33 四月一日の当主 5
「鵺……どんな妖魔なのですか?」
サトル様はちょっと気まずそうに目をそらした。
どうしたんだろう……?
百春さまが言う。
「れいくん、鵺の能力者はね、一般的には【無能力者】って言われてるんだ」
「むのー……りょくしゃ?」
「うん。読んで字のごとく、能力者なのに、能力が無いんだ」
「!? そ、そんなこと……ありえるんですか……?」
この異能社会、極東において、誰もが異能力を持ち合わせてる。
そんな中、なんの能力も無い、能力者なんているんだ……。
「れ、レイよ! 案ずるな! おまえにはザシキワラシ、そして饕餮という二つの大妖魔の異能があるからなっ!」
サトル様が慌ててぎゅーっと抱きしめてくださる。
そこで……私はようやく、気づいた。
無能力者。皆が能力を持つ中、何の能力も持たない……。
それは、西の大陸での、私と同じ境遇だ。
向こうは魔法社会だった。
魔力の無い私は、差別の対象だった。とても、ツラい思いをした。
サトル様は、そのツラい状況を、思い出してしまうのではないかと、危惧なさってくれてるのだ。
……うれしい。
私のこと、心配してくださってる。なんてお優しい人なんだろう。
「過去【鵺の能力者】だったものは……君の想像通りの境遇だったときく」
やっぱり、イジメの対象だったんだ。
それはそうだ。
皆が持ってるものを、持たないのだから……。
「でも、無能力なんてあり得るのでしょうか? 体の中に妖魔はいるんですよね?」
「そう! そこが、極東1800年の謎と言われてるんだ。なぜ、鵺の能力者となったものに、異能が発現しないのか」
「そもそも、鵺ってどんな妖魔なんです?」
サトル様が言う。
「よくわからない、妖魔なのだ」
「わからない……?」
「文献によって、書いてあることが全て違うのだ」
全て違うとは、どういうことだろう……?
百春さまが言う。
「ある書物には、【虎の体、サルの頭、蛇の尾を持つ妖魔】と書いてあったり、【夜歩いていた、鳥の声が聞こえたとおもったら、鵺だった】とか書いてある。でもさとるくんが言うとおり、どれにも鵺の名前があれど、はっきりとした姿が描かれてないんだ」
百春さまが本棚から古い本を取り出す。
本の拍子には【武良妖魔図絵】と書いてある。
「これは【武良水木】っていう、妖魔画家が描いた絵を集めた図鑑だよ」
ぱらぱら、と百春さまがページをめくる。
鵺のページを開く。
……そこには、確かに虎の体の妖魔が描かれてる。
その隣には、説明書きが書かれていた。
~~~~~~
鵺
→無貌なる大妖魔。
~~~~~~
無貌……。
姿が、ないということ。
「世界初の、鵺の能力者は寄生型だった。でも、寄生型なのに、異形になっていなかった。そこから、鵺には異能がないって説が広まったんだ。以後、鵺を引いたものは、無能者だったり、外れものって呼ばれるね」
……無能者、か。
私にぴったりの能力に思えた。
「レイ、気に病むことはないぞ」
「そうだよ、れいくんには三つの妖魔がいるって時点で、特別なんだから」
一条家の皆さん、そして百春さまも、私に優しくしてくださる。
……でも、私は考えてしまった。
もし、私の中に、鵺しかいなかったら……?
皆さんは、私のこと、今みたいに優しくしてくれていただろうか……。
……駄目だ。
なんでこうも、考えがマイナス方向へ行ってしまうのだろう。
「饕餮とザシキワラシについては、有名な妖魔だからね。能力の詳細はわかってるよ」
~~~~~~
饕餮
→万象を喰らい、殺す
ザシキワラシ
→周りに最高の幸福をもたらす
~~~~~~
「レイの異能殺しは、饕餮。霊力10倍はザシキワラシが根源なのだな」
「そうだね。でもザシキワラシって、別に霊力を上げるだけが能力じゃあないみたいだよ」
「ほぅ……そうなのか」
「うん。あくまで霊力上昇は、【最高の幸運】の一つってこと。他にも良いことが起きると思うよ」
ふと……私は気になったことを尋ねる。
「あの、百春さま。能力は、それぞれ何型なんでしょう?」
すると百春さまが教えてくださる。
「ザシキワラシと饕餮については、転生型だね。つまり、君は二つの妖魔を前世に持ってるのさ」
「!? そ、そんなことって……あり得るのですか?」
「今まで聞いたこと無いね。記録にも残っていない……。だからこそ! 実に、面白い!」
百春さまがまた顔を近づけてきて……すすす、とちょっと下がる。
「だ、駄目だ……れいくん……美しすぎて……照れちゃう……」
「わかる。レイはまばゆすぎて直視できんよな」
お二人や家の人たちはお優しいから、私のこと綺麗って言ってくださる……。
「で、では鵺は……?」
「鵺は装備型だね。れいくん本人の体に宿ってる異能っていえばいいかな」
「? 装備型……ということは、霊廟があるはずですよね?」
霊廟。妖魔の入ってる、結晶体のことだ。
装備型能力者は生まれてきたとき、その手に霊廟を握っていると聞く。
「でも、私、霊廟もってないです。寄生型では?」
「いや、寄生型なら異形になってるはずなんだ」
「異能殺しが私にはあるから、異形になってないだけでは?」
「ないね。多分だけど、内に飼ってる異能に対しては、異能殺しは発動しないんだと思う。だってそれが本当なら、ザシキワラシの能力が発動するわけ無いだろう?」
なるほど……。
ザシキワラシと饕餮が、同時に発動できてる以上、鵺の能力が異能殺しで消えてるわけではない……か。
「でも、じゃあ霊廟がないのに、どうして鵺の能力者ってわかるんですか?」
「そこなんだよ。それもまた不思議でね、君の中に鵺の姿は見えるんだ」
眼鏡の宝具を身につけた、百春さまがそうおっしゃる。
「でも、寄生型ではない。だから凄く凄く、不思議なのさ」
鵺は、装備型。つまり霊廟があるはず。
でも、私は霊廟を持っていない。でも寄生型(体内に異能を宿してるタイプ)ではない。
……意味が、わからない。
「私って……もしかしてとんでもなく、異質な存在なのでしょうか?」
「違う違う! 君は特別中の特別ってことだよ!」
「そのとおり! レイは特別!」
お二人は、本当に優しい。
私に異質、異端といったら、私が傷つくと思って、特別と言い換えてくださってるのだろう。
……私は幸運だ。
優しい人たちに囲まれて生活できてるのだから。
だから、思い違いしてはいけない。
私は特別ではなく、異端なのだと。
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