44話
「ここが、今飛ぶ鳥を落とす勢いの商会【シャレーヌ商会】か……」
などと少し斜に構えた言い方をする秋雨だったが、実際のところ彼の言った事は間違っていない。
このグリムファームという都市において、三大商会と呼ばれる商会が存在する。
一つ目が主に食品を取り扱う【ムシャムール商会】、二つ目が服飾系商品を取り扱う【シャッツコート商会】、最後が武具系商品を取り扱う【ウェポノス商会】である。
長年に渡ってグリムファームの物流を担ってきた大手の商会であったが、ここ数年突如として業績を上げ始めた商会が現れた。
お察しの通りであるが、それが【シャレーヌ商会】であり、今回秋雨が素材の買い取りを依頼するためにやって来た場所でもあった。
だが、今回の秋雨の行動はかなりリスクの大きなものとなる。それは他ならぬ彼自身がよく分かっていた。
異世界に転移あるいは転生したときに、冒してはならない行動の一つとして【大商人に会ってはいけない】がある。
今回の【シャレーヌ商会】の代表である会頭は、間違いなく大商人であり、かなりのやり手であることはここ数年の商会の成長度合いから見てもなんとなくではあるが窺える。
そんな人間を相手にして、もし敵に回るようなことがあれば、最悪の場合この街から出て行かなければならないということにもなり兼ねない。
だからこそ、今回の秋雨の行動は普段の彼の行いとは全く真逆のものであるため、かなりの危険を孕んでいた。
「なかなかだな」
店内は異世界らしく全て木造で、広さは冒険者ギルドの半分ほどの広さだ。
両方の壁際に設置された商品棚には、様々な商品が所狭しと陳列され、見た目からしてとても見栄えがいい。
【シャレーヌ商会】の主に取り扱う商品というのは、三大商会とは異なり食品・服飾・武具はもちろんの事、果てはモンスターの素材や薬草なども取り扱っている。
良く言えば手広い商売、悪く言えばどっちつかずな商売とも言えるが、今の秋雨からすれば都合がよかった。
「いらっしゃいませ、本日は何をお求めでしょうか?」
「うん?」
そんなことを考えていると、店員が秋雨に声を掛けてくる。
貴族のようにとはいかないまでも、それなりに仕立てのいい服に身を包んでおり、鍔のないいかにも商人が被っていそうな帽子を頭に乗せた三十代くらいの男だった。
「この商会の責任者に会いたいんだが?」
「……事前にお会いになるお約束はされていますでしょうか?」
「していないが、こう伝えてくれ“内密に買い取って欲しいものがある”と」
秋雨の含みのある言い方に、少し目の色を変えた店員は、一先ず応接室らしき場所へと案内してくれた。
部屋に通された秋雨は、部屋に設置されたソファーに座ると、案内してくれた店員に話し掛けた。
「じゃあ、詳しい話をするが構わないか? 責任者さん」
「……っ!?」
秋雨がそう言うと、男は明らかに動揺した態度を見せる。
しばらく沈黙が流れたが、男が冷静さを取り戻すと、秋雨に問いかけた。
「どうして、わかったのですか?」
「まぁ話したところであまり意味はないが、説明して欲しいなら説明しよう。まずその服だ。他の店員と比べて仕立ての具合がいい。この店でそれなりの地位を持っていないと、そのレベルの服は着れないだろうというのが一つ。そしてもう一つがその帽子だ」
「帽子ですか?」
男の言葉に秋雨は頷き、続きを話し始める。
「帽子というのは本来、防暑や防寒を目的として作られているが、商人から見れば相手に侮られないための装飾品として取り扱われることが多い。店内を見回してみたが、帽子を被ってるのはあんただけだった。だからこそ、あんたがこの商会の責任者だという結論に至ったわけだ」
「な、なるほど……」
男は内心で驚愕していた。
たったそれだけのことで、自分が【シャレーヌ商会】を代表する会頭であると見抜かれてしまったのだから。
男は目の前にいる少年が、ただの少年ではないと考えを改め、彼の警戒度を引き上げつつも自己紹介をした。
「申し遅れましたが、私はこの【シャレーヌ商会】の会頭を務めている、マーチャント・シャレーヌと申します。以後お見知りおきくださいませ」
「秋雨だ。冒険者をしている」
お互いに簡単な自己紹介を行うと、秋雨は本題に入る前にマーチャントに条件を提示した。
「マーチャントさん、今回の取引を行うにあたって守ってもらいたいことがいくつかある」
「……伺いましょう」
秋雨がそう言うと、マーチャントの表情が真剣なものへと変わる。
流石は商人と秋雨は内心で感心するも、気を取り直し条件を話し出す。
「一つはこの取引はあくまでも他言無用、内密に願いたいという事。二つ目に俺が持ってきた素材に関して、何処で手に入れたかなどの詮索をしない事。最後に俺が持っている装備や道具に関しても詮索をしない事。以上の三つだ」
「なるほど」
マーチャントはそれだけ言うと、頭の中で思案し始める。
基本的に秋雨という少年は、自身が持っている素材を売り捌きたいが、同時に自分の実力も隠しておきたいと先の言葉でなんとなく理解できた。
それを踏まえた上で彼と取引を行えば、それ相応の利益は得られるとマーチャントは結論付ける。
「ではこちらからも一つ、君が自分の能力を隠しておきたいというのはなんとなく伝わりました。ですが、出処がはっきりしていない商品ほど捌きにくいものはないのです。なので通常よりも買い取り金額が低くなることはご理解ください」
「その点は問題ない。……と言っても、俺が出す品物に中途半端な値段を付けるのなら、その時はあんたの商人としての力量がそこまでだったと諦めるだけだがね」
「っ! ……ほ、ほう。そこまで言うからにはさぞ良い品なのでしょうな? では早速それを見せていただけますかな?」
「いいだろう。まずは小手調べにこれだ」
そう言いながら、秋雨は肩から下げていたバッグからその品を取り出し始めた。
これでは秋雨VSギルマスではなく秋雨VS商人になってしまう……
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