五十嵐の当主 1
数日後、一条家の家の前にて。
今日より、信濃へ旅立つことになっている。
五十嵐家の当主、五十嵐ひのわ様が、自動車を回してくれることになっていた、のだけど……。
「ひのわが……こないな」
「来ませんね」
朝8時に、うちに車を回してくる、とうかがっていたのに……。
もう、1時間も遅刻してるのだ。
「約束をすっぽかしたか……?」
「まさか! 王命ですよ? 五華族の当主が、そんなことするわけないですよ」
「そう、だよなぁ……ううむ……まさか」
サトル様には、なにか思い当たる節があるみたいだった。
「坊ちゃん! 一条の坊ちゃん!」
そのとき、一人の男の人が、慌ててこちらにかけてきたのだ。
「おお、団子屋の。どうした?」
団子屋の亭主さんらしい人が、サトル様に話しかけてきたのである。
「た、大変なんだ! 今……店先で、ヤバい人が暴れ回っててよぉ!」
ヤバい人が暴れ回ってる……?
異能犯罪者のことだろうか?
「わかった。すぐ行く」
サトル様は、淺草の人たちからとても信頼されている。
だから、こうして何かトラブルがあったときは、彼に依頼が来るのだ。
「レイ。ちょっと行ってくる」
「私もついていきます」
一人でボウッとしてるより、私は一条家の花嫁としての責務を果たしたい。
異能犯罪者が暴れてるとなれば、けが人がいるかもしれないから。
「ありがとう。では、参ろう」
団子屋の亭主とともに、私たちは淺草、仲店のほうへと向かう。
大勢の人たちで、人だかりができていた。
「やめてぇ……! やめてくれぇえええ……!」
男の悲鳴が聞こえる。
私たちは、人混みをかき分けて、現場へと到着した……。
「なに……これ……?」
目の前には……二人の、男性がいた。
一人の男が、もう一人の男の胸ぐらをつかんでいる。
「おねがいします……もう……やめてください……」
胸ぐら捕まれてる男が、涙を流してる。
顔面は……風船のように、腫れ上がっていた。
どうやら、かなり強い力で、ボコボコにされたのだと思われる。
……で、そんな風に暴力を振るっているのは……。
ひとりの、美青年だ。年齢は、十代後半くらいだろうか。
背は、高い。髪の毛は真っ黒だ。
短髪、しかし、色白で、目も大きく、パッとみると女性に見えなくもない。
黒いコートに、黒いブーツ、そして黒い手袋を身につけている。
胸ぐらをつかんで、相手を見下ろすその瞳は……酷く、冷たい。
まるで、路傍の石でも見てるかのようだ。
「金は払う! 払うから……がっ!」
黒コートの男性は、男を問答無用で殴りつける。
何度も、何度も、何度も……。
「やめてください!」
見てられなくって、私は思わず声を張り上げた。
だが、黒コートの人は止めようとしない。
「ひのわ!」
……ピタッ、と黒コートの男が動きを止める。
「……悟」
ひのわ、とサトル様はおっしゃった。
つまり……この黒コートの男性が、五十嵐ひのわ様……?
……こぶしからは、血がしたたり落ちている。
それくらい強い力で、相手を何度も殴りつけたの?
……私は、殴られてるかたのほうへと近寄る。
ひのわ様は男を離していた。
「大丈夫ですかっ?」
私はすぐに呪禁で、男性の怪我を治す。
「ああ、ありがとう……」
怪我は幸い、すぐに治すことができた。
でも……。
「なんで、暴力なんて振るうんですか? 五華族の、当主さまがっ?」
じろり、とひのわ様が私をにらみつける。
「……そこの屑は、異能を使って、無銭飲食を行ったのだ。そいつは異能犯罪者だ」
「だからって……暴力をふるう必要がありますか? 捕まえて、それでお仕舞いでしょう?」
ふるふる、とひのわ様が首を横に振る。
「……痛みを与えねば、必ずこの屑はまた同じ異能犯罪を犯す。だから、おしえねばならぬのだ。異能を犯罪に使うと、酷い目に遭う……とな」
「…………」
言いたいことは、わかる。でも……。
「やっぱり、暴力は良くないです。相手は人間なのですよ?」
「……相手はただの人間じゃあない。異能犯罪者だ。人を傷つける力を持つ、獣と同じ存在だ」
「この人は、過ちを犯した人です。獣ではありません」
「…………」
ひのわ様は苛立ちげに舌打ちをする。
「ひのわ。それくらいにしろ」
「……悟」
はぁ……とサトル様がため息をついた。
「おまえは、相変わらずだな」
「…………」
「とりあえず、交番に連れて行くぞ。それから、すぐに信濃へ向かう」
「…………」
「返事……あ、こら」
ひのわ様は男性の腕をひねりあげ、立たせると、交番へと連れて行く。
サトル様は大きくため息をつく。
「サトル様、さっきの人って……」
「ああ、五十嵐家の当主、五十嵐ひのわだ」
やっぱり……。
「昔はあんな感じじゃあなかったんだがな。ある時期から、凶暴な性格になってしまって」
「…………」
ひのわ様……。
もっと親しみやすい御方だと思っていたんだけど、怖い……お人なのだろうか。
……でも。
確かに、暴力は良くない。でも、犯罪者から一般人を守ろうとはしていた。
完全に、悪い人ではない……ように思える。どうなんだろう。わからない……。
「レイ。大丈夫だ。俺が着いている。ひのわが何かしてきても、俺が君を守るよ」




