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36 夜半の隅田川 2

 そして、迎えた休日。

 一条家にて。


 ……私は、木綿ゆうさんからいただいた新しい着物に袖を通していた。


「朱乃のメイクもあわさって、もう極東でレイちゃん以上に綺麗な女の子無いんじゃあ無いかってレベルで、美人さんになったよー!」


「恐れ入ります、六反園ろくたんそのさま」


 朱乃あけのさんがメイク、木綿ゆうさんがお衣裳を担当してくださった。


 姿見に映る私は……いつぞや淺草あさくさデートしたときよりも、輝いているように思えた。


「今日は髪の毛をアップにして、うなじをだしてみました」

「ナイス! これなら悟もメロメロだねっ!」


 木綿ゆうさんたちがやりきった職人の顔で言う。

 長い髪の毛をまとめて、かんざしでとめている。


 ……お化粧、そして着てる服といい、なんだか別人になった気分だ。


「ああ……美しい……」「美……」「お嬢様って磨けば磨くほど光り輝くよねー」


 きゃっきゃ、と黒服女子チームがはしゃいでくださっている。

 もったいないお言葉だ。私ごときに、美しいだなんて……。


「てい」

「きゃっ!」


 木綿ゆうさんが私の背後に回り、背中をぐいっと手で押す。


「な、なにを……?」

「背中まるいのはダメダメ。せっかく綺麗に着飾ったんだから。もっと自信持って」


「で、でも」

「背筋!」

「はいっ!」


 よしっ、と木綿さんが満足げにうなずく。


「んじゃ、そろそろ行こっか」

「は、はいっ」


 時刻はそろそろ、日の入り。

 今日は一条家と六反園ろくたんその家とで、お食事会がある。


 隅田川という、淺草あさくさから自動車で行けばすぐの場所の川で、なんとクルージングするそうだ。


 お屋敷を出ると、玄関先に車が止まっていた。


「船着き場までは、アタシが運転しますね」


 いつも、運転は真紅郎さんがしてくれていた。

 今日サトル様と真紅郎さま、蒼次郎君の姿が見えない。


「悟は先に行ってまってるよ」

蒼次郎そうじろうたちは夜廻りに行っています」


 だから、見かけないんだ。

 私と木綿さんは後部座席に座る。


 朱乃あけのさんが運転席に座って、車を発車させた。

 夜の淺草あさくさの街を、自動車が走る。


 窓の向こうには淺草あさくさの賑やかな町並みが広がっている。

 夜だというのに、まだ皆さん出歩いていた。


「今日は休日だからねー。夜まで飲み明かすんでしょ」


 飲み屋には顔を赤くした街の人たちの、笑顔があった。


「夜は妖魔が出歩くとうかがったのですが、皆さん普通に出歩いてるのですね」

「うん。悟たち、一条の家のものたちが、夜廻りしてくれてるおかげだね」


 夜廻り。

 サトル様たちが毎夜行ってる、巡回のことどだ。


「特に、レイお嬢様が来てからは、夜廻りの効率がよくなってきており、大変助かっておると聞きます」


 と、朱乃あけのさん。

 効率が良くなってる……?


「どういうことですか?」

「レイお嬢様が異能制御能力を、我ら黒服に付与してくださったでしょう?」


 饕餮とうてつの異能殺しのチカラを、相手に付与することで、異能を制御できるようになるのだ。


「お嬢様のおかげで黒服たちの戦力は大幅アップしたのです。前は、悟さまが毎日出向かねばなりませんでしたが、今は黒服だけで対処できるケースが増えてきました」


「電気が発明される前は、夜が深くて、妖魔も活発化してて、守美すみさんや悟も大変そうにしてたしねー」


 ……そう、なんだ。

 毎日、夜遅くまで妖魔退治をするなんて……すごく、大変なお仕事。


 東都の民のために、身を粉にして働いてくださってるなんて……。

 ありがたいことだし、申し訳ない。


 サトル様たちが頑張ってる間、のんきに寝入っていて……。

 

「ああもう、レイちゃんまたすーぐ後ろ向きになるっ。もっと誇れい!」


 隣に座る木綿さんが、ぷにっ、と頬を横に引っ張る。


「レイちゃんのおかげで、夜廻り効率が増えて、こうして悟が休日を取れるようになったんだからさ! もっと誇ればいいとおもうよ!」


六反園ろくたんそのさまのおっしゃるとおりです。あなた様のおかげで、助かってる人たちが大勢いるのですから」


 ……お二人は、本当に、お優しい人たちだ。

 こんな役立たずの私のことを、頑張って褒めてくださるんだから。


「これまた根が深いや……っと、そろそろ着くっぽいね」


 自動車が1本の、大きな川の側に停車する。

 外に出ると、少し……肌寒かった。


「ここが、隅田川だよっ!」

「大きな川ですね……」


 真っ暗な闇の中に、一隻の船が浮かんでいた。

 小型船だ。


 それに……ランタン? のようなものを、船につけられてる。


「レイ」

「サトル様っ。お待たせして申し訳ないです」


 いそいそ、と私はサトル様のもとへ向かう。

 彼はいつも通りの和服に羽織り姿だ。


 サトル様が私を見て……ぴしっ、と固まる。

「どうなさったのですか?」

「…………」

「あの……?」


 サトル様がじっと私を見つめてる。

 私が呼びかけても反応が無い。


 木綿さんが苦笑して、サトル様の脇腹をつつく。


「はっ!」

「目ぇ覚めた?」

「ああ……天女かと思った。レイだったか……」


 サトル様もお優しいので、私のことを褒めてくださる。

 なんだか、申し訳ない。……けど、お世辞だとしても、うれしく思う私が居た。


 だって……好きな人に、褒めてもらえるのって、うれしいから。


「レイ。今日はまた、一段と美人だぞ」

「ありがとうございます。その……うれしいです」


 お世辞行ってもらったのだから、お礼をちゃんと言わないと。


「俺は……今日、生きて帰ることができるだろうか。隣にレイという、この世の誰にも負けないほど美しい女性と、二人きりで船に乗るんだから」


 ……え?

 二人きり……?


「はい船のってー」


 木綿さんが急いで、私の背中を押す。

 屋形船に乗り込む、私とサトル様。


「あとは木綿さんと佐吉さんですね」

「いや」

「え?」


 船が……勝手に動き出したのである。

 木綿さんと朱乃さんが、船着き場から笑顔で、こちらに手を振っている。


「「いってらっしゃーい♡」」

「え!? あ、あの! だ、ダブルデートではなかったのですかっ?」


 すると木綿さんがニヤニヤ笑いながら言う。

「ごめんそれ嘘」

「嘘!?」

「今日は悟と二人きりで、夜のデートを楽しんできてねー」

「ええっ。そ、そんな……!」


 船着き場がどんどんと遠くなっていく。

 夜。こんな、豪華な船に……二人きり……。

「今日はレイのために、船を貸し切ったのだ」

「そ、そんな……! お、恐れ多い……!」


「こんなふうにおまえが恐縮してしまうだろうって木綿がいってな。ダブルデートということにしたのだ。すまないな」


 た、確かにそうだけども……。

 木綿さん、言ってくださればいいのに……。

「とりあえず、食事にしようか、レイ」

「は、はひ……」


 どうしよう。心臓が、ドキドキして、止まらない。

 彼と二人きりで、夜を過ごすだなんて……。 

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