23話
秋雨が薬草採集に出かけていた頃、冒険者ギルドに一人の男がやって来た。
正確には自分の職場であるギルドに出勤してきたというのが正確な所なのだが、今はそれはどうでもいい事なのでそれ以上は言及しないでおこう。
すれ違うギルド職員に「おはようございます」と挨拶をされながら、受付カウンターの奥にあるとある部屋の一室に入っていく。
――執務室。
そこは冒険者ギルドの最高責任者であるギルドマスターが終始詰めている場所であり、名前としては存在していないが“ギルドマスター室”と呼んでも差し支えない部屋であった。
「うん? これは……新しい冒険者の登録名簿か」
そこでギルドマスターである彼は、自分の机に置かれた書類の束を見つけ呟いた。
それはギルドの最高責任者として、朝一番でやる彼の日課と言ってもいい仕事で、新たに冒険者ギルドに加入した冒険者の確認作業であった。
「ふむ、キャットピープルで夜目が効くと……こっちは重戦士で身体が頑丈なのが取り柄と……」
提出された冒険者一人一人の詳細情報を見ながら、新たに加入した冒険者の情報を頭に入れていく。
この作業は本来であれば、ギルドマスターである彼がやる必要のない仕事だ。
だが、彼は元Aランク冒険者にまで上り詰めた逸材で、何よりも人とのつながりに重きを置く人柄であるため、こういった新人のチェックに余念がない。
この無駄とも呼べる作業が功を奏し、いち早く有能な冒険者を見つけ出す事に成功しており、Aランク冒険者が2人とBランク冒険者が7人も誕生している。
だからこそ、彼は朝出勤して一番にやる仕事はこれだと決めているのだ。
高ランクの冒険者という存在は、早々簡単に生まれるものではなく、長い年月を掛けて磨かれた経験と鍛錬により、実力を認められた者のみがその領域へと到達できる。
「次は……アキサメ15歳、若いな。使用武器は剣で特技は魔法……む?」
確認作業を開始して数分、とある冒険者の情報を見て彼は思わずその内容を二度見してしまう。
そこに書かれていたのは魔法使いの中でも稀少とされる存在“複数属性詠唱者”の称号を持っているという内容であった。
「この若さですでにダブルソーサラーだというのか?」
書類に書かれている情報を食い入るように見つめながら、彼は思わず「あり得ない!」と叫んだ。
それもそのはず、魔法使いの中でも一つの属性を使いこなす者をシングルソーサラーと呼び、二つ使える者はダブルソーサラーと呼ばれている。
一つの属性しか使えない魔法使いが、二つ以上の属性を使うことができる要素は何かと問われれば、諸説あるが大抵の場合長期間の鍛錬が必要だとされる。
それ故に二つ以上の属性を持つ魔法使い“複数属性詠唱者”の称号は、若い部類の年代でも三十代前半が多いとされている。
にもかかわらず、彼が見つめる書類の情報によれば、複数属性詠唱者の称号を持つ人物は、大人になったばかりの年齢である15歳、つまりは少年だと書かれているではないか。
だからこそ、彼は書類の内容が虚偽であると疑った。魔法使いの常識に当て嵌めてみれば、秋雨がいかに常識外れな存在かが理解できるからだ。
ダブルソーサラーですら驚かれるというのに、これが八属性すべて使えるとバレた日には、英雄扱いされ行動を常に監視され秋雨に自由は無くなるだろう。
「この小僧の語りか、何か別の目的があって敢えてそう申告したのか……うーむ、現時点では情報が足りな過ぎて判断がつかんな。……よし、誰か、誰かいないかっ?」
彼は更なる情報を得るために、ギルド職員を呼びつける。
すると執務室のドアが開き一人の男性職員が入ってきた。
眼鏡を掛けた三十代くらいの男で、いかにもお固い雰囲気を持った人物であった。
「おはようございますギルドマスター、何かありましたでしょうか?」
「ああ、この冒険者について聞きたいんだが」
そう言いながら、秋雨の情報が書かれている書類を渡すと、男性職員は眼鏡を上げながら内容を確認する。
「アキサメ、聞いたことがないですね」
「新規の冒険者だからな、そいつの特技の欄を見てみろ」
「……っ!? こ、これは本当なのでしょうか? この年齢でダブルソーサラーなど……」
「その真偽を確かめたくてお前を呼んだのだがな、そいつの登録手続きを担当したのは誰だ?」
呼びつけた男からは目ぼしい情報を得られなかった事を内心で残念がりながらも、次の情報を引き出すべく男にそう問いかける。
男は口に手を持っていく仕草で数秒ほど考え込むと、推測が入った答えを返した。
「おそらく、ベティーではないかと思います。昨夜の夜勤勤務での受付担当者は彼女ですから」
「それで、ベティーは今どこに?」
ダブルソーサラーという稀有な才能を持っているかもしれない相手の情報を持っているであろう人物の居所を彼は前のめりになって問い詰める。
「それが、夜勤勤務でしたので、朝出勤してきた職員と入れ違いに帰って行きました」
「そ、そうか……次の出勤は何時だ?」
「確か、彼女は主に夜勤を担当しておりますので、午後八時か九時には戻ってくるかと。お急ぎでしたら呼びに行かせますが?」
「いやいい、それほど急ぎの用でも無いしな。それと、その冒険者がもしギルドに顔を出すことがあれば、俺のところまで連れてくるように」
「わ、わかりました。では、失礼します」
男はそう一言言い残し、部屋を退出した。
誰もいなくなった部屋で、彼の独り言が響き渡る。
「アキサメか、本当にダブルソーサラーかどうか俺が見極めてやる」
彼の名はレブロ・フローレンス、フローレンス男爵家の三男坊で元Aランク冒険者のギルドマスターという肩書を持つ男だ。
秋雨の預かり知らぬところで、ギルドマスターである彼に自分の存在がバレてしまうという失態を犯してしまったが、この先彼と秋雨の間で壮絶な駆け引きが行われることなど、この時誰も予想していなかったのであった。
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