する。
そればかりか……。
ずるっ!
「「あっ!」」
サトル様が足を滑らせる。
二人して地面に落ちそうになる……!
「さ……せるかぁ……!」
サトル様が空中で体制を整えると、着地する。
「「「おー!」」」
ぱちぱちぱち……! と淺草の皆さんが拍手する。
……って、ここ仲店のど真ん中だったっ。
「派手だなぁ」
「軽業師みたいだったっ」
「さっすが~」
うう……目立ってしまってる……。
「今のなんだったんですか、サトル様ー?」
「かっこよかったですー!」
変装用の呪具を身につけてないせいか、サトル様の周りを、若い子たちが囲ってしまう。
「すまない、君たち、ちょっとどいてくれないかな?」
若い子たちに囲まれ、サトル様が身動きとれなくなってしまう。
この間にも、ザシキワラシさんがどこかへ行ってしまう……。
「…………」きゃっきゃ~♪
あ!
ザシキワラシさん、仲店を抜けて、道路に出ちゃった!
「! 危ない……!」
道路では自動車が往来してる……。
そのうちの一台が、ザシキワラシさんに襲いかかる。
彼女は自動車に気づいていない!
「【饕餮】……!」
とっさに、私は異能を発動する。
虚空に穴が空いて、ザシキワラシさんがこちらに引き寄せられる。
車はザシキワラシさんを轢くことなく、通り過ぎていった。
腕の中で、ぽかんとしてるザシキワラシさん。
「大丈夫ですかっ? おけがは?」
「…………」ふるふる。
そっか……ケガ無かった……。
良かった……。
「もうっ、駄目じゃあないですかっ。道路にでちゃっ。轢かれて死んじゃいますよっ!」
知らず、声を荒らげてしまう私。
ザシキワラシさんは目を丸くした後……。
「ごめんなさい」
と謝った。……うん。
反省するなら、よし。
「本当に、無事で良かったです」
なでなで、と私はザシキワラシさんの頭を撫でる。
彼女はきゅっ、と私に抱きついたのだった。




