10話 乱暴なやつ
外で、がしゃーんと何かが倒れるような音がして、誰かの怒鳴り声が聞こえてきた。
僕とおばさんはびっくりして、外へ飛び出した。
すると、おばさんの店の斜め3軒向かいの店の前に立っていた看板が倒れていた。
びっくりしてその方向に目をやると、店の主人の熊のバーガンディおじさんが出てきた。
「なんだよ!この金額は。もっとたくさん値がつくはずじゃねえのか」
おじさんを威嚇するように「うぉぉ~ん」とうなり声を上げておおかみが飛び出してきた。
おじさんから金貨の入った袋をひったくるようにして、そのおおかみはふさふさの尻尾をばたばたして走り去った。
疾風のように駆け抜けて行ったおおかみを僕はチラッと見て又びっくりしてしまった。
だって、そのおおかみはあの僕が山の上で会ったおおかみだった。
見間違いではない。あの恐ろしくとんがった目、細長い顔にびっしり生えた灰色の毛。そしてあのびっくりするくらい太くてふさふさした尻尾。おおかみは数いれど、あの尻尾は見間違うはずが無い。
あれって、僕が会ったあのおおかみ?
「何があったのよ。」
僕がびっくりしてぼさっとしている間に、イタチのおばさんはバーガンディおじさんの店へ入って行き、様子を聞いている。
僕も慌てて、おじさんの店へ入った。
おじさんは、店の前で倒れた看板を立てかけているところだった。
すかさず手を貸す。
「ああ、クロムか。ありがとう」
バーガンディおじさんの店は、乾燥したお茶やきのこ類、木の実を主に扱っていて僕も時々お世話になることがあって顔見知りだ。
ふたりして看板を立て直すと、イタチのおばさんが
「大丈夫だったかい?バーガンディさん」
「ああ、大丈夫だよ。」
「それにしてもあのおおかみはなんなんだい?」
「う~ん・・・。困ったもんだよ」
「どうしたんだい?」
僕も興味津々で2人の話を聞いていると、
「それがあのおおかみ、自分が持ってきた木の実の値段が気に入らなかったらしいんだ。わしの言い値では納得せず、わしもぎりぎりまで値を上げて交渉したんだが、自分の思った値では売れなかったのが気に入らんかったんじゃろう。」
「しかし、市場で揉め事とはねえ・・」
おばさんは顔をしかめた。
前出のとおり、市場ではけんかはご法度なのだ。
あまりにも揉め事が多い動物は市場出入り禁止になってしまう。
事実上村八分ってやつで、同じ種族間でも仲間はずれになってしまうことがある。
「あのおおかみって・・・・」
「おや、クロム。あのおおかみを知っているのかね?」
「いえ、別に・・・」
僕はとっさに嘘をついた。
「揉め事が多いんですか?」
「ああ、そういえば、前も狐ばあさんのところでも、何か揉めた事があったらしいね」
おじさんは言った。
「気が荒いっていうのか、あまりいい噂は聞かないねえ。」
「この間もバールで酔っ払って、仲間内で言い争いになったみたいだね」
そう、イタチおばさんも続けた。
「出来ればうちらの仲介仲間では、あまり取引したくない相手だよね」
おじさんも隣でうんうんと、頷いている。
(そうなんだ。あのおおかみって・・・)
僕はちょっとショックだった。
だって、僕には優しかった。食べなかった。足をくじいた僕をおぶって山を下ってくれた。あの耳まで避けている大きな口を緩めて、
「こういう日があってもいい。そう思わんか?」
そう笑った。あの山の上で笑ったあのおおかみと同一人物(動物)とは思いがたいが。




