【Side】井氷鹿《いひか》(神霊)
妾は井氷鹿。
神霊が一柱。
氷の神霊としてこの世に顕現してから幾星霜。
妾の力も時が経つにつれて、弱まってきていた。
仕方ないことだ。妾たち、神霊は、まつられ大事にされることで、この世にとどまることができる。
しかし昔と違って、神霊をまつる連中が少なくなってきている。
神社にまつられてる神の名前すら、知らぬものが増えていると、嘆く国つ神もいたものだ。
かくいう妾も、そうだった。
昔は妾をまつるものもいたが、最近では井氷鹿の名を知らぬものがふえており……その結果、霊力が衰えてきた。
だが……妾はまだ消えたくない。
この地にとどまっていたい。
……そんなある日、お調子者の付喪神が一柱、眼鏡丸がこんなことを言っていたのを、耳にした。
曰く、ザシキワラシ、饕餮、鵺。その三匹の妖魔を裡に宿した、膨大な霊力を持つ、不思議な娘が存在するという。
……莫迦な。アリエナイ。
妖魔を三匹も裡に飼う……?
人間に、そんなことができるわけがない。
そんなことができるのが、人間であるはずがない。
だから眼鏡丸の法螺だと思って、信じないことにした。
……そんな、ある日。
妾は【神喰い】の妖魔と偶然にも遭遇した。
神喰いとは、妖魔が神霊を喰らうこと。
なぜ妖魔が神霊を喰うか?
妖魔は強い霊力を喰うことで、より強大になるからだ。
通常の雑魚妖魔は、神霊に手を出すことなんてしない。返り討ちに遭って滅せられるとわかっているからだ。
しかし、たとえばただの妖魔ではなく、大妖魔だったら。
たとえば、喰らう相手が、力の弱まった神霊だったら?
話は、別だ。
神喰いに狙われた妾は、霊力を吸い取られてしまった。
あやつは恐らく、【白面】の配下の大妖魔だろう。
このところ、白面の配下が、徐々に力を付けていってるのは、知っていた。
だが、まさか神喰いに手を染める妖魔がこの時代にいるとは……。
白面のやつは、本気で、復活を狙ってるのかも知れぬ。
……守美が命を賭して、白面を殺生石に再封印したというのに。
まあ、それはさておきだ。
神喰いの被害にあった妾は、その存在が消滅し掛かっていた。
元々、妾の神霊としての力は弱まっていたところに、辻斬りのごとく、神喰いにあったことで、消滅寸前。
師走が終わるころには、妾の存在は消えてしまう。
焦った妾には、眼鏡丸から聞いた与太話に、すがるほかなかった。
神を癒せる異能者……守美が居ない以上、他に頼れるものはいないのだ。
妾は眼鏡丸から聞いた場所……東都、淺草へとやってきた。
……そして、さまよい歩くこと数日、ついに、妾は偶然にも、レイと出会うことに成功した。
否……偶然ではない。
恐らく、未来を見る異能者の介入があったのだろう。
確か、東都にはハクタクを継承する異能者がいたはずだ。
彼奴が、妾とレイとを結びつけたのだろう。
……レイと出会って、妾は驚愕した。
本当に、彼女のうちには、三匹の妖魔がいたからだ。
有り得ない、光景だった。
通常、体内妖魔は1匹だけでも持て余す。
人間の器では、1匹の妖魔を入れるだけで手一杯なのだ。
……それなのに、レイは3匹の妖魔を裡に入れていた。
まあ、正確に言うと、レイは霊廟を一つ、そして妖魔の前世を二つ持っていた。
だとしても……異常だ。
そして、その三匹のなかに、ザシキワラシがおった。
ザシキワラシは、妖魔というより、妾たち……神霊に近い存在だ。
福をもたらす神霊。ザシキワラシ。
だが同時に、不幸をもたらすとも言われている。それゆえ、妖魔扱いされてるようだが……妾から見ればザシキワラシは神霊の仲間だ。
ようするに、レイは大妖魔を2匹、神霊を1匹飼ってるといえる。
……うむ、矢張り何度考えても、おかしな娘だ。
彼女は神霊である妾から見ても、希有なる存在だ。
そして一番不思議なのは、これほどの力を持っているのに、まだ人間の感性を失っていないことだ。
強い力を持つと、人の性格はゆがんでしまう。それは仕方の無いことだ。
けれど、レイは……違った。
あれだけ大きな力を持つのに、それを自慢することも、金儲けすることもしていない。
困ってる妾のために、神力に満ちた飯をわけてくれた。
……それも、無償で、だ。
相手は、弱ってる神霊だ。
普通なら、喰らって己の力にするか、取引を申し出て、力を手に入れるかなど、利己的な行為に走るものだろう。
それが、普通の人間のすることだ。
……でも、あの子は腹を空かせた妾に、神力をこめた飯を譲ったのだ。無償で。
……有り得ないほどの、お人好しだ。
この世に数多く、お人好しと呼ばれる人物達はいるだろう。
だが、彼女はこの社会で、とてつもない強い力を持ってて、なお……誰かのために、無償で力を振るったのだ。
それは、誰にでもできることではない。
だからこそ……妾は、彼女をいっとう気に入ったのだ。
レイ。
恐らくおまえは、これから多くの神霊に、助けを求められるだろう。
神霊を救ったのだ。そうなるのは……当然の流れだ。
そして……レイ。おまえは、白面に狙われることになる。
白面はどうやら、復活を企んでいるようだ。
部下に神喰いをさせたのも、己の復活を早めるためだろう。
白面を封じる殺生石。
それの破壊を企んでいるにちがいない。
レイのうちには、神霊がいる。そして、彼女には膨大な霊力がある。
……そして、異能殺しの力。
異能殺しがあれば、殺生石を破壊することも容易いだろう。
間近で見て、その確信を得た。
妾でも気づくのだ、白面だって、気づくだろうさ。
……だから、妾は守美の息子に力を与え、そして、発破をかけたのだ。
レイを、あの優しい娘を守れと。
神霊は基本、特定の人間には干渉しないものだ。
我らは理解してるのだ。妾達の力は強大すぎて、人間たちが築きあげた社会という枠組みを、破壊してしまうということを。
それゆえ、神霊は森に、山に、人の住まぬ静かな場所で、暮らしてるのだ。
……一方、神霊に近い存在であるレイは、白面からすれば、もっとも近くに居る、最も美味しそうな餌といえる。
……だんだん不安になってきたな。
レイは大丈夫だろうか。ううむ。心配だ。
いちおう、あまりに心配だったので、神の力の一部を、レイと、レイのつがいである、守美の息子に授けたが……。
……妾は、あやつを見て失望したぞ。
あの、一条 守美の、息子が、あの程度なのか? とな。
まあ、仕方ない。
守美と番った相手は、あの【忌み子】だからな。
いかに守美が強い力を持っていようとも、忌み子たるあの男の血が混じってしまってはな。
……レイを守る男が、あいつで本当にいいのだろうか。なんだか急に不安になってきた。
早急に、守美の息子を強くするか、あるいは……もっと強い男を、レイにあてがうか。
これは……神霊たちの間でも、意見がわかれるだろうな。
いずれにせよ……レイは今後、神霊界の話題の中心になることだろう。
人間社会でも、まあまあ目立ってるようだが、これからは神霊たちからも注目を浴びることだろうな。
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