4 雪の神霊 4
百目で、神霊の居場所を特定した私。
サトル様と一緒に現場へとやってきた……のだけど。
「いないな」
周りを見渡すと、道路が広がるばかりで、それらしい姿は無い。
……けれど、百目で見ると、このあたりにとても強い光で満ちてる。
とても大きすぎる気配ゆえに、どこにいるのかわかりにくい。
『れーいたん♡』
頭の中に、女性の声が響き渡る。
この声は……鵺さん?
『そー♡ れいたんのペット、鵺のお姉さん、略して鵺さんだぞ~♡』
鵺さん、どうしたんですか?
『あそこに落ちてる、毛玉みたいなのが、君の探しものだぞっ♡ って教えにきたの』
! あれが……。
確かに、道の端っこに、小さな毛玉が落ちていた。
私はしゃがみこんで、それを両手ですくい上げる。
しっとりとぬれた、ぞうきんみたいな……。
「レイよ。どうした?」
「サトル様……これが、見えませんか?」
「? 何も見えないぞ」
やはり……ということは、これが神霊さま……?
それにしてはピクリとも動かない。元気が無い……のだろうか。
『おなか……』
「……へ?」
『おなか……ぺこぺこ、れしゅ……』
どうやらお腹が空いてる様子。
『うめおむすびがたべたいれしゅ……』
「梅のおむすび……ですか?」
『そうでしゅ……あとできればあったかいお茶ものみたいれしゅ……』
サトル様が困惑した顔をしてる。
が、すぐに何かに気づいた様子。
「神霊と話してるのか?」
「はい。お腹が空いてるみたいです。おにぎりと温かいお茶をと。あ、おにぎりは梅がいいそうです」
「注文が多いな……。まあ、聞いてやるか。この雪の原因がこいつにあるだろうことは確かだろうし。交渉するにしても、まずは話をできるようにしないとな」
「ですね」
「と言っても、おにぎりとお茶なんてどこにも……」
私はうなずいて、言う。
「ありますよ、ちょうど」
「なんだとっ?」
「待っててくださいね。【饕餮】!」
空間に穴が空く。
その中に手を突っ込んで、目当てのものを取り出した。
お弁当の入った包みと、お茶の入った筒だ。
「れ、レイ!? なんだそれは!?」
「饕餮の中に仕舞っておいた、今日のお夜食です」
「し、仕舞った……!?」
「はい。饕餮さんは胃袋を4つ持ってるそうです」
羊の姿をした妖魔……饕餮さん。
「四つの胃袋のうち、モノを仕舞っておく胃袋があるそうです。そこに、お弁当をいれさせてもらったのです……って、どうしたんですか?」
サトル様が目を丸くしていた。
「な、なぜそんなことを知ってるのだ?」
「前に、鵺さんから教えてもらったんです」
四つの胃袋があって、そこにモノを仕舞っておけると。
「自分の体内妖魔と会話する……か。普通はできないことなんだぞ?」
「そうなんですか?」
「ああ。俺は、霊亀と会話したことは一度も無い」
……サトル様が飼っていらっしゃる異能、霊亀。
霊亀は、サトル様のお母様である、守美さんだった。
……どうして、守美さん……母親がサトル様の中にいるのかは、いまだ不明だ。
……サトル様、お可哀想。
自分の中に、一番大事な人が居るのに、会うことができないなんて……。
なにか、会う方法ってないんだろうか。
『あにょぉ~』
白い毛玉がぴくぴく動く。
はっ、し、しまった……。
『おなかがへったのれしゅ……』
「すみませんっ。すぐに……」
私は抱っこした状態で、おにぎりを手に持ち、毛玉に近づける。
「梅おにぎりですよ」
『ほんとれしゅかっ!』
はぐはぐはぐ! と毛玉がおにぎりを食べていく。
『とってもおいしいれしゅっ! こんなおいしーおにぎり、うまれてはじめてれしゅっ! チカラがみちてくれしゅ!』
神霊はおにぎりを全部、そして、お茶をごくごくと飲み干す……。
カッ……! と毛玉が強く輝いた。
そして……。
目の前には、1匹の、美しい毛並みの……鹿が現れた。
『礼を言うぞ、娘。わらわは、井氷鹿。氷の神霊が一柱』
さっきまでのへにょへにょとしたしゃべり方から一転、神霊……井氷鹿さまはハキハキとしゃべる。
「レイ……目の前に、神霊がいるんだな」
「は、はい……とても神々しい、鹿の神霊さまです」
「そうか……俺にも、ぼんやりとだが、感じ取れる。強い力を」
井氷鹿さまはじろっ、とサトル様をにらみつける。
『なんだ、守美の息子にしては、霊感が弱いな』
「! 守美さまをご存知なのですか?」
『ああ、知ってる。守美には世話になった。あの娘の作り、供える飯は、神力に満ちててとても美味かったな』
昔を懐かしむように、井氷鹿さまが言う。
……守美さまは、神霊さまと交流があったんだ。
『そういう意味では、娘。おまえは素晴らしいな。とても強い霊感を持ち、霊力も申し分ない。眼鏡丸の言っていたとおりだな』
「眼鏡丸……?」
『おまえに眼鏡の宝具を授けた、付喪神のことだ』
ああっ、あの……可愛いお猿さん。
眼鏡丸って言うんだ……。
『おしゃべりで有名なあやつの言うこと、半信半疑で聞いておったが……まさか、本当におるとはな。おまえのような娘が』
「あの……その話しぶりからすると、あなた様は私に会いに来たということですか?」
『そうだ。膨大な量の霊力を持ち、神霊を見るほどの見鬼の才を持つ、陽の気を使える娘。そんな馬鹿げた存在がいるわけないと思いつつ……。他に頼れるものもおらんかったのでな。こうして出向いた次第だ』
……わ、私のせいで、大雪を降らせてしまったの……?
『おまえのせい、じゃあない。雪を降らせたのは妾。そして……おまえがいたおかげで、妾は死なずに済んだ。誇れ、おまえは……神霊を生かしたのだから』
……そう言ってもらえると、うれしい。
井氷鹿さまは近づいてくる。
『褒美をやろう。そうだな……そこな男は、おまえの番いか?』
「は、はいっ」
『そうか。ふむ。守美の息子というなら、結界師の一族か。となると……おい娘。小僧に伝えよ。手を出せと』
私はサトル様に、井氷鹿さまの言葉を伝える。
彼はうなずいて、左手を前に出す。
井氷鹿さまは、サトル様の手の甲に、鼻先を載せる。
瞬間、彼の体に、青い光がほとばしる。
『我が氷のチカラをこやつにわけてやった』
「!? こいつが……神霊……?」
サトル様が目の前の井氷鹿さまをはっきりと認識して、そう尋ねてくる。
「見えるようになったのですね?」
「あ、ああ……」
ふんっ、と井氷鹿さまが鼻を鳴らす。
『無礼なやつだ。レイが居なかったら凍らせて殺していたところだ。レイに感謝するんだな』
サトル様が首をかしげる。
「神霊はなんて言ってるのだ……?」
サトル様、神霊さまの姿は見えても、声までは聞こえないようだ。
「えと……礼節をわきまえろと」
「これは失礼しました」
ぺこっ、とサトル様が頭を下げると、井氷鹿さまは鼻を鳴らす。
『まあよい。レイ。世話になったな。礼を言う』
「いえ。元気になられて良かったです」
『ふむ……おまえにも何か褒美をやらんとな……そうだ』
ぽろ……と井氷鹿さまのツノが取れて、私の前へとやってきた。
『受け取れ』
「は、はい……」
ツノを手に取ると……ぽんっ、と見事な青色の、鹿の毛皮へと変貌した。
『それで襟巻きでも作るといい』
「あ、あのっ? よろしいのですか。こんな……立派な鹿の毛皮をいただいて」
艶やかで、美しく、それでいて……とても温かい。
こんな素晴らしい毛皮……もらっていいのだろうか……?
『よい。おまえは神霊を癒やした。これは誰にでもできることでもない。人間でできたのは守美くらいだな』
守美さまは……やっぱり凄い御方みたいだ。
『では、さらばだ』
井氷鹿さまが空を駆けていく。
『そうだ。レイ。守美の息子に伝えておいてくれ。もっと強くなれと。でないと……おまえの大事なモノを、取られてしまうぞとな』
! 大事なモノ……。
それってなんだろうか。尋ねるまえに、井氷鹿さまは空を駆けてどこかへいってしまった。
「行ってしまったな」
「はい……」
「最後に何か話していたな」
「はい……強くなれとおっしゃっておりました。でないと、大事なモノを取られてしまうと……」
「!」
サトル様は目をむいていた。
……大事なモノ、ってなんだろう。
「なるほど……」
「あの……大事なモノって……?」
「レイ以外にいるわけないだろ?」
「! わ、私……ですか?」
「何を意外そうにしてる。おまえ以外大事なモノなんてない。ああ、黒服たちもそうだが……一番はおまえだ、レイ」
きゅっ、とサトル様が抱きしめてくださる。
……ぽわぽわ、と胸の奥が温かくなる。大事って口にしてもらえたのが、うれしくてたまらなかった。
『とても良い娘を見つけたぞ。あれはいい霊力の持ち主だ。おかげで、毛並みがより美しくなった! どれ、他の神霊連中にも自慢してやろう』
遠くの方で、井氷鹿さまが、何かを言っていたように思えた。
でも……遠くて何を言ってるのか、聞こえなかったのだった。




