050話:【体育祭編】応援団長
今日は体育祭当日だ。
ここ数日の間、薫は応援団関係で忙しいのか、ボランティア部も休んでいて、更には放課後も全く会えてない。
新入部員の東條綾も同じく応援団で何故か応援団長にまでなっていたためあまり顔を出せずボランティア部はしばらく活動休止中だった。
流石に陸と二人で奉仕活動するつもりはない。
少し寂しいが、薫が忙しそうにしているのを見るのは結構好きだ。
彼女が、さほど人との繋がりも希薄だった彼女が、自ら人の輪に立ち、大事な役目を果たそうとするのは俺も嬉しく感じるところだった。
この世界は貞操逆転した世界。
女性は性に限らずガツガツとしている。
俺の母親や薫の所の母親を見てもそうだ。
薫はそんな社会の前段階であるこの学園でさえも軽く浮いていたから俺は結構心配だった。
とりあえずその不安が少しだけ無くなった気がした。
「ねぇねぇ祐ちゃん、石ちゃんまだ学校来てないけど……」
「……あぁ、メールしてるんだが返信無しだ」
既に朝のホームルームも終わり、今から全校生徒が運動場へ出るのだが、薫が来ない。一体どうなっているのか……
俺の脳裏には嫌な思い出が浮かぶ。
まさかこのまま消えちまうなんてないよな、薫。
少しだけ、ほんの少しだけ心配だ。
しかし、クラスに不穏な空気が流れたそんな時だった。
ブルルルル……ブォォォォン!!!
なんか校庭の方で凄い音がしたぞ……?
バイクのエンジン音だろうか?
オイオイまさか暴走族でもやって来たのか?
つか薫がまた変なヤツらに絡まれたとかじゃないだろうな……!?
俺は不安になって校舎の窓に張り付いた。
クラスの皆も俺同様窓に張り付き外へと顔を出す。多分学校中に鳴り響いたからな。隣のクラスもその隣も皆窓から顔を出していた。
校門にいたのは一つのバイク、そして二人のライダー……
今まさに爆音を立てていたそのバイクから降りようとしている所だった。前に乗るのは他の高校の制服を着たフルフェイスだ。下にジャージを履いている。ありゃどっかの女子高生だな。
そしてその後に乗っかっているもう一人、ちょこんと白いメットを頭に乗せた金色の髪をたなびかる長いスカートの黒セーラー服の女の子。
ん……あれって……
そうだ、あれは聖桜花学園体育祭で応援団長が着る応援着……
赤組を示す二重巻きの赤いスカーフ、そして襟と袖に金の三本ラインが入っている。
この世界では応援団長は長ランを着ない。海軍よりのカッコよくカスタムされたセーラー服を着るのだ。
しかし、それにしても金髪……?
バイクから降りた二人がメットを取る。
「あっ!! 祭さん!!」
隣のクラスの窓から顔を出していた女の子から声が上がった。
てか久しぶりだな茜ちゃん。隣のクラスだったのね。そう、その女の子、茜ちゃんは一年の時に薫の舎弟みたいなことをしていた同級生だ。彼氏が出来てからはあまり俺とは接点無かったが、たまに彼氏のことを相談されると薫は言っていた。
そして、彼女は薫と旧知の仲なので祭ちゃんのことも知っているのだろう。
祭ちゃん……ってことは……
「うおぉぉぉおおお!! 石橋さぁぁぁん!! パネェ、パネェっす!! 熱すぎる、ヤバイ、カッコよすぎっすマジでぇぇぇえええ!!」
斜め下を見れば陸が身を窓から乗り出し手をブンブンと振りながら大声で騒いでいた。
窓から落ちそうな陸を他の一年が必死で抑えている。
そうか、あの金髪の女の子はやっぱり……!!
◇◆◇◆◇
石橋薫は基本的には面倒くさがりで頭もさほど良くはない。
しかし一度火が付くと物事に対して熱中して打ち込む癖があった。
体育祭前日、既に火がついていた石橋は応援団長と居残って応援団の練習をしていた。
最初こそ不信感の塊と思われていた石橋も、一生懸命に動くことで赤組団長からは大きな信用を得ていたのだ。
「……よぉし、ここら辺で居残り練習も終わりにするぞ! 石橋、いいか、今日は明日のために今から声は極力抑えろ! ほら飴ちゃんだ舐めろ」
「オスッ!!」
「バカチンがぁ! 声出すなっつってんだろ!」
「ッ! ……」
「……返事くらいしろっ!!」
「は、はい!」
「よし、それじゃあ応援団長として最後の試練だ! 石橋、応援団員として最も大事なことはなんだ? それを考えてみろ!」
「お、応援団として……大きな声を出すこと?」
「バカちんがぁ!! 違う、そんなんなら応援団はメガホンでも持ちゃいいんだよ!!」
「え、えっと、赤組を勝たせること……とか?」
「まぁ、大分近いな。しかし、しかしだ石橋、我等紅組応援団、その目標はもっと高い所にある!」
「高い……ところ?」
「そうだ、私達はな、エンターテイナーなんだよ、分かるか石橋エンターテイナー?」
「ENTERTAINERっすね! この前祐……友達と勉強したっす!」
「……そ、そうだ。いいかそのエンなにがしってのはよ、人を楽しませることを本分としているんだ! つまり、我等紅組応援団は応援することで紅組に楽しいという感情を与えなければならない! そしてな、この体育祭を最高の思い出に変える応援をしなきゃあいけねーんだ!! 分かったか石橋!! 分かったらそろそろ帰るぞ、ほら早く来い石ば……」
「だ、団長危ないっ!!」
キキーッ!!
後ろを振り返りながら歩いていた団長がトラックに衝突する。
赤組応援団長は石橋の前で空を舞っていた。
……
「不束者ながら石橋 薫、団長の意思を引き継ぎ紅組を必ずや優勝に……いや、最高の思い出に導いてみせる……団長、見ていてください……あなたの成し遂げたかったこと必ずやこの俺がっ!」
「薫、そろそろ行くぞ」
「祭、済まない。お前もう遅刻だろう……」
「いいってことよ! たまにでもこうやって頼られることがこっちも嬉しいんだからさ」
髪を金色に染め上げた石橋薫は団長が着ていた応援団長のセーラー服に腕を通す。
そして、真っ赤なスカーフと鉢巻を身につけたその新たな応援団長はゆっくり前に歩き出した。
◇◆◇◆◇
ピシッとしたセーラー服を着込んだ女性が地面に付きそうなほど長い赤色の鉢巻を、そして、キラキラ光る金髪を揺らしながら一歩一歩校舎の方へとやって来る。
何があったのかは後で聞くとして……
俺は薫の本気の姿があまりに綺麗すぎて、ただただ見とれていた。
……病院にて。
「私は大丈夫だっつてんだろ!! ちょっと気絶した程度でうるさいんだよ!! 最後の体育祭なんだ出席させろよぉぉぉ」
応援団長はゴリラのような体格の大女だった。
事故にあったものの、軽い脳しんとうを起こしただけで奇跡的に擦り傷一つない。
むしろ、応援団長とぶつかったトラックがべコリと凹んでいた。
「ダメです!! 今日一日はせめて検査入院してもらいます! 目覚めたなら、今から警察ともお話があるんですからね!」
騒いでいた応援団長だったが、彼女がイビキをかきながら病院のベッドに寝ている間に先生が応援団長の任を石橋に任せていたことをこの後知り、酷く落胆していた。




