1話 おおかみとの出会い
「まいったなあ。」僕は声に出していってみた。
が、その声に応える者などいない。こんなに晴れていて良いお天気なのに、周りを見回しても、ガレ石が連なる山道が遥かかなたに見えるだけで、ひとっこひとりいやしない。
それもそうか。こんなところまで登ってくるやつなんてあまりいないだろうな。
「ふう。」ため息をついて、今自分が登って来た道を振り返ってみる。
まあ、よくこんなところまで来たもんだ。
遥か後方に、緑、黄緑、黄、オレンジ、茶色・・・綺麗にグラデーションに彩られた山々が見え、少し気持が和んだ。そして、前方に目をやる。
大きなガレ石が入り組んだ険しい山道が見える。何合目なんだろう。この辺りは。
空気も薄そうだ。
ちょっと歩を進めるだけで、はあはあと息切れがし、汗が噴出す。
少し歩いて止まり、少し歩いて止まる。を、繰り返す。
帰ろうかなあ。弱気な思いが首をもたげる。
僕は、山羊のクロム。
今朝、起き出してこのモラウル山を眺めたら、山の裾野から白い朝靄が立ち上り、遥か頂上の上には真っ青な青空が見えた。
よし、今日だ。
絶好の秋晴れ。澄んだ空気。今日行くしかないって思って、早速リュックに荷物を積め早々に出かけたんだ。
僕は今登っているこのモラウル山の麓に住んで、毎日畑を耕し、山で木の実を採って市場で売ったりして暮らしている。
この間市場に行った時に、仲良しの鹿のアーバンに教えてもらったんだ。このモラウル山のある場所に、とって美味しい木の実が採れる場所があることを。それは赤くてつやつやで、食べるとちょっと酸っぱいけれど何ともいえない甘みがあってとても美味しいんだって。
それで、その実を採って市場で売りに出そうと思ったんだ。だって、最近は畑を耕すことにも疲れたし、山で採れる木の実の種類が少なくなっている。
それは、人間っていう僕たちとは似ても似つかぬ、つるつるとした顔と体を持ち、二本足で歩くへんてこな種族が山へ入り、めちゃくちゃに木を倒したり、野草や植物の種などを勝手気ままに持って帰ってしまうんだ。変な採り方をするもんだから、それからはそこには同じ種類のものが生えなくなってしまう。僕たち四本足の種族はとても困っている。
「ふう。」
僕は声に出して大きなため息をついた。
アーバンに教えてもらった道はこっちでいいはずなんだけど。
このまま登っていくと頂上についてしまう。アーバンは頂上までは行かない。その途中にその木の実が群生している一角があると言っていた。だけど、そんな一角はあるようには思えない。前方を眺めても、大小のガレ石が連なる灰色の道が見えるだけで、遥かてっぺんの辺りには、目を凝らすと、小さな頂上の碑が真っ青な空の中にぽっかりと浮かんでいるだけだ。
道を間違えたんだろうか。行きつ戻りつしながらそんなことを考えた。 このまま戻るのは口惜しいような気がするけど、少々疲れてきた。麓まで戻るにも結構な時間がかかりそうだし、今日はこの辺りで諦めた方がよさそうだ。
僕はそう判断し、きびすを返した。
と、その時だ。
「何やってんだ。頂上はすぐそこだぞ。」
地鳴りのような恐ろしく低い声が辺り一面に響いた。
誰もいないと思っていた僕は、頭のすぐ上で響いた声に弾かれたように地面を飛んだ。そして今度はその声の主を探し当てて、心臓が凍りついた。
〝おおかみ!〟
その声の主はおおかみだった。
山羊にとっておおかみは天敵中の天敵。
おおかみや山猫など、猫族の種族は足の裏に柔らかい肉球がついていて、ひっそりと、忍び足で物音ひとつたてず獲物に近づく。いつもなら、山へ入るときは用心に用心を重ねて、どんな音も聞き逃さないようにしているんだが、こんな至近距離に近づかれていたのに気がつかないとは。僕はよほど疲れていたらしい。
が、時すでに遅し。万事休す。この距離では逃げ切れまい。




