伝承
ドロップスは、発案主の神様をもうならせる出来だったようだ。
[使い捨てで量産する、って考えがおもしれえよな]
と、僕がおっさんの感想を伝えてやると、おひげさんは目を潤ませていた。
実は開発にも研究結果を持ち出すのにも、かなりの苦労をしたらしい。
報われて感無量ってとこなのかな。
ただ、僕にはひとつ気になってる事があった。
「あのさ」
おひげさんが目を潤ませたまま、こちらを見る。
「これ、商品化するって言ってたよね? 法律的に大丈夫なの?」
「ああ、そんなことでやすか。これはほれ、魔法を中に閉じ込めてあるようなものでやすから、魔法の使用にには触れないでやす」
笑い飛ばされた。
「でもさ、魔法光が出てるよね? 無免許の人がドロップス使って、魔法じゃないですって言って信じてもらえるものなの?」
「……あ、でやす」
やっぱり。
この世界の魔法使用確認って、多分すごく雑なんだ。
僕は、自分がキーパーズに逮捕された時の事を思い返してみる。
あの時も特に何かを調べるそぶりはなかった。
僕はただ質問に答えただけで、すぐさま死刑を告げられた。
恐らく死刑が確定したのは、あのオークと僕の供述が一致したからだろう。
死刑という厳しいペナルティが課せられている割には、随分いい加減な話だとは思っていたんだ。
必ず発生するはずの魔法光を目印に、使用したも免許保持者かどうかを確認するだけ。
これって、いくらでもいいように解釈する事が出来るんじゃないだろうか。
[まあそうだろうな。口裏合わせで、いくらでも邪魔者を死刑に追いやれる法律だろうぜ。魔法免許ってのが出来たのは統一後……なら、免許を持っていねえ奴も多かったはずだ。めんどくさそうなやつを追い込むにはちょうど良かったんじゃねえか? いやーな性格のやつが政府にはいるみてえだ]
お蔭でこっちは死刑囚だよ、就職のピンチだよ。
その嫌な性格のやつ、魔王(予定)の鉄槌を喰らうがいい。
ひひひひ。
「す、すぐる。すごい顔をしているぞ。だが……そういえばわたしの父は、宰相殿に何度も法律改正を申し立てていたな」
あれ。
なんかミリアさん、僕を見ながら身を引いてる。
「うむ。私も随分、法律改正派の人間は処分させられた。しかしスグルよ。まさに魔王たる顔つきをしているな」
あれ。
魔人さんまで。
僕の正義の心がむき出しになってたかな。
[完璧な私怨で、邪念だ。しかもどうでもいい、が頭につく]
どうでもよくないってば。
最近おっさん、僕に優しくないよ。
「しかし困ったでやす。魔力を使わない作りにすることばかり考えていて、魔法取締法の事はすっかり忘れてたでやす」
気付けば先程まで喜んでいたおひげさんが、完全に意気消沈していた。
箱に敷き詰められたドロップスをちょんちょんとつつきながら完全にしょげている。
でも法律的に問題ある以上、商品化は無理じゃないかな。
「ご主人様」
しょげ返っているおひげさんをじっと見ていたハチが、突然僕を見た。
「この男の夢、ご主人様が叶えてはいかがでしょう! 必ずや、ご主人様のお力になるはずです!」
「でも僕、お金ないよ?」
「魔王になるべきお方が、何を仰いますか! ご主人様が魔王となれば、必ずや充分な利益をこの男にもたらしましょうっ!」
すごくいい顔してるけど、ハチは多分魔法を使ってみたいだけだよね。
あと、びっしょびしょだよ。
でもそれ、いい考えだな。
いつまでもしょげられてたら転移出来ないし、取り敢えず本人の意思を聞いてみよう。
「あのー、パイナさん? それは、あり?」
「……それよりさっきから魔王とか聞こえてきたでやすが、あの魔王でやすか?」
あの?
どの魔王だろう。
「うむ。ブブガニウスが常に恐れている、あの魔王だ」
だから、どの?
「その通りだっ! ご主人様こそが、理不尽なる目的を持って王国を破滅に導く邪悪なる王、魔王となるお方だっ!」
ええ……なにその人怖い。
おっさん、そんな事言ってなかったじゃん。
[昔から王家にはそういう言い伝えがあるんだよ。まさに兄ちゃんにぴったりだなって、おっさん思ったの]
思ったの、じゃないよ。
何か本格的に怖い人じゃないか。
[じゃあ魔王って何だと思ってたんだよ]
……勇者とかに倒されちゃう人?
[就職出来てねえじゃねえか。まあ黙ってたって死刑なんだ、魔王目指して頑張ろうぜ!]
まあ、はい。
ポン、と手を打つ音がした。
おひげさんの方からだ。
「はああ、あの魔王に……。面白そうでやすねえ、どうせこのままじゃ商売にならねえ。そのパビラスカ様って言う神様にも興味がありやす。いいでしょう、今あるドロップスは全て差し上げやす。実の所、開発したものを認めてもらいたいだけで金にはさほど困ってねえでやすよ」
よかった、渋られたら脅さなきゃいけないとこだったね。
[ひでえ]
え。理不尽大魔王目指すんでしょ?
「おいもやし、オレらも連れてけ」
僕がおひげさんに説得しなくて済んだことにほっとしていると、エマが声をかけてきた。
さっきまでユマちゃんと遊んでたのに、話は聞いてたみたいだ。
「連れてけって、西部に? ここはどうするの?」
「今じゃねえ、あいつらと一緒に後で行く。オレらは派手に暴れすぎたからな、もうこの辺りにも住めねえだろう。だったら、魔王様ご一行に加えてもらおうじゃねえか。元々、あぶれものだしよ。そのドロップスで、西に着いたお前らのとこまで転移すりゃいいんだろ?」
なるほどね。
「おにたん、ユマもいっしょにあそぶ!」
僕の足元でじゃれつくユマちゃんを抱き上げながら、僕はエマに向かって頷いた。
何だか随分、仲間増えちゃったなあ。
**ブガニア連邦王国建国の歴史より抜粋**
旧ブガニア王国には、初代ブブガニウス王の御世から語り継がれる伝説があった。
豊穣なる土地に植えし種は育ち、やがて甘美なる実をなすだろう。
しかし、忘れてはならぬ。
いつかは実は魔なるものに刈り取られ、後には枯れ草のみが残る。
魔なる王を、恐れよ。
王国を破滅に導く邪悪なる王、魔王の伝説である。




