変身
「これはまだ試したことがなかったな・・・ぶっつけ本番は嫌だけど、仕方ないか」
「時間を稼ぐと言っても、どのくらい持たせればいいのよ」
『出来るだけ長く、としか言いようがないね。初めてだし』
「機関銃が破壊されてしまいましたし、次は私が前衛に回りましょう。リン、後衛は任せます」
「全員前衛になっちゃばいいんじゃない?」
「3人が同時に仕掛けられるほどの広さではありませんが・・・臨機応変に対応していきましょう。お父様は、ご自分のことに集中なさってください。行きますよ!」
俺とツチノは階段の方にまで下がり、ライムたちはルウへと突っ込んでいく。よし、手早く済まそう。
「俺が何かやることはあるのか?」
『特にないけど、強いて言えば体を楽にしてリラックスして。上手く体を変質させられないから』
「了解」
篭手を装備したニクロムが、ルウと拳を交わす。何か、大きな歯車が互い違いの方向に回転して、火花を散らしている。あれが篭手の仕掛けか、どういう効果なんだろう。
篭手に換装したニクロムの戦い方は、一撃の威力を重視したものだ。手数と威力、どちらも兼ね備えているルウの相手をするには、若干分が悪い。今も、守りに回って何とか持ちこたえている。時間稼ぎが目的だから、あれでいいんだけどね。
「確認しておくぞ。どのくらいの間、なっていられるんだ?」
『特に時間に制限はないけど、あまり使い過ぎるのは身を滅ぼすよ。使わせるとしたら、5分がボーダーラインだね』
「短いな・・・その上、1度に使える魔力にも限りがあるんだろ」
『そうだね...。ツチオも分かってるでしょ、実際に見ているんだし』
ああ、あの拷問もどきか。自分でやっといてなんだけど、ああなるのは嫌だな...。
「あういう風になっちゃうってわけか...。でも、過度な魔力を使っても多少は持つんだよな。壊れていくけど」
『そうだね・・・私が持ってる魔力を使うわけだから、1度に使い過ぎなければ問題ないと思う。それでも、あの状態は私の影響を受け続けるから、5分が限界だよ』
「符術も魔術、どちらも使える?」
『うん、私の魔術も使えるよ。あんまし種類は多くないけど』
「あまり手札が多くても、使い切れないから問題ない。・・・おいツチノ、早く準備をしてくれ!ルウがブレスを放とうとしてるぞ!」
『嘘、このタイミングで!?』
ルウが両手を合わせて、腰だめに構える。魔力が目に見えるほど高まり、ルウを中心に渦巻く。
ニクロムは下がり、ライムとリンが動きの止まったルウを狙う。が、体から湧き出した炎が近づくルウたちを襲う。
障壁を張ったリンが、炎を蹴散らしてブレスを阻止しようと突進する。手に持った槍を振るうが、ルウは身を屈めてかわし蹴りを入れる。壁際まで吹き飛んでいくリン。くそ、ここでルウに殺されちまうのか!?
「ライム、下がってください!マスター、やるなら早く!」
下がっていたニクロムがそう叫ぶ。両腕を合わせて、何やらごたごたとコードや金属部品がむき出しになっている筒状の大きなものを持ち上げている。あれって・・・砲か?あれが、急ピッチで作ったっていう兵器なんだな。
『あと少し!ツチオ、変身したらすぐに戦闘だよ!準備しといてね!』
「分かった。ニクロム、今行くからな!」
「全ての作業が完了するまで、来てはなりませんよ。最悪、頭さえ残ればいくらでも修復できるのですから」
ルウの手の中が一瞬赤く輝き熱線が、ニクロムの砲口がキラリと光り真っ白な魔力が、ほぼ同時に放たれる。
真正面からぶつかり合う2つの光線。巻き起こる風、弾ける魔力。今までの戦闘により傷ついていた壁が、魔力の余波で吹き飛んでいく。踏ん張る2人の足元は、今にも床が抜けそうだ。
無表情でブレスを放ち続けるルウに対して、珍しく苦しげな表情を見せるニクロム。装備している砲も、所々白熱して火花が飛び散っている。早くしないと、爆破でもしちゃいそうだな。
突然、ニクロムの砲撃の勢いが落ちる。見ると、砲が細かに振動し全身が白熱、今にも自壊してしまいそうだ。いや、その前にブレスが直撃する!
「・・・マスター」
そんな中で、ニクロムが俺のことを呼ぶ。火花や魔力が弾ける騒音の中でも、何故か俺の耳には彼女の小さな声が届いた。
「前に感情は無駄なものだとは言いましたが・・・そうでもないですね。もし感情がなかったら、死の前にこれほど穏やかで満足な気持ちには、なれませんでしたから。・・・感謝します」
砲から出る火花が激しくなったと思うと、真ん中から爆発して部品が吹き飛び砲撃が止んでしまう。障害がなくなったルウのブレスは、一直線にニクロム目掛けて進み彼女の命を刈り取...。
『・・・らせてたまるかー!!!』
ルウに真っ黒な光線が腹に命中、そのまま吹き飛んで壁に開いた穴から外へ落ちる。ライムがニクロムに飛びつき、その僅か上をルウのブレスの残滓が通り過ぎる。
「・・・マスター、遅いです。女性に嫌がられますよ」
『(安心してニクロム、ツチオは早いほうだから)ってツチノ!勝手にしゃべるな!早くないぞ!』
影さんがツチノになって出来るようになったこと、その3。それは、合体してからの本領発揮。
時は昨夜の、ツチノに話を聞いている時にまで遡る。
「・・・影の精霊?」
『うん、ドッペルゲンガーじゃなくてね。ほら、私とニクロムは精霊さんから加護をもらったでしょ?業火さんに聞いたと思うけど、あれって元々は眷属を作るためのものなんだよね。精霊になれるかどうかは適正が関係してくるんだけど・・・たまたま私は、その適正があったみたい』
「でも、精霊ってのは自然の意思みたいなものなんだよな?いくら精霊さんの加護があったって、俺の影が精霊になるなんて・・・おかしくないか?」
『普通の人ならそうだろうね。でも忘れてない?・・・ツチオは、異世界人なんだよ』
「・・・そういや、そうだったな」
今の今まで、すっかり忘れてたわ...。すっかりこっちの世界に染まっちまったね...。
『異世界人だけでも駄目だし、私が加護をもらっただけでも駄目。その2つが揃って初めて、私は精霊になれたんだよ』
「マジかー・・・精霊ってことは、竜巻起したり地面を割ったり出来るの?精霊さんみたいにさ」
『無理無理、私はツチオっていう極限られた対象の精霊なんだから。あんな島の精霊なんかと一緒にされたら困るよ。そりゃ、結構強くなってはいるけどさ...。それに、私だけじゃ精霊としての本気は出せないし』
「ん、どういうこと?」
『さっきも言った通り、ツチオだけでも私だけでも、精霊にはなれないんだよ。両方が揃ってないと。文字通り、身も心も1つとなってね』
「それって・・・そういうこと?」
こう、夜の戦い的な?ツチノと?自分そっくりの奴とヤるとは、思ってもみなかったな...。
『それはかなりそそられるけど、そういうことじゃないんだよ。私とツチオが、合体して変身するみたいな感じ。ツチオがハードで、私がソフトみたいな』
「それって、大丈夫なの?いや、変身するってのもそうだけどさ。今のツチノの魔力って、かなり多いよね」
『大丈夫じゃないよ、私の魔力の影響をモロに受けるんだから。過度な魔力は命を削る、体をすり減らしながら戦うことになるんだ。だから私は影さんのままだったんだけど・・・こうなった以上、寿命が短くなるとしてもツチオは使うよね』
「使わないに越したことはないけどな。でも、それで勝てるなら躊躇なく使うと思う」
そんな精霊の力なんて使わなくても、勝てるかもしれない。だが、それだと双方どちらもただでは済まないだろう。最悪、死んでしまったりなんてことも...。それだけは、絶対に避けなければならない。従魔の誰かが、大怪我を負ったり死んでしまうくらいなら・・・少しくらい寿命が短くなったってもいい、俺が終わらせてやる。
「それじゃ、詳しく説明してくれ」
『はあ、しょうがないな...。分かったよ。まず制限時間ね。許容出来るのは5分、それ以上は危険だよ。それと...』
ツチノと合体変身して精霊にか・・・これなら、ルウを取り返すのにも目処が立つってもんだ。・・・もし身を削ったなんてルウにバレたら、怒られるだろうなぁ。まあ、皆には変えられないよね。先制攻撃が失敗に終わって、その後もルウを倒せそうになかったら、使うことになりそうだな...。
そうして、時はルウとの戦闘に戻る。
「それが言ってた、ツチノが精霊になった状態ね...。さすがに魔力は桁違いね」
「お父様・・・その、お体は大丈夫なんですか?」
『ちょっと体が張ってる感じがするけど、まだ大丈夫かな。(それよりツチオ、昨日考えたあれやろうよ!あれ!)だからツチノ、勝手にしゃべるなって。皆、混乱してるぞ』
ツチノが俺の中に入っているため、ツチノがしゃべると俺の口から言葉が発せられる。そのせいで、どっちがしゃべっているのか分からなくなっている。見た目は特に変わってなくて良かったよ。男の娘はリュカだけで十分だよね。
「あれって何なのよ」
『(登場の口上だよ、こういう時のために考えてたんだよね)やらないからな、そんなこと!そんな気分じゃないよ!』
まったく、ツチノは...。っ!戻って来たか!
『来たぞ、ツチノ!ニクロムはこの場に留まって狙撃、ライムはリンに乗って一緒に援護してくれ!』
床に符をばら撒く。床から岩蛇たちが生え、頭を使って眼の前の壁を取り払っていく。こいつらも、新しく買った紙で作った新作だ。新しい機能を追加している、ここで援護を任せよう。
そうしているうちにも、ルウが翼を広げて壁の外に飛び戻ってきた。ブレスを放ったから、魔力も大分減っているだろう。さっきの魔術も腹に直撃してたから、多少は効いているだろう。
『(それでツチオ、どうやってルウの意識を取り戻すか考えてるの?)・・・ルウの意識が覚醒すれば、魔術の支配も解けるんだよな?なら、ルウが目覚めるほど強烈なことをすればいいわけだ』
一応、何個か案は浮かんでいるけど・・・どれもこれも、顔が触れるほど近い距離じゃなければ出来ないことだ。今のルウ相手に、そこまで近づくことが出来るのか...。いくら弱っているとはいえ、相手は竜でルウ。懐に入られたら、あっという間にお陀仏だぞ。
『うだうだ言っててもしゃーないか。ここじゃ狭いし、空中戦にでも洒落込もうぜ!』
手から黒い魔力を放出し、ルウを再び空中へと吹き飛ばす。それに続いて、俺とリンは壁から外に飛び立った。
今日は雲1つない快晴。こんなことになってなきゃ、ルウと空中散歩にでも行きたかったところだね。自分の体1つで、空を飛ぶ日が来るなんて想像してなかったよ。まあ、中にはツチノがいるんだけど。
『(飛行は私に任せて、ツチオは魔力のコントロールに集中して!)了解、精一杯操ってみせるよ』
自分を追ってきた俺たちを見たルウが、拳を構えて突っ込んでくる。リンと2手に分かれて逃げるが、ルウは俺たちを追ってきた。そりゃまあ、魔力量的にも今は俺たちのほうが脅威だからな!当然狙ってくるよね!
そんなルウの斜め下から、岩の砲弾が飛来してくる。数発命中するが、すぐさまルウは軌道を変更。かわしながら、俺へと近づいてくる。
『お前ら、刺さるようにしちゃ駄目だからな!先は丸めとけよ!』
砲手は岩蛇たちだ。追加した機能がこれ、口から岩砲弾を発射出来るようにした。直接戦わせてもいいのだが、それだと動けないというのがネックになる。だったらいっそのこと、固定砲台としても活用出来るようにしちゃおう!というコンセプトの元、改造された結果ああなった。撃ち出す砲弾の材料は、地面や床から取り放題。残弾を気にしないでいいのも魅力だね。
そんな8体の蛇たちの弾丸を意にも介さず、ルウは俺へと近づいてくる。くそ、相手がルウだから命中しても威力は抑え目だ。足が止まってくれれば良かったのだが、時間稼ぎくらいにしかならなかったな。
『この状態での初めての戦闘だな・・・準備はいいか?(もちろん、時間もないしさっさと決めなきゃね。重符の残りは?)さっき星3つ分使っちゃったから、残りはちょうど星5つ分。ギリギリだね。しばらくは魔術で応戦、ここぞというときに符を使う。(まさに切り札だね。分かった、大怪我させない範囲でガンガンやっちゃおう!』
あっという間に近づいてきたルウが、俺目掛けて拳を振るう。顔面を殴られる直前、俺はルウから少し離れた斜め後ろ辺りへ意識を集中。俺の存在が希薄となり、スッとルウを横切って後ろへと転移した。体を影と変化させて転移する術、影に潜って転移するのとはまた違った感じだ。ユクリシスさんの転移魔術と、似た感じだね。
ルウの拳は虚しく空を切る。そんな彼女の背中を、俺は黒い鉄槌で殴りつける。またもや吹き飛ばされるルウ、そこへリンの電撃と蛇たちの岩弾が降り注ぐ。よし、今度は読まれなかった。あまり時間はない、体力を削ったら一気に畳み掛けるぞ!
ツチオ「やあやあ遠からんは音に聞け、近くば寄って目にも見よ!」
ツチノ『立てば石楠花座れば牡丹、歩く姿は百合の花!』
ツチオ「多くの符術をぶっ放し、従魔の敵は許さない!」
ツチオ&ツチノ「『アースブラザーズ、ここに見参!』」
ツチオ「・・・日の目を見ることはなさそうだな」
ツチノ『どうして!?』
こんな感じなのを考えてました。そんな気分じゃなさそうなので没。




