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叫び

 湖の畔に戻った僕たちは、難なくマーメイドとの交渉を終えていた。

無駄ダンディのやる気と肺活量は予想以上だったらしい。

もしうまくいかなかったらエマに頭を押さえつけてもらうつもりだったけど、スムーズに事が運んでなによりだ。

「お、おっさんすげえな。水に顔付けてずっと上がってこねえから、死んだかと思ったぜ」

エマも、あのうるさいおじさんの肺活量に驚いている。

当然だと思う。

多分、十分くらい水の中に顔つっこんでたもんね。


 それにしてもあのマーメイドの長話をどう掻い潜ったんだろう。

[デカイ声で押しきったんじゃねえの? えらくブクブク言ってたじゃねえか]

ああ、確かにすごかったね。

おじさんの情熱で湖が沸騰してるのかと思ったくらいだよ。


「すごおぉぉいっ! マーメイドと話せるとは!!」

そして濡れた頭をオールバックに撫で付けるおじさんは、未だ興奮冷めやらない様子だ。

ボロボロの服を着て無駄に声が大きくて鬱陶しいのに、納得のいかないことにとても絵になっている。


「ウロコ、どのくらいもらえそうかな?」

一人で感嘆の声を大声で上げるおじさんを自由にしてやりたいところだけど、生憎僕は早く帰りたい。

取り合えず交渉の結果だけでも聞いておきたかった。

おひげさんに頼まれた量に足りなそうなら、別の方法を考えなきゃいけなくなる。

「ああ、それだがなっ! あの麗しいレディ、仲間がいるといっていたぞっ! 話が弾んでしまってな、好きなだけウロコをくれるらしいじゃあないかっ! ありがたあぁぁいっ!」

……レディって、おばあちゃんマーメイドのことかな。

それはともかく、仲間にも交渉出来るならどうやらしばらく材料の心配はないと思って良さそうだ。


 これで量の心配はいらない、と。

となると次は……。

「声もう少し小さくお願いします。ウロコ、すぐもらえそうでしたか?」

「あ、ああすまん。今集めに行ってくれている。まさかマーメイドのウロコがこんなに簡単に手に入るとは……素晴らしい。素晴……」

徐々に声が大きくなりだしたので、僕は予知能力を働かせて両手で耳を塞いだ

どうしてそんなにも声を大きくして賞賛しないといけないんだろうか。

そして、僕がほんの三歩ほどで届く距離にいることを理解しているんだろうか。


 こりゃあ言っても聞いてくれそうにないぞ。

手を震わす震動が収まったのを見計らって、僕はさっさと話を進める。

「声がでかいです。どのくらいかかるかわかります?」

「す、すまんつい。ずいぶん優雅に泳いで出ていったからしばらくは戻って来ないかもしれん」

ふむ。

優雅にっていうのは、よぼよぼと、って解釈した方がいいだろうか。

お婆ちゃんの散歩と考えると中々時間がかかりそうな気がしないでもない。


「なーんだよ、じゃ一回帰るか?」

すぐそばで暇そうにあぐらを書いていたエマも、同じ考えのようだ。

もし時間がかかるなら、一度転移して拠点とここを繋いでおくのもいいかもしれない。


「帰る? ちょっと待って欲しい。ずっと不思議だったのだが、そういえばキミたちはどうしてこの何もない西部にいる」

無駄ダンディはその端正な顔を無駄にキリッと引き締めて、珍しく小声でそう言った。

触手に襲われたりマーメイドと会話してはしゃいだりで、もしかしたら僕たちが何故ここにいるのかあまり考えてなかったのかもしれない。


 呟くような独り言はまだ続く。

「エスレイクは確かモンスターの災害を恐れて湖の監視チームを引き上げ、最低限の汲み上げを定期的に行うようになっているはずだ。君達が汲み上げに来ている軍人とは思えない。では、何故ここにいる。そしてなぜ、今は知るものの少ないマーメイドとの会話術を知っているのだ」


 おじさんはそこまで言うと一度口を止め、大きく息を吸い、湖畔に響く大声で吠える。

「何故だあああぁぁぁあいたあああああああいっ!!」

それまで小声でしゃべっていた反動なのか、一際でかかった。

あまりにもうるさかったのでペインを使ったことは言うまでもない。

「……いたい、いたいぞ……」

やっと静かになった無駄ダンディは、何の因果か触手に襲われた後と似たような格好をしていた。



 というか、このおじさんこそ何でここにいてどうしてそんなに詳しいんだろう。

[今はボロボロだけど、妙に育ちよさそうだよなあ。そのおやじの背中の紋章、汚れてるが多分なんかの紋章だぜ。貴族様かもな]

そう言えば、まだ名前も聞いてないね。

「うるさいおじさん、名前は? あ、静かに答えてね」

「うう……ゼネットだ。ゼネット・マネルダム」

お。感心感心。

ギリギリ聞こえるくらいの小声だね。


 変わりに隣でエマが大声を出した。

「はあぁぁぁ!? ばあああぁっかじゃねえの!?」

「エ、エマどうしたの? 知ってる人?」

「マネルダムって言ったら、四大公爵家の一つだぞ!?」

エマはプルプルと無駄ダンディを指差して、言った。


**週刊スッパヌキより抜粋**



≪衝撃! 謎の公爵家に迫る!!≫



ブガニア連邦王国に置いて、四大公爵家と言えば最も持てはやされる家柄だ。

脈脈と続く公爵家の血筋は研ぎ澄まされ、建国以降この国を影に表に支えてきた事は、周知の事実だろう。

しかし、永劫続く栄光などは存在しない。

公爵家の輝かしい血筋にも、ついに影が差し込み始めている。


今回本誌編集部が突き止めたのは、公爵家で最も謎に包まれた男、マネルダム家当主『頭取』についてだ。

彼は実務を放棄し、家柄や潤滑な資産をさも当然のように浪費し、各国を自由気ままに旅しているというのだ。

奔放な姫君リリアナ嬢や名家の暴れん坊ウィッセ氏などの小物スキャンダルではない、国家を揺るがすスキャンダルを次週お届けする事が出来るだろう。



――この特集は、公開されることはなかった。

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