12 レイの真価 1
私には大きなお部屋が与えられた。
自由に使って良いそうだ。
今はふかふかのお布団くらいしかない、殺風景で、それでもとても広い和室。
「はぁ……」
「どうしました?」
護衛の朱乃さんが、私に向かって尋ねる。
障子の向こうに、朱乃さんの姿が見えた。
「なんだか、現実感がなくって……」
妹の代わりに極東へ嫁ぎ、サトル様と出会い、こんな大きなお屋敷で暮らせるようになった。
今まで居た環境とは、違いすぎて、なんだか現実感がないのである。
寝て起きたら、またあの冷たい家にいるのではないかと……。
「寝付きが悪いのでしたら、なにか、温かい飲み物でも……」
そのときだった。
「伏せて!」
ズドンッ……!
これは……銃声?
「ぐっ!」
「朱乃さん!?」
障子を開けて……絶句する。
朱乃さんが……右肩から血を流していた。
「え、なにが……」
「お嬢様! 外に出てはなりません! 夜襲です!」
「え……やしゅ……え?」
朱乃さんが私をつれて、部屋の中に入る。
「蒼次郎! 丑寅の方角!」
「わかったよ! ねえちゃんっ!」
庭にいた蒼次郎君が、ものすごい勢いで、外に出て行く。
夜襲……つまり、誰かが襲ってきたのだ。
蒼次郎君はその襲撃者を倒しに行った……。
「あ……」
どろり……と。
私の手には、赤黒い血がついていた。
「朱乃さん!」
「お嬢様……おけがは……ないですか……?」
仰向けに寝ている朱乃さんが、弱々しく尋ねてくる。
あ、ああ……。
「ど、どうしよう……け、ケガ……ち、血が……」
「これくらい、たいしたことない……ですよ。【鬼】の回復力を、舐めないでください」
「鬼……」
「はい、アタシの異能は……【酒呑童子】。炎の鬼の力が……ぐっ、あああ!」
朱乃さんが叫び声を上げる。
その拍子に……。
はらり、と。
彼女の顔を覆っていた、布面が落ちる。
……そこに居たのは、赤鬼だ。
真っ赤な肌に、犬のように獰猛な犬歯。
縦に割れた瞳孔。
「怖い……でしょう。あたしたち……【寄生型】能力者は……このような異形の姿を……して、がはっ!」
「朱乃さん! しっかりして!」
私は彼女の肩を抱く。
血が……やだ、止まらない……!
「駄目です……どうやら強い死の呪いを盛り込んだ弾丸で、狙撃されたようです。よっぽど……一条家が力を持つことが、目障りだったんでしょう」
「しゃべらないでっ! ああ、どうしよう……」
朱乃さん。
私に優しくしてくれた、お姉さん。
しんじゃう……死んじゃうよおぉ……。
「泣かないで……お嬢様。アタシ……うれしいんです。サトル様の、大事な人のために……死ねるから……」
「死ぬなんて……やだ! いやです! 死なないで! お願い!」
この方が死んだら、サトル様も、蒼次郎くんも、黒服の皆さんも……。
それに、私も……悲しい。
「こんな……赤鬼のために……泣いてくれるのですか……?」
「貴女は! バケモノじゃあないです! あなたは…… 私の……大事な人です!」
私は、目を閉じて、そして彼女の額に自分の額をくっつけた。
偉大なる神、ノアール様。
どうか……この御方を助けて……。
そのときだった。
かっ……! と。
何か強い光を感じたのだ。
目を開けると……。
私たちの周りを、強い光が包み込んでいたのだ。
なに……これ?
「温かい……光……あれ!?」
朱乃さんがパチッ、と目を開けたのだ。
そして……私は見た。
「あ、朱乃さん!? あなた……体が……」
「体……。え? 嘘……これって……」
光が、収まる。
むくりと朱乃さんが起き上がった。
そこに居たのは……普通の人間だった。
さっきまでの朱乃さんは、肌の赤い、角の生えた……鬼だった。
でも、今は違う。
目の前にいるのは、私たちと同じ、人間の姿をしてる朱乃さん。
白雪のように美しい肌。
野犬のように伸びていた犬歯は、元のサイズに。
頭から生えていた角も消えている。
赤みが掛かった黒髪の、それはもう、美しい……人間の女性がいたのだ。
「異能が……制御できる!」
「せいぎょ……?」
「はいっ! アタシたちが異形の姿をしていたのは、うちに秘めた妖魔の力が強すぎて、制御できないからだったんです!」
アタシ達……ってことは、他の黒服さんたちも、みんな朱乃さんみたいに、異形の姿をしてたのだろう。
だから、蒼次郎君含めて、みんな顔を隠し、肌を……隠していたんだ。
「異能者は、全員が全員、自分の力を完全にコントロールできる訳じゃあないんです! でも、今! アタシは完全に力をコントロールできてる!」
しゅうう……と。
傷口から湯気が出る。
「酒呑童子の熱で、弾丸を溶かしました。それと、鬼の再生能力でケガも元通りです!」
う、ううっ、ううううううう。
「お、お嬢様!?」
「良かった……良かったよぉ……」
ひぐっ、ぐす……。朱乃さんが、無事で……ううう、良かった……。
「お嬢様……ありがとうございます」
きゅっ、と朱乃さんが私を抱きしめてくれる。
「あなたのおかげで、助かりました。あなたは、命の恩人です」
朱乃さんを、助けることができた。誰かの、お役に……立てた。
「それにしても、お嬢様、素晴らしいお力です。まさか、異能をただ打ち消すのではなく、【異能の力を弱め、コントロールできるようにする】だなんて……」
……正直、朱乃さんが赤鬼みたいな見た目だったとか、外見が変わったこととか、異能を弱めるとか。
そういうの、全部……どうでもよかった。
朱乃さんが、無事。ただ、それだけが……うれしかった。
「お嬢様は、我ら【寄生型】能力者の、救世主となる御方となるでしょう」
「ぐす……どういうことですか……?」
「アタシら黒服含め、一部の能力者は妖魔の力を抑えきれず異形となっています。でも……お嬢様がいれば、みな、元の人間の姿に戻れる。これは……すごいことなんですよ? って、お嬢様!?」
私は、朱乃さんの言葉を聞いてる途中で、意識を失った。
彼女が生きていたことで、ほっとしてしまったんだろう。
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