2 雪の神霊 2
サトル様と朝ご飯を一緒に食べている。
「今日は帰りがずいぶんと遅かったのですね」
サトル様の夜廻りの仕事をしている。
前は夜中じゅうずっと掛かっていたらしい。
でもここ最近……特に私が来てからは、夜廻りにかかる時間は短縮されてる、そうだ。
サトル様が陰陽のチカラを使えるようになったから。
陰陽というのは、その……お、男の人の陽の気と、女の陰の気を合わせる行為のことで……あの……。
つまりは、せ、接吻を、することで、サトル様は通常以上の力を出せるのだ。
パワーアップしたおかげで、妖魔退治にかかる時間は短くなっていたはずなのに……。
今日は、明け方までサトル様が帰ってこなかったのだ。
「ちょっとトラブルがあってな」
「トラブル……手強い妖魔が現れたのでしょうか?」
「手強い相手にはちがいない……が。妖魔ではないのだ」
……どういうことだろう。
「まず、今日の大雪。これは、想定外のものだったのだ。極東王の予知では、ここ一週間の天気は晴れだった」
極東王さまの異能は……【ハクタク】。
未来を予知する能力者だ。
極東の天候も百%言い当てることができるそうだ。凄い……。
「しかし、今朝は大雪でしたよね?」
「そこなんだ。極東王の予知が……はずれた。これはアリエナイことだ。天候の予知の的中率は十割と言われてるのに」
だというのに、外れた……。
「天候を、変えてしまう妖魔が現れた……とか?」
「いや。天候を変えるほどとなると……【神霊】の仕業では無いか、と王はおっしゃっていた」
「しん……れー?」
また、新しい単語だ。
私はこちらに越してきたばかりで、まだまだ、知らないことが多いのである。
「神霊とは、神の霊とかく」
「か、神……? 神様がいらっしゃるのですか……?」
確かに、私の住んでいた西の大陸にも、神と呼ばれる存在は複数いた。
創造神ノアールさま。聖女神キリエライトさまなど。
しかし、彼ら神々は天界とよばれる、この世界とは異なるところにいて、人間の世界には神が居ないとされている。
「極東で言うところの神霊とは、とてつもない力を持った霊的存在を言うのだ」
霊的存在とは、肉体を持たない存在のことらしい。
「とてつもない力を持つ霊的存在といえば……妖魔もそうではないですか」
「そうだ。が、妖魔は人に害をなす霊なのだ」
神霊とは、強い力を持ち、人間に対して友好的な魂(霊的存在)。
妖魔とは、力を持つも、人間に対して害をなす魂。
という区分けのようだ。
「どちらも肉体を持たぬ存在という点で、神霊も妖魔も似ている。だが、妖魔は明確に、人間の敵だ」
……そうなのだろうか。
サトル様の中にいらっしゃる妖魔……霊亀さん。
彼女からは、害意を感じなかった。
というか、霊亀は……サトル様のお母様である、守美さまだった。
……どういうことなんだろう。
結局、夢の中で守美さまと出会ってから今日まで、サトル様にはそのことを聞けずじまいでいる。
……話を戻して。
私の知ってる鵺さんや、饕餮さん、ザシキワラシさんも人に仇をなす存在とは……どうにも思えない。
霊亀さんも含めて。だから……全ての妖魔=悪というのは……ちょっと違うように、私には思えた。
「神霊が人里に降りてるせいで、東都に大雪が降ってる、というのが極東王の見解だ」
昔も、雨を司る神霊が人里に降りてきて、長雨が降ったことがあるらしい。
「神霊も妖魔同様に、人の寝静まった時間帯をうろつく。東都を真紅郎たちと見回ったが……やはり見つけ出せなかった」
「やはり、とは?」
「神霊たちは、通常の人間には見えぬのだよ。ほら、レイと淺草寺へいった際に、付喪神にあっただろう?」
眼鏡の宝具をくださった、あの御方か。
「付喪神もまた神霊の一画。常人では見ることも声を聞くこともかなわんのだよ」
サトル様は付喪神を見ることはできても、声を聞くことはできなかった。
より高位の神霊となれば、サトル様であってもみることは敵わないのだろう。
……でも、私には付喪神さまのお声が聞こえたし、お姿も、見えた。
ならっ。
「サトル様。私……お手伝いいたします。雪の神霊を探すことを」
「レイ……それは、うれしい。おまえがいれば百人力だ。……しかし、すまん。許可できない」
……断れるとは、思っていた。
わかってる。
なぜなら、サトル様が私を大事にしてくださってるからだ。
私には、異能殺しのチカラがある。
異能殺しは、対妖魔戦において、とても有効的な能力だ。
妖魔は異能を使ってくる。それに対して、異能殺しがあれば、敵の攻撃を全て無効化できる。
……にもかかわらず、サトル様は、一度も、私を夜廻りに連れていこうとしない。
手伝ってくれ、ともいわない。
家に居て、帰りを待っていて欲しい、とだけいう。
……昔の私なら、私の力が及ばないから、なんて言っていただろう。
でも、私は……サトル様を少しは理解したつもりだ。
サトル様は優しい。戦えぬ、妖魔も見えぬ人たちのために、妖魔と戦ってくれてる。
彼は……とても優しいから。
私が夜廻りに出て、妖魔との戦闘となり、ケガをしないようにと、思ってくださってるのだ。
「サトル様の、お心遣いを、理解しております。ありがとうございます。ですが……サトル様は、お困りなのでしょう?」
「…………」
「少しは、頼って欲しいです。私も……一条家の人間。東都の守護者……なのですから」
サトル様は目をむく。そして……目頭を押さえた。
「レイ……俺は今、猛烈に感動してる。やはり、おまえは素晴らしい女性だ。俺は……おまえが花嫁に来てくれたことを、心からうれしく思うよ……」
サトル様がこちらに近づいてきて、きゅっ、と抱きしめてくださる。
……黒服のみなさんも、目元を拭っていた。
「レイ。すまない。チカラを……かしてくれるか?」
「もちろんですっ」
サトル様のお役に少しでも立てるっ。
こんなにもうれしいことは……無い。
こうして、私は初めて、サトル様の夜廻りに、ついて行くことになったのだった。




