29話 尻尾の主
「君!あのおおかみだろ。」
僕はその背中に向かって勇気を振り絞った。
おおかみの恐ろしく尖った耳がぴくりと動いて、その歩を止めた。
「お前は。」
ゆっくりと振り返ったその恐ろしい顔。三角に尖った目。細長い顔にびっしりと生えている灰色の毛。間違いない。あの時のおおかみだ。
「やせっぽちのちび。」
びっくりしたように僕の顔を覗き込んだおおかみは、ふっとため息をついた。
「お前か。」
僕は頷いた。
「じゃああの山羊は何だ?」
「山羊?」
おおかみの問いに首をかしげながら、アーバンのことだろうかと思った。
「クリーム色のスカーフを巻いた。」
「アーバンのこと?」
「アーバン?」
「友達なんだ。あのスカーフは僕があげた。」
「そうか。」
おおかみは腕を組んで得心したように頷き、
「お前かと思った。あのスカーフを巻いていたから。」
何のことだろう?笹の波がかさかさと音を立てた。もうすでに日はすっかり傾き、ひたひたと暗闇は僕らのすぐ後ろまで迫っていた。僕は少し怖くなり、
「何のこと?」
おおかみが話すのを促した。
「山へ入った帰り道。頂上から少し下ったところに山羊が転がっていたんだ。山に入って道に迷ったか、転んで落ちて怪我をしたか。意識もなく倒れていたから、こりゃしめたもんだ。うまい具合に餌が転がっていると思って、早速かぶりつこうと側まで寄ったら、クリーム色のスカーフを首にしているのが目に入った。あの時の山羊かと思った。つまりお前のことだ。だけど、よく見ると違う。だけど、このスカーフをしている山羊はお前くらいだ。ということは、そのスカーフをしているこの山羊はお前と関係があるのかと思って、食べずにおぶって降りてきて、あの辺に転がしておけばどうにかなるだろうとおもって転がしておいた。」
「君がアーバンを助けてくれたのか!」
「助ける?」
「ああ、助けたことになるのかね。どうも今日も餌にはありつけなさそうだな。」
そう言っておおかみは踵を返した。
「ちょっと、待って。」
思わず僕は呼び止めた。
「アホか。お前は。いつまでも俺の周りにうろちょろしてると今度こそはがぶりといくかもしれんぞ。」




