34話 大団円
「クロム。この辺りのでいいのかい。」
木々の向こうで、モーブが大声を張り上げた。
「うん。その辺りの大きいものだけ摘んでくれ。小さいのは残しておいてよ。」
僕も負けじと声を張り上げる。
腰の辺りに疲れを感じ、身体を起こし深呼吸をする。秋晴れの爽やかな朝の風が火照った身体を冷やしていく。モーブとフォレストが実を摘んでいる山側の方向へ視線をあげる。
ふたりが背にした籠一杯に、赤いつやつやと光る実がこぼれるようにつまれているのが目に入る。
「しかし、こんなに実が取れるとは思わなかった。嬉しいね。」
傍らでアーバンが目を細める。
「ホントだ。素晴らしいよ。みんなの努力のおかげだ。」
あの時見た風景。
僕とアーバンが山の上で見た湖の周りとそっくりな風景が目の前に広がっていた。
僕たちの背丈ほどの木が、何本も山の斜面に向かって聳え立ち、その木のどれにも真っ赤に色づいた実が房のように垂れ下がっている。まるで葡萄のようだ。
その実をモーブやフォレスト、カーマインが楽しそうに摘み取っている。
あの後、身体が回復したアーバンと春を待って、早速モウラウ山の麓で一番日当たりがよく土の肥えている場所を探し、ウィスタリアにもらった5粒の実を植えてみた。
そしたら、その春には小さな枝をつけた木が顔を出し、その翌年にはぐんぐんと大きくなった。そしてこの秋、びっくりするくらいの実がたわわに生り、僕たちに恩恵を与えてくれた。
実がどんどんと成長するにつれ、その話を聞いたフォレストが希望を持ったかのように実と競争して回復していき、この夏退院ができた。
早速、秋の収穫を手伝いたいのだと、顔をほころばせて僕らの元に戻ってきた。
モーブ、フォレスト、カーマイン、アーバンと僕。
皆で協力してこの実を栽培した。この果樹園は僕たちのみんなの仕事場であり、生きる場所なのだ。
今まで何をしても生きているという実感が得られなかった僕だけど、こうやって皆と一緒に身体を動かし、喜びを共にし、協力して何かを行う。そんなことが僕にエネルギーを与えてくれる。それは、どこか土の温かみや、山から吹く風の爽やかさや、背中にあたる日の暖かな感触に似ている。そんなものが僕の身体に少しづつ蓄積され、生きる力になっているような気がする。
「しかし、クロム。あのおおかみはやっぱり君のいうとおりのおおかみだったね。おおかみは僕らの天敵だけど、食べるものと食べられるものという自然の摂理がなければ、どこかで僕らは皆理解し、手を取ることが出来るんだろうね。」
アーバンは玉のような汗をタオルで拭きながら僕の方に笑顔を向けた。
「うん。」
僕は思ってみた。
食べるものと食べられるものの関係が崩れれば、それは自然のサイクルの反することになる。だけど、たまにこんなふうに僕らとウィスタリアのような関係があってもいいのかもしれない。
それに彼の妹はどうしただろう。アイセンナは効いただろうか。よくなっていればいいのだが。
「ただ、もう会うこともないだろうけどね。」
誰に言うともなしに口から呟きが漏れた。
アーバンはちらりと僕の方に視線を向けたが、気づかぬ振りをして籠を背負いなおすと、モーブたちのいる方へ歩いていった。
ひとりになった僕は、モラウル山の頂上辺りに視線を泳がしてみた。
あの時と同じように赤や、黄色、緑、茶のグラデーションが遥か彼方に綺麗な模様を作っていた。
ウィスタリアと見た風景。もう二度と一緒に見ることはないだろうけど。
だけど、あの景色の中に自分の意識を飛ばしてみよう。身体から抜け出た意識があの場所に戻るとき、ウィスタリアもどこかであの景色を思い出してくれたら。そうしたら僕らはまた一緒の景色を見ることができる。あの時間を共有することができる。
交わる時はもう永遠に来なくても、どこかで元気にしていてくれたら。
この世界の中に君がいると思うだけで、僕の胸の辺りがぽかぽかと暖かくなるんだ。
ぼんやりと山のグラデーションを眺めていると、
「おーい。クロム!」
カーマインが走りよってくる。
「そろそろ昼にしないか。腹が減ってもたんよ。」
情けなさそうな表情を作ってカーマインが笑う。
「もう腹減ったのか。しかたないな。」
僕がそう言うと、それに応えるように、
〝よし。昼だ。食べよう、食べよう。今日はきのこのシチューとライ麦サンドだぞ。〟
背中に籠を背負ったアーバンがおどけるように大声を張り上げると、つられたように皆が笑い始めた。




