山の神の悩み
山の神は、いつきに捕らえられていた。
寺の奥、ひっそりとした一室にて――。
「このお方が……山の神……?」
私たちの視線の先には、ちいさな生き物がうずくまっていた。
一見して、まるで動物の赤ん坊のように見える。
「……うり坊……?」
ひのわさんが、ぽつりと口にする。
そう、それは――猪の赤ちゃんだった。まあるい体に短い脚。目をこらして見ると、うっすらと縞模様がある。
しかしその愛らしい姿とは裏腹に、確かな威厳と気品をまとった声が、私たちの頭に響く。
「さよう。――我こそは、此の地を護りし山の神なり。
よくぞ訪れた、人の子らよ。まずは、礼を申しておこう」
「あ、ありがとうございます……」
私は思わずぺこりと頭を下げた。
いやしかし、本当に……このちっこいのが……山の神、なの……?
「あの……この可愛いウリ坊が……ほんとに?」
「うむ……そなたの訝しむも道理。
我は今、力の大半を奪われ、このような在り様となっておるのだ」
……なるほど。そういうことだったのか。
「力を……奪われた? どういうことでしょうか」
「レイよ。……聞き届けてはくれまいか。
我が声なき慟哭を、そなたの心に届けたいのだ」
「もちろんです」
神霊の声に、私はまっすぐうなずいた。
助けを求められたら、私は答えたい。それが、九頭竜家から託された使命でもあるし――何より。
困っている人を放っておけない。それが、私という人間なのだ。
「……あたしが“そなた”で、レイは名前呼びなんやね」
ひのわさんが、横でぼそりと呟く。すると山の神は、どこか微笑むように応えた。
「レイという名――神々の間にも響いておるぞ。
人の世で申せば……“あいどる”というのだったか。神すらも魅せられる者よ」
「え、私そんなに有名なんですかっ!?」
思わず背筋が伸びてしまった。私の知らないところで、そんなふうに思われていたなんて……。




