026話:海
海はヤバい。
ヤバいったらヤバい。
俺が高校に入学してしばらくたったある日、突然世界が変わってしまった。
いや、俺だけが似て非なる別の世界に来てしまったと言ってもいいと思う。
何故なら、男女の貞操観念がおかしくなってしまったこの世界に違和感を覚えているのが俺だけだからだ。
まぁそれでも最近は上手く受け入れられるようになってきた。
……と思っていた。
だけどさ……
だけど……
これはいったいなんじゃぁぁぁあ!?
俺と唯がデートで訪れた海。
そこで見た光景は……
女の人は特に変わらないから良い。良いのだが、男の人は……
マリンスーツとでも言うのだろうか、うん……
誰もが肩もしくは七分もしくは半袖まではあろうかという程の丈を持った水着に包まれている。
しましまだっかり、ぴっちりした真っ黒なマリンスーツだったり、正直言って海パンだけなんて人はいない。
どうなっている? 俺は深く混乱していた。
よく見れば海パンの人もいるのだが、そういう人は対となるような上着も着ているのだ。
つまり露出といっても四肢の先と頭そしてへそが出ている位だった。
男は総じて女の人よりも肌を隠していた。
「うわぁ~過激な男の人多いいね~やっぱり夏は開放的になるのかなっ!?」
「え……!?」
どこが!?
開放的!?
何を言ってんの唯さんや!?
俺はポカーンと口を開けたまま唯を見ていた。
唯もそんな俺に笑顔のまま首を傾ける。
「ん? とりあえず着替えよっか祐樹?」
「あのさ、唯……俺海パンしか持ってないんだけど」
「え!? 上着は!?」
「う、上着? えっといらなくない……?」
「えぇっ!? ちょ、ちょっと祐樹! こんなとこで露出はやめようよ!」
困った顔で俺を見てくる唯。鼻の下が伸びているように感じるのはきっと気のせいだ。
でも本当に困った。胸を隠していない男は一人もいなかった。
そんなところで俺が上半身裸でいてみろ、凄く目立つ。
というか妹の春香なんて俺の上半身見ただけで鼻血出していたぞ?
きっとまずいんだろうなぁ……えぇ、どうしよう……
……
「きゃぁ! 冷たーい!」
「うははは!! それっ!」
「きゃっ! やったなぁ、この!」
「うおっ、ちべて!」
海の水は冷たかった。
でも太陽の日差しは燦々と降り注ぎビーチは熱い。
俺と唯はそんな中で膝まで海に浸かり水をかけあっている。
かわいい金髪の俺の彼女は水色のビキニの水着を身にまとい濡れた体を俺に見せつけるように水をかけてくる。
青い、青い春です。これこそが青春……あぁ青春……今は夏だけど。
因みに俺は着てきたTシャツに海パンというスタイルで海に入ることにしたのだが、Tシャツって水吸うと重いね。しかもぴったり張り付く。
こんな思いをするならば前回唯の水着を買いに行ったときにちゃんと男物の水着を見ておけば良かった。
若干上着の不快感に不安があるので沖に進むのは遠慮しておいた。
「はふー、あっ、かき氷食べるかな祐樹君や?」
「おっ! いいねかき氷! じゃぁ俺が買ってき……」
「いやいや男の子に買いに行かせるわけにはいきませんよぉ、私買ってくるから待ってって欲しいのだよ!」
「お、おう……さ、サンキュー!!」
この世界では男が女に気を使われる。
だけど俺は、そんな細かな女の子の配慮に逆に気を使っていた。
『ジェントルマンファースト』その言葉はもちろん世間一般的に行われるマナー的なことなのだが、彼氏彼女の間では特に気にされているものだった。
車道側を歩く、ドアを開ける、段差に配慮するなどなど、そういう細かな気遣いを俺は唯から度々受けている。
もちろん、俺のほうもいつか彼女が出来た時のために雑誌で学んでおいた『レディーファースト』の様々な気遣いを唯にしてあげたいと思い、実際に何度かしたこともあった。今も俺がかき氷を買って来ようとしてしまった。
しかし、世界が世界なのだ。この世界に『レディーファースト』という言葉はない。
俺が唯に気を使うことは、周りから見れば気を使われている女の子になってしまい、それはあまり良い印象ではないようなのだ。
だから俺は唯の気遣いにしっかり“応えること”に気を使わなければならない。
はぁ、それもそれで疲れるよな~ほんと……
俺は持ってきた小さなレジャーシートに寝転がって唯を待つことにした。
気温も高く濡れた体でも全く寒くない。
というか日差しが熱い。
そんな時だった。
「ねぇねぇ~君~なんでそんな格好してるのっ!?」
「えっ……? 俺?」
俺は起き上がり声を掛けられた方を向いた。
そこにいたのはギャル!! ギャルだった!!
金髪で体はかなり黒い。胸もなかなかのものをお持ちで、水着は黒で金色の刺繍がある。見た目からギャルって感じのギャルだった。
「え、えっと、水着忘れちゃって~」
「えぇ~? 海に来るのに水着忘れちゃったのぉ~? ホントかな~? その服の胸の辺りの突起が気になるけど、ナンパねらいでしょ~?」
ギャルはズルリと鼻を拭う。若干鼻血が出ていた。
俺はギャルと話すのは初めてで緊張していた。
しかし、胸の突起と言われたので、視線を落として自分の胸を見てみる。
濡れたTシャツは俺の体にぴったり張り付いていた。
うん、乳首が立ってるのがわかりますねこれじゃぁ。
いや、でもね、水が冷たいからこれは生理現象なのね。
別に恥ずかしいことじゃないの! 絶対に、恥ずかしいことじゃないんだからねっ!!
俺は自分にそう言い聞かせていた。
「私、今年大学生になったばかりなんだけど~もしかしてDKとか!?」
「えっと、高一ですね」
大学生だったんか。
ちなみにDKというのは男子高校生のことらしい。
「うは! マジで! お姉さんとあっちで遊ぼうよ! 色々してあげちゃうよ~」
「えぇ! よろし……いや、すいません人待ってるんで」
あ、あぶねぇ!! 付いて行ってしまう所だった!!
ギャルは危ない、俺の理性に感謝。
「えぇ~いいじゃん、いいじゃん! なんならご飯行く? 私のおごりだよ~? 気ん持ち良い~こともしtれあげちゃうよぉ~?」
「いや、すいません、ほんと……」
ちっ、なんだこの人しつこいな。『気ん持ち良い~こと』はかなり気になるが俺は唯を待たないといけないんだよ。
そんな俺達に近づく一人の影……
「ちょ、ちょっと何してるんですか私の彼氏に!」
「は? ちっ、彼女持ちかよ、だったらそんな格好で海に来るんじゃねえよこの変態カップルが!!」
「……なっ!? ちょ、ちょっと!」
変態と言われた俺の抗議は届くことなく、唯の登場によってギャルはスタスタと歩き去ってしまった。
後味悪すぎる……
「なんかゴメン唯……」
「い、いや祐樹は悪くないよ!!」
……
海に唯と出掛けて、その可愛い水着に心を奪われたそんな日の午後だった。
さぁ、そろそろ帰るかなといった時分の砂浜でその話は始まった。
「いやぁたくさん遊んだねぇ!」
「なぁ! ちょっとTシャツが濡れて重いし、海は熱いから脱ぎたいけどな!」
「もう、祐樹は露出癖でもあるのかい!? ここは海だけどヌーディストビーチじゃないんだからねっ!」
「あ、そう……」
「じゃあ、たくさん遊んだし帰ろっか……」
「そうだな、あんま遅くなると唯の家族が心配しちゃうしな! 唯の親ってけっこう厳しいの……?」
「友達と海に行くって言ってあるしまぁ大丈夫だよ! それに外国人だからか放任主義? だしね!」
「えっ!?!? 唯ってハーフなの!?」
「えへへ、そうだよ! あんまりハーフっぽくないって言われちゃうけど、金髪だって地毛なんだよぉ!」
「マジか! どうりでキレイな髪だ……」
「えへへ……祐樹のご両親は厳しいの?」
「うちは父親も母親も出張ばっかり、まさに放任主義だよ! しかも今日は妹も友達とキャンプとかでいないから俺一人だ……け……」
俺は気づいた。気づいてしまった。
隣を見れば唯が口を開けたまま、丸い目でこちらを見ている。
どうやら、唯も俺と同じことに気づいたみたいだ。
俺達は黙ったまま暫く見つめあっていた。
「ゆ、唯……今日、ウチ来る?」
「う、うん……じゃあ、お邪魔しちゃおうかな……」
そのあと、俺と唯はテキパキと持ってきた浮き輪などを片付け、ややはや歩きでバス亭に向かった。
唯が家族に電話して宿泊の了解を得ると丁度バスが到着。
俺達はよそよそしく二人で一緒にバスに乗り、そわそわと仲良く隣同士に座った。
「今日は、あ、暑いね」
「だ、だね!」
真夏なせいか十六時だというのに日はまだ高い。
俺は塩水でガピガピになったTシャツに少しの汗をかいていた。
暑さとそれから緊張のせいもあったと思う。
――その日は俺にとって忘れられない一日になった。
ちょっといつもより長めです。
まぁこの後はご想像におまかせって感じで。
次話は夏祭りの日の話にしようかなって感じで~す




