28話 アーバンがいた!
膝の高さまで伸びている笹の葉を押しやるようにして、山の斜面を駆け上がり、木の枝が込み入って生えている藪に飛び込むと、薄いグレーの何かの身体が見えた。
何だ。後ろに垂れた耳と、ベージュの小さな角が見えた。
山羊だ。
駆け寄ると、
「アーバン!」
アーバンだった。
僕はいの一番いアーバンに駆け寄るとその肩を抱き起こした。
「アーバン!アーバン!」
思いっきり揺すってみてもアーバンは目を硬く閉じたままピクリともしない。
どうしちゃったんだ。アーバン。もしかしてもしかして、死んじゃったのか!
僕は半狂乱になり、狂ったようにアーバンの肩を揺すった。
「これ、クロム!」
アーバンの親父さんが僕の手を掴んだ。
「脳震盪を起こしてるかもしれない。あまり激しく揺すっては駄目だ!」
「だって、アーバンは、アーバンは。」
「大丈夫だ。気を失っているだけだ。」
落ち着いた様子でおじさんはアーバンの口元に耳を寄せた。
「息はある。大丈夫だ。」
僕はほっとしてへなへなとその場に崩れ落ちた。背後に大勢の人が駆け上がってくる気配を感じた。
「アーバン。」
アーバンのお母さんが駆け寄ってきてその膝にアーバンの頭を乗せて心配そうに彼の顔を覗き込んだ。
僕は涙が溢れ出るのを抑えようとして、人垣からそっと離れた。もう大丈夫だ。
その時、後方で又がさがさと笹を掻き分ける何者かの気配を感じた。いつもの僕なら怯えてその場から立ち去るのが普通なのに、その時は何故か気分が高揚していたんだ。その気配の正体を突き止めようとその音のするほうへと歩みを進めた。
笹が密集する葉の間からふさふさとした尻尾が見え隠れするのが見えた。
〝おおかみ!〟
その尻尾は紛れもないおおかみのものだった。恐怖で凍りついた意識の中でなぜか冷静に僕はその尻尾をもう一度よく眺めた。
〝あれは?〟
庭箒を5本も6本も束ねたような太くて大きい尻尾。そしてあのてかてかと不気味に光る灰色の毛。
間違いない!あのおおかみだ。
おおかみは星の数ほどいれど、あんな太くて大きな尻尾を持つおおかみは、あのおおかみ以外他にはいまい。
僕は恐怖も忘れ、半分夢見心地のようなぼーっとした心持でその尻尾の後を追った。そして、アーバンが倒れていた地点より少し山肌を上がった地点でその尻尾の主に追いついた。




