042話:学園長の期待の星
「さて、とりあえずどうすれば生徒会長になれるのか考えてみた。まず、石橋……じゃなくて薫の票を集めるためには何がなんでも目立つ必要があると思う。みんなの記憶に残るためにはとりあえず目だった行事で何かすれば良い。この学校の主だった二年の行事と言えば、まず六月には体育祭、それから夏前に臨海学園、夏休みが明けてすぐに進学を考慮したのか今年からは修学旅行が入っている。そして十月に文化祭をやり、十一月には生徒総選挙だ」
「お、おぉ……」
向かいに座る石橋に元気はないが俺は続ける。
なにか急に自分の頭が良くなった気でつらつらと言葉を重ねた。
「俺達の通うこの聖桜花学園は去年、女子高から共学に変わり、進学にも力を入れ始めている。十一月に生徒会長の交代をするが、順当に行けば引き継ぎや会長の仕事を知っているという面でも生徒会の中の二年生が選出されると思う。これが問題だ。現在の副会長はなんとウチのクラスの委員長こと谷口夏帆。何もなければ頭も良い彼女が生徒会長になるのは必然。しかし、しかしだ! そこに薫、お前がネジ混んでくる! 期待の超新星、この学校をより良いものへと変えるために現れた、改心の元不良美少女!! 金髪の悪魔が今度は学園生活を金色に染め上げる!!! ……という筋書きとかどう?」
「なぁ祐樹、やっぱり私には無理だよ……」
「ん~、無理かぁ……」
俺達は二人だけで居残った教室の中、昨日の話をしていた。
昨日の下校中、石橋が生徒会長になると見栄を切ってしまったのだ。
でも聞かれたのも一人だけだったし別に大丈夫かなぁ……
「なぁ、薫? なんであの時生徒会長になるなんて言ったんだ?」
「ん? ……中学の頃はクラス占めてたし、テストで一位よりかはイケるかなあと……」
「イケねえよっ! 恐怖支配はやめようよっ! はぁ……それじゃあ昨日の陸って一年に昨日のことは嘘ピょ~ンって言って……」
ガラッ。
教室の扉が開かれる。
現れたのは正に今話していた沢井 陸だった。
「石橋さんおはようございますっ! ……チッ、またおめぇも一緒か……」
「昨日の奴か、今こっちも大事な話してるから後にしろよ? 分かったら帰れ。下校時間だ……ったく、祐樹と二人きりの時間邪魔しやがってボソボソ」
石橋がキレている。
こいつは恐らく俺との二人きりの時間が邪魔されたのが嫌だったのだろう。ういやつ、ういやつ。
「いや、ちょっと強力な助っ人連れてきたんすよ! もう、本当、そんな相談役とか意味不明なやつより千光年役に立つんですから! ジジイ、こっちこっち! この人が石橋さん!」
「はいはい、こんにちは……」
現れたのは……
白髪混じりの髪をオールバックに整えた恰幅の良い男性……
この学園のトップ。学園長だった。
「は?」
俺達二人だけの教室に現れたのは学園長だ。
「いやぁ、ジジイは俺のオヤジの弟、つまり伯父さんなんすよ! ジジイ! あそこにいる石橋さんを生徒会長にしてくれよ!」
「は?」
驚きを隠せない俺達を他所に学園長は口を開いた。
「石橋さん……私はね、君を、いや君のような生徒達をずっと見てきていたんだよ。この学校は代々女子校でね、君みたいな生徒も少なからずいたし、甥もほら、この通りだ……」
「やめろよジジイ照れるだろ!」
爆発頭の小僧が鼻の下を擦る。
多分誉めてないが突っ込まないぞ。
この陸ってやつはけっこうバカな気がする。
「教師はね、君みたいな子達の話を一生懸命聞いて、その個性を見つけて、そして生かしていけるような道を示すことも一つの仕事だと思うんだ。でも、それはなかなか難しい。こちらが一生懸命でも、本人が頑張ろうって思ってくれないと色々なことが成り立たないんだ……人はなかなか変われない」
「は……はい」
「だけど、石橋さん。君のような人が現れてくれて私は嬉しく感じているんだ! 静かな男の子と比べるとヤンチャな女の子は手がかかるけどね、そんなヤンチャな生徒が頑張って頑張って、自分なりに良くなろうと変わっていくのを見るのが私達教師の、いや私の……とても見たかったものなんだよ?」
「……」
「それを君は正に体現している。つい一年前と今とを比べてごらん? 以前は社会や環境、何かが気に入らなかった日々のはずだ。だけど、今は必死にその社会や環境を受け入れて前を向いて自分の道を歩こうと頑張っている」
「ジジイ……話長い」
「ハハハ、すまんすまん。兎に角、私はね君が生徒会長を目指すと言ってくれてとても嬉しい。生徒会以外の者が立候補するなんてとても勇気のいることだし当選も険しい道だ。生徒会長を選ぶのは生徒達だが、私も君の努力には精一杯手を貸したいと思うよ!」
「はぁ、えっと……あ、ありがとうございます」
「おい! ジジイ! 手を貸すじゃなくて、石橋さんを生徒会長にしてくれよ! そうすれば全部解決なんだよ!」
「陸、それは出来ない。石橋さんは自分でやると言ってるんだ。みんなからの信頼を集めて投票してもらえるよう頑張ると言ってるんだよ? 私はね、それを見てみたい。手は貸せるけれど私に出来ることはそれだけだし、陸だって憧れの先輩が頑張る姿見たいだろう?」
「あー……確かに! 超見たい、見たいっす! 石橋さん頑張って下さい!! 死ぬ気で応援しますっ!!」
日が落ち始め、教室が黄色く染まる中で石橋の生徒会長へ向けてのスタートラインが整った。
まだまだ夏は遠い春の始まり、言葉を発することさえ出来ない俺達の顔からは汗が滝のように流れ落ちていた。
「君の影響なのかな?」
「は、はい? 俺ですか? えっと影響って……」
「石橋さんがここまで変われた理由だよ。良かったら陸のことも頼まれてくれないかな? 男の子なのにちょっと活発すぎてね、花も恥じらうお年頃なのだから恥じらいぐらい持って欲しいのだよ。そこで、君といるとなんだか良い結果になりそうだからね」
学園長にツンツン頭の一年男子、不良少年の陸を頼むと笑顔で言われてしまった。
このマンモス高校のトップに立つ人間に萎縮してしまい、易々と断れない。
というか、花も恥じらったことのない俺に頼まれても良い結果にはなりそうもない。もちろん、陸にも心底嫌そうな、苦虫を噛み潰したような顔で見られて全く良い気はしなかった。
と、とりあえず……
陸のことは置いておいても、石橋のことは本気でどうしよう……




