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68話

2021年、今年もよろしくお願いします( ̄д ̄)ノ



 草原の周囲が、突如として業火に包まれる。すべてを消し炭と化す灼熱の炎は、青々と茂っていた草のカーペットを焼き尽くし、土肌を晒していた。



 ヴァルヴァロスが本気で放った【灼熱の煉獄炎】は、秋雨はおろかそこにあるすべてのものを焼き払い、後に残ったのは焦げた大地のみである。



 自らに屈辱を与えた存在に罰を与え、雪辱を果たしたことにヴァルヴァロスは満足気な表情を浮かべる。



 今もなお痛みの残る股間を庇いつつ、その顔を醜悪なほどに歪め腹の底から笑い声を上げる。ひとしきり笑い終わったあと、ヴァルヴァロスが消し炭となった相手に侮蔑の言葉を口にする。



「愚かな人間め。この俺にこれほどの屈辱を与えてただで済むわけがない。その罪、万死に値する。だが、俺は寛大な男だ。今回受けた屈辱、これで手打ちとしてやろう。有難く思うことだな、低俗な人間の小僧」



 自ら手に掛けた相手をこき下ろし、再び高らかな笑い声が草原に響き渡る中、ヴァルヴァロスに声を掛けてくる存在がいた。



「そうか……であれば、この俺に魔法を放ったことに対する罪は、無量大数死に値するなぁー」


「ば、馬鹿な……あり得ん」



 ヴァルヴァロスは、そこにいるはずのない存在に対し、驚愕の声を上げる。たった今葬ったはずの相手がそこにいるという事実に目を見開き、ただ呆然と目の前の少年を見据える。



 ちなみに秋雨の言った“無量大数”という単位は、命数法と呼ばれる数を名付ける時の法の中で表せる最大数値の呼び方である。



 ヴァルヴァロスが狼狽えている最中、一歩また一歩と秋雨は歩を進める。その度に、ヴァルヴァロスは秋雨が進めた歩と同じ歩数後ろへと下がっていく。



「何故だ!? あれだけの攻撃魔法を食らって何故死んでないんだ!?」



 半狂乱になった状態で投げかけたヴァルヴァロスの問いに、秋雨は律義に答えた。



「お前の攻撃を避けたからに決まってるだろ? 馬鹿なの、死ぬの?」


「あり得ん! 絶対回避不可能な状態から放った俺の最大攻撃魔法だぞ!?」


「はあ、あのさぁー。そんなことはぶっちゃけもうどうでもいいんだよ。大事なのはただ一つ……ふん」


「げぶらっ」



 下らない問答に飽きた秋雨は、ヴァルヴァロスとの距離を一気に詰め、その拳を鳩尾に叩き込む。秋雨の拳がめり込み、ばきぼきと骨が砕ける音と感触が伝わってくる。



 その破壊力は凄まじく、先ほどまでとはいかないまでも、ヴァルヴァロスの体をいとも簡単に宙へと吹き飛ばしてしまう。



 秋雨の手加減なしの攻撃をしばらく受け続けたヴァルヴァロスは、もはやグロッキーとなり、まともに戦うことはできない状態へと追い込まれる。



 そして、最後の止めを刺すというところで、思い出したように秋雨が口にする。



「ああ、そうだ。最後にお前の攻撃を避けた方法を言ってなかったから冥土の土産に教えてやるよ」


「う、うぅ……」



 もはやうめき声しか出す事のできないヴァルヴァロスに対し、秋雨はまるで世間話でもするかのように軽い口調で言い放った。



「時空魔法さ」


「っ!?」



 そう、秋雨はヴァルヴァロスの【灼熱の煉獄炎】を食らう直前、転移魔法を使い安全地帯まで回避した。そして、もう一度転移魔法でヴァルヴァロスの背後に移動し、彼の間抜けに笑う姿を後ろから見ていたのだ。



 秋雨の言葉に、これ以上ないほどヴァルヴァロスは目を見開く。いくら魔法に秀でた魔族といえども、すべての魔法を自在に操ることはできない。高位の魔法ともなれば、それ相応の努力と才能が必要なのは魔族もまた同じなのだ。



 特に魔族の性質と相反する光魔法や空間を操る時空魔法、個人の資質に左右される無属性に属する魔法などは、魔族でも限られた者しか習得することができないものとされている。



 それを、あろうことか魔族よりも魔法との親和性の低い人間である秋雨が、使うことができると宣ったのだ。“魔族こそこの世界で最も優れた種族である”と思っているヴァルヴァロスからすれば、心中穏やかではいられなかった。



「……けるな」


「なんだ?」


「ふざけるなあああああああ!!」



 秋雨の言葉に、とうとう我慢の限界を超えたヴァルヴァロスの声が轟き渡る。自身が死の淵に立たされていることなど忘れてしまったかのように、秋雨の先ほどの言葉を否定するかのようにまくし立てる。



「魔法との親和性など皆無の人間ごときに、魔族よりも種族として劣る人間ごときに、時空魔法が使えるわけがない!!」


「なら見せよう。ほら。ほーら」


「嘘だああああ! そんなものはまやかしだあああああ!!」



 自分の言葉が真実であることを証明すべく、秋雨はヴァルヴァロスの前で時空魔法を使って転移を繰り返す。ヴァルヴァロスにとっては、悪い夢でも見ているかのような出来事に思わず自身の目玉を抉り取りたいという衝動に駆られるほどだ。



 しばらく、転移を繰り返した秋雨だったが、もはやただ言葉なく俯くヴァルヴァロスに対しなんの興味もなくなった様子で、今度こそ止めを刺そうとしたその時、突如として地に伏していたヴァルヴァロスの姿が消え失せた。



「……はあ、どうして悪役ってのは、こうも悪運がいいのかね?」


「それは、悪役がいなくなったら物語が進まなくなるからじゃないかしら」



 そこにいたのは、先ほどまでヴァルヴァロスと行動を共にしていた上位魔将のマリアナだった。



 片手に瀕死状態のヴァルヴァロスを担ぎながら宙に浮いているが、その瞳は隙を見せることなく秋雨を射抜いている。



「まさか、彼がここまで追い込まれるなんてね。坊やのことを少し見誤っていたわ」


「そんなことよりも、提案があるんだが聞く気はあるか?」


「なにかしら?」



 秋雨もマリアナを見据えお互い相手を窺う中、彼は彼女に提案を持ちかけた。



「俺もあんたも、今戦うのは得策じゃない。あんたがヴァルヴァロスを優先して庇ったのは、そいつに死なれたら困るからだろう?」


「……」



 秋雨の鋭い指摘に、マリアナは沈黙に徹した。だがそれは、秋雨の推測が是であるが故の沈黙であるということを彼も彼女も理解していた。



 だからこそ、秋雨はマリアナとの交渉のイニシアチブを取ることができると判断し、彼女に淡々と説明する。



「“今の”あんたなら、俺を訳なく殺せる。だが、それは誰かを庇っていない時という限定条件付きの場合だ。今の俺でも、死を覚悟してならヴァルヴァロスを殺すことは訳なくできる。そこでだ。ここはお互い戦わずに一度引くっていうのはどうだ?」


「……どういうことかしら?」



 秋雨の言葉を一つ一つ精査しつつ、マリアナは彼の言葉の続きを待つ。



「簡単な話だ。“今の”俺じゃあ、あんたには勝てない。そして、今のあんたじゃあ、ヴァルヴァロスを守り切れない。なら、お互い了承して戦わずに引けばいい。そうすりゃあ、俺は“今の”あんたと戦わずに済むし、あんたはヴァルヴァロスを生きて連れ帰ることができる。お互いにメリットがある話だろう?」


「……そうね、そうするしかないようね」



 仮にここで二人がぶつかれば、お互いに損害が出てしまう。そのことを瞬時に悟ったマリアナは、秋雨の提案に乗ることにしたのだが、ここで彼の言葉に引っかかりを覚えたため、問い掛けてみることにした。



「ねぇ、ちょっといいかしら?」


「なんだ」


「さっき坊や言ったわよね? 今のわたしなら坊やを訳なく殺せるって」


「それがどうした?」


「それってまるで、今じゃなく時間を掛ければわたしを殺せるって聞こえるんだけど?」


「……」



 今度は秋雨がマリアナの問いに沈黙で答えた。それは先ほどマリアナが秋雨に取った行為であり、それは彼の問いに対し是であるということを意味していた。それ故、今回の秋雨の沈黙もまた是であるということなのだ。



 そのことに思い至ったマリアナは、目の前の不遜な態度を取る秋雨に向かって嘲笑とも取れる笑い声を上げた。



「面白い坊やね、この上位魔将であるわたしに向かってそう言い切るなんて」


「俺は何も言ってないぞ?」


「そうね、何も言ってなかったわね。……わたしの名前は、マリアナ。坊や名前を教えてちょうだい」


「……教える義務はない」


「うーん、いけずねぇ。まあいいわ。今後の楽しみも一つ増えたことだし、今回はこれで引いてあげる。それじゃあ坊や、また会いましょう」



 マリアナが秋雨に別れの言葉を言うと、彼女の周囲が歪んでいきその歪みの中に彼女が消えていった。



「ふう、まさか戻ってきやがるとはな……今回は見逃してもらったが、次会った時は見逃してはくれんだろう」



 自分がいかに命懸けのことをしていたのか、それを自覚すると同時に顔から冷や汗が流れてきた。そして、最後に秋雨らしい一言を呟くと街へと戻っていった。その一言とは……。



「それにしても、あのマリアナって女魔族……いいおっぱいだったな。俺の予想では、ケーラさんといい勝負ってとこだな」



 先ほどまでのシリアスがなかったかのような一言に、すべてが台無しであった。

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― 新着の感想 ―
[一言] そこはやられてふりして撤収するところじゃ? 行動が他の主人公と変わらなくなってる気がする。
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