047話:ねむりひめ
――米国。
AM、四時十分。
ピッ……ピッ……ピッ……
心拍を示す音が病室に響いています。
状態はとても良好。バイタルは安定。
私の手術は成功しました。
何の失敗もない大成功のはずでした。
そう、この数ヶ月目覚めることが出来ないこと以外は……
私の体は相変わらずベッドで眠りこけています。
満足に食事をすることもなく点滴だけで生きているため筋肉は衰え、体はやせ細っていました。
日にも当たらないため、金の髪に似合うような真っ白な肌になっています。
いつからだろう、こうやってベッドで眠る自分の姿を高みから見下ろす夢を見ているのは。
もうずっと前からな気がする。でも、それさえ思い出すことも出来ません。
記憶は風か小川のように流れていってしまい、ふと考えれば少し前まで何をしていたのか、何を考えていたのか思い出せなくなります。
昼間は看護婦さんや御見舞に来てくれる家族がいてそれなりに賑やかだけど、この時間はとても静か。
春先というのもあってまだ日は出ておらず、空は微かに明るんで来ているのだけれど、綺麗に月が出ているのでしょう。
程よい室温の中、窓から差し込む月光が綺麗です。月はどこに居ても同じだから私は好きでした。
とても静かな時間。
そう、まるで自分が今死後の世界にいるのではないかという気持ちになる時間。
唯一心臓が動いていることを伝える機械音だけが私の耳には聞こえてきていました。
不安や恐怖、そういった物は不思議と感じません。
私の心を占めているのは大きな虚無感でした。
これはなんだろう、心が消えていっているのかな。
自分がもうすぐ消えてしまうのだろうかと私はそう思っていました。
はぁ……
女の欲望は、金・地位・男だなんて良く言うけれど、私はどれも手にできなかったなぁ。
寝たきりのままだから学校の勉強もとても遅れを取っていると思う、お金の面でもお父さんとお母さんに凄く迷惑をかけていると思う、彼氏は出来たけど……今思えば夢だったようにさえ思えてくる。
あぁ……
もし、今すぐにでも目覚められるのなら、一生懸命勉強をして偉くなれるよう頑張ってみよう。
アルバイトだってしてみよう、もう私の中には病魔はいないのだから。
もし、もう一度あの聖桜花学園へ戻れるのなら、友達皆に謝ろう、もう一度友達になってくださいとお願いしよう。
そして、もう一度宮代君に会いに行くんだ……何度も謝って、それでもう一度私は……
あぁ、このまま消えたくない……
お父さんとお母さんにありがとうを言うために。
あぁ、このまま消えたくないよ……
友達にたくさんのゴメンネを言うために。
あぁ、このまま消えてしまいたくない……!
もう一度、この気持ちを伝えるために……!!
その時でした。
風も吹いていないのに、私の寝るベッドの隣の机、そこに乗っていたケータイが突然机の上から落ちたんです。
それは私が発作を起こして壊してしまった携帯電話。
沢山の思い出が詰まった携帯電話でした。
液晶もバキバキで、もう電源も入らなかったそのケータイ、それでも棄てられなくて、大事に取っておいたそのケータイが突然落ちたんです。
そして、病院の冷たい床にぶつかると……
パキィ!
衝撃音、それは機械が壊れる音だったのか、何かがキッカケで放電した音だったのかよく分かりませんでした。
でも、その瞬間、青い光がその割れた液晶に溢れていたんです。
月明かりしかなかった病室をケータイの光がぼおっと照らしていました。
電源もつかなかったはずのケータイが、既に電池も切れているであろうケータイが、最後の灯火を燃やすようにその画面に一通のメールを表示していたのです。
『from:祐樹 本文:今何している?』
……
「んぅ……今、やっと起きれたみたい……」
んん……
体が動かない、唇もカサカサだ……
あれ、今私は何を喋ったの……?
気付けば私はベッドの上にいました。
プルプルする腕を持ち上げるとミイラみたいになっていて、それが本当に自分の腕かと疑ってしまうほどビックリしました。
あぁ、そうだ私は確か手術をして……
それで、ここでこうして寝ているってことはきっと成功したんだ……
あ……れ……?
涙が次々と溢れてくる、どうしたんだろう、安心したのかな?
あれ、あれ?
何故か分からないけど私は嬉しい気持ちでいっぱいになってカサカサの肌を涙で濡らしていました。
そして、少し声も出してしまったみたいです。
私の上手く出ない声をお化けか何かと間違えて不気味に思ったのか看護師さんが恐る恐る見回りに来ました。
その看護師さんはゆっくりと室内を見渡し、すぐに起きていた私と目が合って飛び跳ねるほどビックリしていたのを覚えています。
その後、看護師さんは急いでドクターを呼びに行き、私はふたた再び室内に一人取り残されていました。
「あれ、ケータイが……」
ケータイが地面に落ちていたんです。
バキバキで電源も入らない壊れたケータイ。
何故おちていたんだろう?
よく分からないまま私は震える腕でそのケータイを拾い上げ、大切に胸に抱いていました。
……
その日からはとっても大変でした。
なんでも私は数ヶ月眠ったままだったらしく体の器官の能力が著しく低下しているらしいのです。
衰えた筋肉を元に戻すため沢山のリハビリが待っていることも聞いたし、日本に戻るなら遅れた分の勉強もしなければいけないと言われました。
でも、その前に私にはしなければならないことがあります。
お父さんとお母さんにありがとうを伝えたかったのです。
数ヶ月も寝たままできっといっぱい心配も迷惑もかけていたでしょう、それでも私は朝早くから飛んできたお父さんとお母さんにありがとうを伝えました。
三人して泣きじゃくって大変だったなぁ……
水分だけはちゃんとあるみたいで私の両目からは涙がいくらでも出てきました。
その後、食事さえ充分に取れない私でしたが直ぐに日本へ帰ることを決めました。
私の年齢だとまだ高校二年生。まだ帰れば間に合うから。
夏からの学業部分をこちらで学習すればまた聖桜花学園へ編入可能だそうです。
私は今、日本へ帰るため頑張っています!
原木はですますが混ざるので変な感じです。
17話ともども後ほど修正する可能性があります。




