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17 初めてのデート 1



 あくる日。

 私は大浴場に居た。


「あ、あの……体は自分で洗えます」


 私の周りには、黒服の皆さん(女子チーム)が大勢待機してる。


「いいえ、お嬢様は何もしなくてよいのです!」

「ええ! 我らがやりますので!」


 ……黒服さんたちに、異能力制御付与をしてから、態度がかなり変わった。

 皆こぞって、私の面倒を見たがるのである。


 自分でできるというのに、着替えさせてくださるし、髪の毛も手入れしてくださる。


 皆さん元々優しかったのに、最近は、特にいろんなことをやってくださる。


 なんだか、自分が高い身分の人間になったように思えるけど……でも、忘れてはいけないのだ。


 私は、底辺の人間だということを。


「ちょっとぉ! レイお嬢様の御髪を手入れするのはわたしよぉ!」

「いーや! あたしが髪の毛を1本1本、ていねーいに洗うんだから!」


 ぎゃあぎゃあ、と黒服さん達が誰が私の髪を洗うかで揉めていた。


「はいはい、騒がないの」


 彼女らをとりまとめるのは、百目鬼どうめき 朱乃あけのさん。

 朱乃さんの一声で、全員が大人しくなる。


「じゃ、お嬢様の髪はアタシが洗いますね~」

「「「抜け駆けずるぅううううううい!」」」


 ……その後、私は体の隅々まで綺麗にしていただいた。

 風呂から上がった後も、長い時間をかけて髪の毛をとかし、お化粧までしてくださる。


「あ、あの……ここまでする必要、あるのでしょうか?」


 お化粧担当の黒服さんの隣にいる、朱乃あけのさんが言う。


「そりゃもちろん、あるでしょう。なにせ……」


 くわっ、と朱乃あけのさんが目を見開く。


「悟様とお嬢様の、初めてのデートなのですからっ!」


 遡ること、昨晩。

 夕餉を供にしてる際、サトル様がこうおっしゃったのだ。


『明日の昼、出かけるぞ』

『お出かけ……ですか? いってらっしゃいませ』


 サトル様は極東を守護する軍人様である。


 メインは、夜廻(夜の妖魔を討伐する仕事)らしいけど、他にも軍人としての仕事があるそうだ。


 仕事に行くのだろうと、そう思っていたのだが。


『違う……その、淺草あさくさに、ふ、二人で出かけるぞ』

『二人で、出かける……?』

『ああ、おまえ、まだ街を見たことなかったろう? その、俺が案内する』


 すると隣でご飯を食べていた蒼次郎君が、立ち上がって叫んだ。


『デートだぁああああああ!』


 と。

 ……回想終わり。


「デートですよ。ここで気合いを入れずにいつ入れるのですか!」


 女子チームがうなずきまくってる。


「あの……でも、これはちょっとやりすぎじゃあ……」


 鏡に映るのは、私……のはずなのだけど、別人と言って良いレベルだった。

 藍色のそれはもう美しい和服、髪の毛もなんだか艶々してて、少し光ってるように見える。


 肌も、薬草風呂に浸かった後、念入りにオイルマッサージされた結果、ゆで卵のようにつるつるだ。


 けれど、お化粧は薄化粧に留めてある。


「お嬢様はお化粧なんてしなくても、きれいですからね。最低限の薄化粧で、十分」

「「「「そのとおり! そのままで、おきれいです!」」」」


 またいつもの、ネガティブな思考が湧き上がってくる。

 皆さんが時間をかけて、私を綺麗にしようとしてくれた。


 皆さんのお化粧や手入れの腕がいいからこそ、素材わたしが駄目なのが悔やまれる。


「お嬢様美しい……」「美……」「悟様と並んだら大変なことになるわ!」「きっと綺麗すぎて失神するもの続出ねっ!」


 皆さんお優しい。

 こんなのに綺麗って言ってくださるのだから。


「さ、お嬢様。そろそろ、参りましょう」


 朱乃あけのさんがニコニコしながら、私に言う。


「あ、はい。お待たせしてはいけないですものね」


 私たちは女湯を出て、玄関へと向かう。

 黒服女子チームが、ぞろぞろと後ろから付いてきてくださる。


「あ、あの……着いてこなくてもよろしいのですよ?」

「「「お気になさらず! 美男美女カップルが見たいだけですのでっ!」」」


 私たち以外にも、このお屋敷にカップルがいらっしゃるのだろうか?


「駄目ですよ、お嬢様。もっと自信持って」


 朱乃さんが背後に回って、ぐいっ、と背中を押す。


「背筋はピンと! 悟様も、多分その方が好みかと」

「は、はい……わかりました」


 正直自分の容姿に、自信がない。だから、背筋を伸ばすのなんて、できない。

 ……でも、サトル様をよくご存知の、朱乃あけのさんがそうおっしゃるなら……。


 私は背筋を伸ばし、しずしず、と廊下を歩く。


「おお、やっと来たかっ! 待ち侘びたぞ!」


 玄関では、すでに支度を調えたサトル様がいらっしゃった。

 彼は和服を着ており、白い羽織をまとっていた。


 改めて、彼はとても美しいお人だと思った。

 ……美の化身と言っても遜色ないくらいの、そんな御仁と並び立つのが、こんなので申し訳ないくらいだ……。


「お待たせ悟様~」

「お、お待たせして……大変申し訳ございません……」


 ……。

 …………。

 ………………あれ?


「サトル様……?」


 彼は……片手で自分のお顔を覆っていらした……。


「どうなさったのですか?」

「俺は……どうやら天女を嫁にしたようだ……」


「て、天女……?」

「美しい女神のことだ」


「め、女神って……美しいって……そんな……」

「大げさじゃあない。なぁ、おまえたちっ?」


 サトル様が黒服さんたちに尋ねる。


「そうですよ!」「レイお嬢様まじ天女!」「この極東にレイお嬢様以上の美しいおかたはおりません!」


 み、皆さん……なんてお優しいのでしょう……。


「ほらな、レイ。俺だけの意見ではないのだ」

「あ、ありがとうございます……」


 サトル様含めて、みんな……優しい……。

 私にこんな温かいお言葉をかけてくださるから……。


「おまえ……自覚なさすぎだろ」

「え?」


「ほら!」

 

 サトル様は、私の手を掴む。

 そして、ご自分のむ、胸に……私の手を当てた。


 ドッドッドッド……。

 心臓が、早鐘のように鳴ってるのが、わかる。


「俺の心臓はさっきから、ドキドキしっぱなしだ。なぜかわかるな?」

「街中で妖魔に襲われないか不安……ということで……」

「レ・イ? そろそろ……キレるぞ?」


 本気で不機嫌そうなサトル様。

 ああ、本当に私は駄目な娘……。


「お嬢様。悟様は、レイお嬢様のお美しい姿に、ドキドキしてるのですよ」


 朱乃あけのさんがニコニコしながら、私の肩を優しく掴んで言う。


「わ、私を見て……ですか?」

「そう! ほら、悟様が顔真っ赤にしてるでしょう?」


 た、確かに……。


「幼い頃から美人が近くに居て、言い寄られまくった結果、女子への耐性が極東一の悟様を、照れさせることができるのは、この世界でただ一人、レイお嬢様しかおりません」


 ……ほ、本当だろうか。

 朱乃あけのさんも優しいから。


 でも、そう言って逃げるのは、良くない気がした。

 ……黒服さんたち、そして、サトル様も……おっしゃってる。


 その言葉を……ちょっとだけ、信じてみても……いいのかもしれない。


「では行くぞ、レイ」


 すっ、と彼が手を差し伸べてくる。

 私はその手を、掴んだ。……温かい手だ。


 最近、私は欲が出てきている。ずっとこの手を握っていたい。

 サトル様に触れるだけでは、物足りなくなってきてるのだ。


「じゃ、いってらっしゃい、お二人さん! デート楽しんできてくださいねー!」


 朱乃あけのさんと黒服さんたちが、私たちを笑顔で送り出してくださったのだった。

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