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18 初めてのデート 2



 一条家は淺草あさくさと呼ばれる繁華街にある。

 淺草あさくさの最も栄えてる場所へと、連れてきてくださった。


淺草寺せんそうじにつきましたよ」

「せんそーじ……?」

 

 真紅郎しんくろうさんが自動車を止めて、ドアを開けてくださる。

 サトル様が最初にでて、私に手を伸ばしてきた。


 ……その手を掴み、私は車から出る。


「わ……! すごいです……人が……こんなに……!」


 視界を埋め尽くすほどの人の群れが、目の前にはあった。

 台場の街も人が多かったけど、ここは……特に多い。


 あっちこっちで美味しいにおいのする出店が出ている。

 遠くで音楽がなっている。外で、音楽祭でもやってるのだろうか。


 土産物を売ってるお店もあるし、お洋服屋さんもある。

 ……そして、最も目に付くのは、赤くて大きな門。


【雷門】と書かれた提灯のぶら下がる、大きな門だ。

 皆、それの前に集まっている。


「ここが、淺草あさくさが誇る観光名所、淺草寺、そして、奥の店の並びは、最近【仲店】と呼ばれてる」

「す、すごいです……サトル様。どこかでお祭りでもやってるのですか?」


「ははっ。違う違う。いつもこうなのだ」

「!? 普段から……こんなに賑わっているのですねっ」


 西の大陸では、極東は妖魔うろつく魔境と呼ばれていた。

 妖魔を恐れ、人々が外にでれないのだと。


 でも……台場の街もそうだし、淺草あさくさも……とても賑わってる。

 とても、魔境とは思えない。


 やっぱり、噂って当てにならない。


真紅郎しんくろう、あとは俺とレイ、二人で回る」

「では、離れた場所で護衛しておりますね」


 サトル様がムスッ、としてる。

 ……拗ねていらっしゃる?


「……そうだな。何かあるかわからんからな。護衛はいるな」

「はい。おっしゃるとおりでございます。では……いってらっしゃいませ」


 真紅郎しんくろうさんが頭を下げる。

 私は頭を下げ「送ってくださり、ありがとうございました」と言う。


 真紅郎しんくろうさんは笑顔で手を振ってくださった。


「レイ。迷子にならぬよう、しっかり! 俺の手を握ってるんだぞ」


 迷子になって、サトル様に迷惑をかけてはいけない。


「承知しました」


 私は彼の手を、きゅっと握る。

 彼は普段以上に、強く、握りしめてきた。


 大きくて、逞しい……手だな。

 な、なにを見蕩れてるんだろう。


「……人混みはいいな。合法的に、レイと密着できるからなっ」

「え、何かおっしゃりましたか?」


「んんっ! なんでもない。いくぞ」

「はいっ」


 私は恐れ多くも、サトル様のお隣を歩かせていただいている。

 でも……ふと、違和感を覚えた。


「サトル様。ここは淺草あさくさ。一条家のお膝元ですよね」

「そうだぞ」


「なら……ご当主であるサトル様がここを歩いていたら、大騒ぎになるのではないですか……?」


 台場の街ですら、サトル様を知ってるかたが多かったのだ。

 お膝元の街となれば、もうトンデモナイことになるのは目に見えていた。


「案ずるな。俺は今、呪具を身につけてる」

「じゅぐ……? あ、見慣れない眼鏡をかけていらっしゃいますね」


「よく気づいたな。レイは目が良いな。顔も頭も良いがな」


 息をするかのように褒めてくるサトル様……。

 最近サトル様に褒められると、胸がぽかぽかしてくる……。


「呪具とは、特別な【まじない】が施された道具のことだ」

「まじない……ですか?」


「ああ。この眼鏡をかけると、相手からの認識を阻害するまじないが施されるのだ」


 サトル様じゃないと、他の人から見えるようになる、ということだろうか。


「便利な道具があるのですね」

「そうだな。ただ、呪具には回数制限があるのだ」


「なるほど……異能と違って、頻繁に使うわけにはいかないのですね」


「ああ。それと、まじないの強さで、呪具には等級が付けられていてな。最上位の呪具は、【宝具】という」


「ほうぐ、ですか」

「ああ。雨を降らす、嵐を巻き起こすといった、異能と同等か、それ以上の効果を引き出す呪具も存在する。が、とても希少なもので、市場では出回っていないがな」


 宝具は希少すぎて出回っていない……か。

 でもサトル様の呪具も、十分に、凄いアイテムではないだろうか……?


 一個いくら位するんだろうか……。


「まあ、この呪具のおかげで、俺はおまえとのデートに集中できる次第だ。これがないと、街のやつらが押し寄せてくるからなぁ」


 ……やっぱりサトル様は、人気者なんだ。

 当たり前だ。一条家の当主だし、かっこいいし、優しいし……。皆から好かれて、当然なんだ。


 ちくっ、と胸が痛んだ。

 ……恐れ多くも、私は、サトル様を……独占したいと思ってしまった。


 ああ、なんて……浅ましい。


 サトル様は、皆のサトル様なんだから……。私なんかが、独占していいわけないのに……。


「立ち止まると、危ないぞ。ほら、いくぞ」

「は、はい……」


 仲店のなかを、私たちは手をつないで歩く。

 周りを見渡すと、私たちと同じように、若い男女が仲睦まじく歩いていた。


 デート……してる。

 そう……私は、サトル様と……男の人とデートしてるんだ。


 こんな日が来るなんて思ってもみなかったな……。


「どうした?」

「あ、いえ……男の人とデートするの、初めてで、ちょっと緊張してて……」


 するとサトル様が、ぱぁーっと、明るい顔になる。


「そうかっ! つまり、俺はおまえの、初めてのデート相手ということだなっ!」


 いつになく、上機嫌なサトル様。


「は、はい……」

「そうか! 俺もだ! 女性とデートするのは、母様を除き、おまえが初めてだぞ!」


 ……そう、なんだ。

 そうなんだ……。

 へえ……。


 ……。

 …………駄目だ。顔が、にやけてしまいそうになった。


 サトル様の初めてをいただけたことが、うれしくて……。

 サトル様と、デートするような相手が、他に居なくて……。


 私はうれしいって、思ってしまったのだった。

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