32話 本当の君は
「これは。」
アイセンナ。
その中でも一番小さな箱に彼は目を留めた。
「これかい。」
「この薬は咳によく効くそうだね。熱を持って長引く咳にはもってこいらしい。」
そう説明すると、
「ちび、詳しいな。」
「母さんの譲り受けだ。」
僕は箱を開けておおかみの手にアイセンナの実を乗せた。
金色に光る実におおかみは目を細めて、
「これがなかなか見つからなんでな。」
つぶやいた。
薬草を探すおおかみ?
「え、これを探してたのかい。」
「ああ、今日もこれを探しに山へ入っていた。そこでおまえの友達ってやつが倒れてるのを見つけた。」
気弱そうに呟くおおかみを見て思わず、
「欲しかったら持っていっていいよ。」
そう言うと、
「いいのか。」
おおかみは戸惑ったように僕の顔をじっと見た。そして誰に話すともなく、小屋の壁に目を向けて、
「妹が長患いでな。この薬を買うにはひどく金が要る。それにあまり出回ってもいなくて、市場などで探すにも一苦労だ。この辺りの山で見つけたことがあると他の種族のやつらに聞いたことがあってな。」
「妹がいるの。」
彼は頷いた。
そうか、僕は合点した。
おおかみが市場で物凄い値段で売りつけようと争いを起こしていること。
妹の薬のために少しでも多くの金を手にしようとしていたのだ。
そんな事情があるなんて、誰も知りもしないもんな。
僕は何だか少しほっとした。
市場ではみんなウィスタリアのことを悪く言ってた。横暴で乱暴でとんでもない値段をふっかけて物を売る。嫌なやつ。
だけど、ウィスタリアにはウィスタリアなりの事情があったんだ。確かに乱暴なやつかもしれない。 だけど、僕をおぶってくれた。アーバンも助けてくれた。そして、妹の為に必死に薬を探している。
優しいところもあるんだ。あの素晴らしい山の景色を一緒に見たやつがそんな悪いやつだとは思いたくなかった。だから、ウィスタリアの本当の姿を見て、僕は本当にほっとした。よかった。僕が思っているようなおおかみだった。ウィスタリアは。
他のおおかみとは違う。天敵だけど、他のおおかみとは違う。




