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32 四月一日の当主 4


 百春さまは、ガバッと起き上がると、私の持ってる宝具に顔を近づける。


「れいくんっ。この宝具……ぼくに預けてくれないかいっ!」


 ……頂戴、ではなく、預けてくれない、か。

 

「何を言ってるのだ? これはレイが付喪神からいただいた宝具だぞ? 上げられるわけが……」

「はい、どうぞ」


 私は、眼鏡の宝具を、彼の手に載せる。


「いいのぉ!?」

「はい」

「やったぁ~~~~~~~! うっひょぉ~~~~~~~!」


 百春さまはその場でぴょんぴょんと飛び跳ねる。


「レイ、いいのか? あんなやつに貴重な宝具をあげて」

「はい、喜んで」


「……四月一日家の権力に怯える必要はないのだぞ?」


 いったいサトル様は何をおっしゃっているのだろうか……?


「極東五華族の権力が怖いから、あげたのではないのか?」


「違います。百春さまは、【この国の安全な未来】のために、研究をなさってるんですよね? そのお役に立てればいいかなと……」


 ぴたっ、と彼が立ち止まる。

 そして、こっちに近づいてきた。


「なんで……ぼくの、研究目標……分かるの……?」


 ……百春さまは……真面目な顔で聞いてくる。


「? あなたさまは、極東の皆さんのために、研究をなさってるのですよね?」

「う、うん……」


「「「「ええっ!?」」」」


 どうして、研究者の皆さん、そしてサトル様は驚いてるのだろう……?

 こんなの、よく考えなくてもわかることだと思う。


「ど、どうしてそう思うのだ、レイよ?」


「電気、ガス灯、自動車……。どれも、この国の大勢の人たちが、便利に、そして、安全に、暮らすために開発された道具のように、感じたのです」


 西の大陸では、魔法絶対主義だった。

 魔法の腕で、その人の社会的地位が決まる、そんな世界。


 日常生活においても、魔法は使われていた。


「向こうでは、魔法が使える人たちは便利な暮らしをし、逆に、使えない人たちは、不便を強いられていました。……私も、そうでした」


 私は、魔法が使えなかったから。

 いつも思っていた、水の魔法が使えたら、長い距離水を汲みにいかなくていいのにと。


 火の魔法が使えたら、寒い冬も凍えずにすむのにと。


「でも……こっちにきて、家電や自動車を見て、素晴らしい発明品だなって思いました。科学は……すごいな、やさしいなって……」


 だって、どの科学製品においても、使う人に、才能なんて求めてないのだから。

 スイッチ一つで灯りが付くし、ペダルを踏むだけで長い距離を一瞬で詰められる。


「私はこの素晴らしい科学技術の根底には、使う人たちへの思いやり……特に、か弱き人たちへの、気遣いが感じられたのですが……」



 皆さん、ぽかんとしてる……。 

 どうしたんだろう……?


 じっ、と百春さまが、こちらを見ている。


「れいくん……」

「え、あ、はい……なんでしょう?」


 彼は私の前で……跪いた。

 そして真剣な表情で、私を見て言う。


「ぼくと結婚を前提に、お付き合いしてください」


 ………………………………は?


「お、お付き合い……けっ、結婚……? そんな! 私……科学のことなんて何も知らないから……あなたさまの役に何も立てませんけど……?」


「いいんだ。貴女は、ただ……ぼくの側にいてくれれば、ぼくはそれ以上を望まない」


 そんな彼の言葉を聞いて……。


「あ、あのマッドサイエンティストが!? ガチ恋してる……だと!?」「研究以外に何の興味もないあの人が!?」


 とても……真剣なまなざしを、彼が私に向けてくる。

 ……どうして、私なんかと付き合いたいのだろう。


 しかも、私に何も求めないって……。


「駄目に決まってるだろうがっ!」


 サトル様は私を抱くと、百春さまからものすごい距離を取る。

 私の体が折れてしまうのでは……と思うくらい、強く……抱きしめてくださった……。


「レイは……! 俺のだ……!」

「まだ君ら婚約状態なんでしょ? つまり……まだ彼女が誰のモノかなんて、決まってない」


「俺のに決まってるだろう!? 絶対にレイは渡さなからなっ!」


 ふぎゅ……けほ……。


「あ、あの……サトル様……苦しい……」

「ああっ! す、すまないっ。レイぃい!」


 ぱっ、とサトル様が私を解放してくださった。

 痛みは……ない。ちょっとうれしい……。


「おまえを傷つけてしまった! すまない! 本当にすまないっ!」


 目に涙を浮かべながら、何度も、サトル様が頭を下げている。

 そ、そんな大げさな……。


「す、すげえ……あの一条悟が頭を下げてるっ」「一条家の当主を尻に敷いてる……だと!?」「極東五華族当主ふたりを、あそこまで惚れさせるなんて……!」


 サトル様は泣いてるし、四月一日さまからは、求婚されるし、どうしよう。


「さ、サトル様、大丈夫です。私は……大丈夫ですから。頭をどうかおあげください」

「……俺のそばを離れないでくれるか?」


「もちろん……きゃっ」

「レイっ! ありがとうっ!」


 またぎゅーっと抱きしめてくださる。

 ……さっきよりも、チカラは加減されてる……ように思えた。


 でも、彼のその強いハグからは、私への強い思いが伝わってきた。

 離さないって……。


 ここに、好意がのっているかはわからない。

 けど……サトル様にこんな風に、強く求めてもらえるのは……すごく、うれしい。


 願わくば、恋心が元になっているといいのだけど。


「あ、あの……そういうことなので、付き合うのはちょっと」

「そうか。では、そばにいてもいいかい?」


「そ、それなら」

「ありがとうっ、れいくんっ。ふふっ、これで対等だね、さとるくん?」

「なっ!? 何を言ってるおまえぇ……!?」


 サトル様がまた声を荒らげている。

 皆さんの前だと、大人びた表情をしていたのに、今はまるで……子供みたい。


「だって、れいくんがこっち来てまだそんなに時間経ってないんでしょ? ぼくもそうだし、同じ五華族だし、ほら、対等」


「どこがっ。いいか、レイと俺との間には、強固なつながりがあるんだからなっ!」


「ふぅん……もう接吻でもしたの?」


「なっ!? そ、そんなこと……できるかっ!」


 お二人、なんだか……仲良しだ。

 サトル様が、こんな風に、誰かとケンカしてるところ、初めてみた。

 

 サトル様の、ちょっと子供っぽいところ、私……見るの好きだったりする。

 も、もちろん本人には、そんな不敬なこと言えないけども……。


「くすっ……」


「はっ! れ、レイにこんなところ見られた……うぉほんっ! と、ところで百春ももはるっ。おまえ……レイの異能を調べるのはどうしたんだ?」


 そうだった。

 元々、ここには私の異能を調べるために来たんだった。


「れいくん、宝具を借りるね」

「はい、どうぞ」


 彼は眼鏡の宝具を身につけ、そして……百目の異能を発動させた。


「なるほど……わかった。れいくん、君には【現状】三つの異能がある」


 三つ……? 現状……?


「君の異能は、ザシキワラシ、饕餮とうてつ


 そして、と彼は、言う。


ぬえ……だよ」

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