37 夜半の隅田川 3
【☆★おしらせ★☆】
あとがきに、
とても大切なお知らせが書いてあります。
最後まで読んでくださると嬉しいです。
……私は屋形船に乗ることになった。
……サトル様と、ふ、二人きりで……。
「…………」
屋形船、というのは、私のイメージする船とはだいぶ違った。
まず、だいぶ小さい。
一階建ての小型船舶だ。
でも船の上に小屋みたいなものが建ててある。
中には畳を敷いており、テーブルがあって、その上に食事が並んでいた。
お刺身や、天ぷらといった、極東固有の美味しそうな料理が並んでいる……。
でも……食事よりも、私は緊張していた。
……だって、ここは船の上、誰にも邪魔されない空間に二人きりなのだ。
……好きな人と、二人きり。
それも個室、しかも……夜。
体がこわばり、手にじわりと汗がかいてしまう。
「レイ、どうした?」
「あ、いえ……」
私たちは横に並んで座っている。
彼が、ぴったりくっついてくる。
いつもなら拒まない(拒むことは不敬に当たると思うから)私だけど、ちょっと……彼との間に、距離を空けてしまった。
「あ、あの……近いです」
「そうか? いつもこんな感じだろう?」
「そ、そうですけど……」
……またサトル様が近づいてくる。
駄目だ。なんだか、いつも以上に心臓がドキドキする。
「緊張してるのか?」
「は、はい……」
「そうかっ。……実を言うと、まあ、俺もなんだよ」
「サトル様も?」
サトル様が苦笑しながら、手を握ってくる。
い、いけない……汗でじっとり……って、あれ?
サトル様の手も、汗をかいていたのだ。
彼が自分で言っていたように、緊張なさってる様子。
「どうして……?」
「わからないのか?」
「はい……」
私は、お慕いしてる御方と一緒にいて、緊張してる。
……サトル様はどうなんだろう?
「俺は好きな娘と一緒に、夜二人きりで、密室にいることに、緊張してるんだよ」
「好きな娘……?」
「おまえ以外に、誰がいるんだ?」
拗ねたように、サトル様がおっしゃる。
そのちょっと子供っぽいところが、可愛いと、不敬にも思ってしまう。
……私のことが、好き。
本当に? 本心で? そう思っていらっしゃるのだろうか?
りさと姫の覚の異能が、使えたらなんて少し思ってしまう。
でも相手の心を無断で読むのは失礼に値する。
だから……たとえ使えたとしても、使わない。
鵺の模倣で、覚が使えるとしても……。
「レイ」
サトル様がずいっ、と近づいてくる。
とんっ、とふすまが背中に当たる。
サトル様が私に覆い被さる。……逃げ場が、無くなる。
「俺はおまえが好きだ。本当だぞ?」
「…………」
その言葉を、ストレートに受け止められたら、どれだけ良かったろう。
……でも、無能令嬢は、こう思ってしまうのだ。
……本当に、と。
だって私は無能の令嬢として、周りからズッと蔑まれてきた。罵られてきた。
極東に来て、確かに……私は色んなチカラを開花させ、周りからは褒めていただいてる。
でもそれだって……もしかしたら、周りが優しいから、サトル様が優しいから、褒めてもらってるだけかも……。
「レイ。余計なことを考えているな」
「え……?」
サトル様が私に顔を近づけてくる。
「……どうしたら、おまえは俺の言葉を、耳を塞がず聞いてくれるんだ?」
……サトル様が泣きそうなお顔をなさっている。
……ああ、駄目。本当に、私は駄目な子。
相手を不愉快にさせてしまってる。本当に……。
「レイ。俺は……もどかしいよ。俺はこんなにおまえを愛してるのに、おまえにそれが全く伝わっていない」
「…………すみません」
「謝るな。レイ、お願いだから……卑屈にならないでおくれよ。素直に……受け取ってくれ。受け入れてくれ、俺を……」
サトル様が顔を近づけてくる。
……どんどん、顔が近づいてくる。
口づけをしようとしてるのがわかった。
キス。夫婦なら、当たり前のようにする行為だ。
私は一条家に王命で嫁ぎにきた、花嫁。
彼と口づけをすることは、花嫁に課せられた義務のようなもの。
……しなくては、いけない。彼と。キスを。
……でも。本当に、していいのかな。
これをしたら、もう……戻れない。
無能の令嬢と、サトル様は……夫婦にならざるをえない。
こんな私を、本当に……彼は妻に迎えていいのだろうか。
……私は、どうだろう。
キスを、したい気持ちは、確かにある。だって私は……優しいサトル様が好きだから。
目を閉じて、身を委ねようとする。
……でも、いいの?
と、冷静な部分が私に問いかけてくる。
サトル様の優しさを利用していない……?
「レイ。何をそんな、ツラそうな顔をしてるんだ……?」
目を開けると、サトル様が……悲しそうなお顔をしていた。
「俺のことが嫌いか?」
「違います……! 嫌いでは無いんです!」
「じゃあ……どうして俺を拒むんだ?」
「拒む……。そうじゃ、なくて……。だって私は……私のような、価値のない人間と、サトル様のような素晴らしいお人が、結ばれていいものかって思ってしまって……」
「レイ……。どうしてそうも、卑屈になるんだよ! 俺は……こんなにおまえのことを愛してるのに……!」
ああ、怒らせてしまった。
ほら、私は愚図で無能な令嬢なんだ。
だから……やっぱり……。
と、そのときだった。
『レイちゃん! 外!』
……脳内に、【姉さん】の声がした。
「外……?」
『敵よ! 気をつけて!』
ドガンッ……! という音とともに、屋形船の屋根と壁が破壊される。
ぎゅんっ! と凄まじいスピードで何かがこちらに近づいてきた。
「レイ!」
サトル様が……私を抱きしめる。
ザシュッ……! という音。
「………………え?」
サトル様が私にのしかかって、ぐったり……と倒れ込む。
「え? え? ……え?」
サトル様の背中に、深い切り傷ができていた。
大量の血が流れ出る。
「え……? なに……どうして……?」
「あーあ、外しちゃったかぁ」
声のする方を見ると……そこには、一人の男が空中に立っていた。
いや、違う。
空の上じゃあない、水の、上だ。
水面からは水の柱が競り出ており、その上に……男が立っている。
……場所が、川ではなかった。
海……だった。
船は川を下るだけで、海には出ないと聞いていたのに……。
「船頭に化けてたのに、ついぞ気づかなかったなぁ。間抜けめ!」
「あ、なたは……だれ……?」
男はニヤリと笑う。
「おれは、白面さまのシモベ! 【海の大妖魔・水虎】!」
白面……。
どこかで聞いた。たしか、一条家と因縁のある相手とか……。
「白面さまの復活を邪魔する目障りな存在を抹殺しに来たのさ!」
抹殺……。殺す……。
!? そ、そうだ! サトル様!!!!!
彼は、ぐったりして、動けないでいる。
血が大量に出て……今にも……死んじゃう……。
「や、やだ……死なないで……サトル様……」
どうしよう……。どうすればいいんだ……。
何もできない……。
ほら、やっぱり私は何もできない。
ザシキワラシ?
饕餮?
鵺……?
色んな凄い異能を持っていても、結局使う人間が愚図だから、意味が無い。
宝の持ち腐れ。
私のような人間は、サトル様に……見初められる資格なんてないんだ……。
「れ、い……」
「! サトル様っ!!!!!」
死の間際、彼は……つぶやいた。
「あい……して……る……」
「…………!?」
自分が死ぬかも知れないという状況で、彼は……言ったのだ。
愛してるって……。
「これで……伝わる……かな。俺……おまえが……好き……だ。俺は……おまえ……あいして……」
サトル様は、死にかけてる。
嘘を、吐くような状況じゃあない。
そんな暇はない。
……死の間際で吐いた言葉だからこそ、そこには……真実味があった。
ああ……。
やっと、届いた。私の耳に。彼の言葉と、思いが。
好き、愛してる。何度も彼は言っててくれたのに。
私は……ほんとに……。
ここまでこないと、彼を信じられないなんて……。
「ぎゃはは! 一条悟死んだかぁ……! これで白面さまも復活し、お喜びになるだろうなぁ……!」
「……れ」
「あとはてめえを殺すだけだ! 死ねぇええええ!」
水虎が、腕を振る。
水の刃がこちらに飛んでくる。
私は……言う。
「黙れ」
ガォンッ! という音とともに、水の刃が消えた。
「な!? お、おれの水の刃が……かき消されただと!? 異能殺し!? いや、でもあれは触れないと発動しない能力じゃ……!?」
すると……私の隣に、1匹の……奇妙な形をした獣が現れる。
「な、なぁ!? ば、バカな!? と、饕餮……だとぉ!?」
何を水虎は驚いてるんだろう。
私は饕餮の転生型能力者なのだから。
驚くのはおかしい。
「【霊源解放】!? バカな!? 異能者になりたての女が、そんな高度な技を使えるわけがない!!!」
ああ、五月蠅い。
「黙って」
私の隣に出現した獣……饕餮が、空を駆ける。
「ひっ! く、来るなぁあああああああああああああ!」
水虎が刃をいくつも投げつける。
でも饕餮はそのすべてを喰らう。
大きく口を開け……そして、水虎を丸呑みにする。
「一条悟ですら……できない、霊源解放……を、使いこなすなんて……バケモノ……か……」
饕餮がごくんっ、と水虎を飲み込む。
あとにはただ、静寂が残るのみだった。
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