43話
(あれがGランク冒険者だってのか? 何の冗談だ!?)
秋雨がギルドを去った後、執務室に戻り自分専用の椅子に腰かけたレブロは、内心で千悔の思いを抱いていた。
それは秋雨に対して抱いた感情ではなく、他でもない自分自身に対しての感情であった。
レブロが秋雨をその目で見るまでの印象としては、大人の真似事をする小賢しい小僧程度の認識でしかなかった。
だが秋雨を一目見た瞬間から、レブロはその認識が間違いであったと自覚させられた。それと同時に、得も知れぬ不安が襲ってきた。
見た目は大人になったばかりのただの少年でしかないにもかかわらず、雰囲気は歴戦の軍師のような風格を纏っており、隙がない。
行動自体も一つ一つ何かしらの意味が込められているようで、淀みも迷いも一切存在しない。
常に最善の行動を心掛けているような立ち居振る舞いは、レブロが警戒するには十分な人物であった。
尤も、秋雨を一目見てその異常性に気付くことができる人間は、ギルド内ではレブロだけであったため、今まで誰も気づくことはなかった。
だが彼は出会ってしまった。そして、気付いてしまったのだ。
秋雨という駆け出し冒険者が、かなりの実力を秘めているだろうという事に。
(最低でもBランク……いや、下手をすればAに届くかもな……)
レブロは秋雨を一目見て、かなりのポテンシャルを秘めていると判断し、彼に対する評価を数段階上方修正するよう改めた。
そして、いかに彼を高ランクにまで引っ張り上げるかという算段に入った時、顔を顰めることになった。
(おそらく、奴は意図的に人との接触を避けることで、自身の実力を悟られないよう常に行動している。そんな人間がボロを出すとは思えんしな……どうしたものか)
現状彼の実力に感づいているのは自分だけであり、それはあくまでも自分自身の冒険者としての勘がそう言っているだけに過ぎない。
とどのつまり、動かぬ証拠という物を得ているわけではないので、今本人を追及したところで惚けられたらアウトということだ。
だがしかし、今の秋雨の立ち回りを見ている限り、実力を示せる証拠を簡単に掴ませるほど甘い相手ではない。
その事に思い至っているからこそ、レブロは自分自身に腹が立っていたのだ。
もっと早く行動していれば、奴が自分に面会謝絶を突きつける前に強制的に会っていればという後悔の念に打ちひしがれる。
だが時すでに遅しであり、今後できることを優先すべく考えを巡らすと、あることを思い出した。
(そう言えば、もうそろそろ年に一度のあれがあったな。おそらくあいつも来るだろうから、その時相談してみるか……だがその前に、あの小僧とは直接対決をした方がよさそうだ)
いくら侮れない相手とはいえ、自分よりも遥かに年下である秋雨に後れを取るわけにはいかぬという、大人の意地を捨てきれないレブロは、不利な状況になりつつも秋雨との直接的な接触を試みることにしたのだ。
(覚えていろよ小僧、このまま俺が黙って見ているなどと思っていたら大間違いだってことを教えてやる……)
レブロはそう決意すると、秋雨との接触に向けて思案を巡らせ始めるのであった。
翌朝、秋雨はいつものように宿で朝食を済ませ南の森へと出かけて行った。
今回の冒険者活動で、北の森にフォレストファングが出てこなかった理由として、北の森一帯がフォレストベアーの群生地だったからだと判断していた。
なぜなら、南の森で出現したモンスターが猪の姿をした【フォレストボア】というモンスターのみだったからだ。
つまり点在する森によって、棲みついているモンスターの種類が固定されているのではという考えに至ったのだ。
元の世界においても、ホッキョクグマは北極に生息し、カンガルーやコアラはオーストラリアなどといった感じで、国や地域ごとに生息する固有の動物が異なるというのはままあることだ。
今回の場合もそれが適用されているのではということに落ち着いた形になる。
尤も、それがわかったところでどうなのだと言われれば、どうにもならないのだが狙ったモンスターを狩りやすくなったことは間違いないだろう。
そんなこんなで、いつものように薬草とモンスターを狩った秋雨は、足早にグリムファームに帰還していた。
「さて、今日は少し面倒な事をしてみるかね」
そう呟いた秋雨は、とある場所に向かって歩き始めた。
今回の目的は“素材の買い取り”だ。
モンスターから取れた素材の買い取りといえば、冒険者なら誰しも自身が所属するギルドで買い取ってもらうのが常識だ。
だが素材の買い取りというのは、何もギルドだけが行っているわけではない。
モンスターから取れる上質な皮や骨などは、武器や防具の材料とは別に薬にもなるし、肉に至っては食材として喜ばれる。
だが秋雨は自分の実力をひた隠しにするべく、冒険者ギルドでの素材買い取りは極力避けるスタンスを取っていた。
そうなると、一度の冒険者活動で得られる収入が極端に低くなってしまうのが、デメリットとなっていた。
そこで秋雨はギルド以外で素材買い取りを行ってくれる機関をベティーから聞き出し、そのうちの一つである“商会”を探していた。
(ここでどの商会を選ぶかによって、今後の選択が変わってくるからな……最悪この街を出ることも想定に入れておかないと)
ここで秋雨が趣味で読んでいた異世界転生物の小説を読んで培った知識で、独自に作り出したものがあるので紹介しよう。
題して【異世界転生した時にやってはいけない5つの行動】だ。
タイトルの通りだが、万が一にも異世界に転移あるいは転生することがあった場合、やってはいけない5つのタブーが存在する。
それは以下の5つだ。
1、注意すべき5つの存在に会ってはいけない
2、元の世界の道具を作ったり売ったり使ったりしてはいけない
3、元の世界にあった料理を異世界の人間に食べさせてはいけない
4、自分の実力を知られてはいけない
5、何をするにも、黒幕が自分だと気付かれてはいけない
まず最初の項目は以前説明した【関わり合いになりたくない存在】である5種類の人間だ。
端的に説明すれば、ヒロイン、大商人、ギルドマスター、貴族、王族である。
ほとんどの異世界転生物の小説で、面倒事を持ち込んでくるのは、この5つの存在であると言っても過言ではないため、できれば会わないのがベターである。
2と3に関しては、元の世界の文明力が高いために異世界ではとても有益なものとなってしまい、大騒ぎに発展する可能性が高い。
4と5は言わずもがな、自分が有能な人材だとわかれば、それを利用しようとする無能な輩が寄ってくるためだ。
以上の点から、目立った行動は避けあくまでも平凡な人間を装い、慎ましく暮らしていくのが最善なのだ。
だが何事にも例外というのは付きもので、自分の秘密を黙っていてくれて尚且つ利用しようとしない存在であれば問題はない。
「ここが、【シャレーヌ商会】か」
秋雨は道すがら露店で売られた軽食に舌鼓を打ちながら、店員との雑談で目ぼしい商会の情報を手に入れていた。
その名も【シャレーヌ商会】。大手の商会と比べまだまだ発展途上ではあるものの、その勢力を確実に伸ばしてきている商会だと巷で噂となっていた。
「とりあえず、入って話をしてみるか」
そう独り言ちた秋雨は、目の前にある木造の建物【シャレーヌ商会】へと足を踏み入れた。
さあ、次回秋雨はちょっとリスキーな行動に出ます。
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