それぞれの戦い
初めてのツチオなし回です
<side リン>
円を描きながら、空中を駆け下りていく。ツチオ、どこにいるの!?途中でどこかにぶつかってたら、何かしらの痕跡があるはず。今のところそういうものは見られない、ってことは川に落ちたってことになる。崖上から下の川まで、結構な高さがあった。あのゴーレムに殴られて怪我しているのに、着水の衝撃に耐えられるのか...?何にせよ、早く見つけて治療しないと。
ようやく崖の下に到着した。落ちた直下には、ツチオらしき人影は見当たらない。まだそんなに時間は経っていない、川の流れは速いけどそこまで離れていないはず。それに影さんもいるんだ、落下の勢いを弱めようとするはず。きっと下流に流れていると思うんだけど...。
『あ、いた!』
川の中から先が尖った黒い縄が飛び出て、崖に突き刺さっている。その縄を握っている影さんと、波にあおられて揺れているツチオ。よかった、影さんがちゃんとツチオを助けてくれてたんだ。
急いでツチオの元に向かい、襟を咥えて川から引き上げる。顔や足は問題なさそうだがけど、胴体の怪我が酷い。ゴーレムの攻撃に耐え切るために張ったらしい身体強化符は、拳の直撃を受けてボロボロになっていた。身体的耐久力も上げる効果があるんだっけ・・・これが、ツチオの体を守ったんだ。効力を使い果たしてボロボロ、ツチオが作ってくれてて良かった。見た感じ、両腕の骨は折れていない。ひびくらいは入っているかもしれないけど、完全骨折ではないと思う。曲がってないしね。
でも、胴体の中は分からない。あの拳の直撃を受けたんだ、まず無事では済まされない。私は治癒魔術を使えないし・・・どうしよう。とりあえず、このまま濡らしっぱなしじゃ風邪をひいてしまう。体を温めないと...。
ツチオを岸に上げ、地面に布を引いてその上に寝かせる。影さんが木を取り出して、私が雷で火をつける。これからどうしよう・・・まずは影さんと相談しなきゃ。そう思って声をかけようとしたのだが、影さんはツチオのお腹に手を当てて何やら魔術をかけていた。あれって、治癒魔術?影さん、治癒魔術使えたんだ。影さんの手から真っ黒の闇が出て、ツチオの胴体を包んでいる。不思議と嫌な感じはしない。何て言えばいいのかな・・・狭くて暗い所って安心する、そんな感じ。
『ツチオの怪我、どのくらい酷い?』
影さんによると、多くの骨が折れていて内臓に軽い損傷があるらしい。治癒魔術で後遺症なく治せるみたいだけど、それには時間がかかる。出来るだけ早く治療したいし上にはあのゴーレムがいる、この場で治してしまうそうだ。
ツチオは寝ているが、顔は痛みでしかめられている。それじゃ、私はルウたちにツチオの無事を伝えないと。このままだと、あの生徒たちがライムに殺される。ツチオが無事だと分かれば、ライムも少しは落ち着くだろうし。
『え、私にしてほしいこと?何かあるの?・・・はあ!?ツチオの服を脱がせ!?ななな何言ってるのよ!』
風邪をひかせるわけにもいかないから、水を吸った服を着させている訳にはいかない。影さんは治療に専念しているし実体を持っていないから、服を脱がせないといけないと影さんは言う。ツチオの服を脱がせるなんてそんな・・・そういう時だけだと思ってたのに。どうしようどうしよう、影さんは破っちゃっていいって言ってるけど。
『わ、分かったわよ、やってやるわよ!風邪を引いたツチオの世話をするのは面倒だし!』
風邪を引いて弱ったツチオを見たいだなんて、思ってないんだから!そりゃ、最近はルウたちがべったりで寂しかったけど・・・だからといって、ツチオに辛い思いをさせるのは違うし...。
『そ、それじゃ取っ払っちゃうわよ...』
わき腹辺りに角を引っ掛けてそのまま上に服を裂き、腕から服を抜き取る。露になったツチオの体を見て、思わず喉が鳴ってしまう。
『し、仕方ないでしょう!ツチオの裸見るの、初めてなんだもの!・・・へ、下も脱がすの!?しょ、しょうがないわね!体が濡れたままだと、気持ち悪いものね...!』
パンツまでぐっしょりだから、素っ裸にしないと。ズボンの裾を咥えて、ずるずると引っ張る。パンツ一丁姿になるツチオ・・・ぬ、脱がさないと駄目?駄目だよね...。
一気にパンツをツチオから抜き取る。口にパンツを咥えたまま、しばらく空の彼方を見上げる。み、見ちゃった見ちゃった見ちゃった!わ、忘れないと・・・頭の中から消え去らないと!
『リン、きれいだよ・・・この後ろ脚とか、本当に芸術的だ』
『ツチオ・・・う、嬉しくなんてないんだからぁ』
『リンは素直じゃないなー。どこまで続くのか、今から楽しみだよ』
『そんな、後ろからなんて・・・きゃーー!!!』
ホワンホワンホワンと、リンの脳内にそんな映像が写される。もちろん、リンはユニコーンの姿のままで。
『ってー!!!何考えているの、私ー!!!』
頭をブンブンと振って、今想像した映像を振り払う。まったく、こんな非常事態に何を考えているの!これじゃ、私がそういうことをしたいみたいじゃない!私はルウたちみたいに淫らじゃないのに...。もっとこう、恋愛小説みたいな純愛をするの!ルウとライムがどんだけ肉欲に溺れさせても、私は絶対にそんな風にはさせないんだから!
私がそんなことを考えている間に、影さんはツチオに毛布をかけて治癒魔術をかけ続けていた。影さんも見たはずなのに・・・そういうことを考えたりしないのかな?今まで一度も話してないし。何となく、何を言いたいかは分かるから問題ないんだけど。
それじゃあ、ツチオの服も脱がしたし上に戻ろう。そう思って空中に駆け上がったら、川の中からいくつかの魔力が感じられた。何だか嫌な感じ・・・落ちてきたツチオを狙って、魔獣がやって来た?影さんは治療に集中させないといけないし、まだ少し実力に不安が残る。ルウたちに無事を知らせないといけないけど・・・このまま放置するのは危険過ぎるか。
『影さん、魔獣が数体近づいてきてる。手は離せそう?・・・やっぱり無理か、それじゃ私が相手するね。このままここにいたら、多分だけどどんどん魔獣が来ると思う。長居するのは危ない、応急処置だけしたら上に戻ろう』
これ以上ツチオを傷つけさせるわけにはいかない。ツチオが死んだら私が困るんだ、ツチオを守りきってみせる。そんなにツチオを食べたいのなら、それなりの覚悟を持ってくることね!
<side ルウ>
ツチオを殴り飛ばした巨大なゴーレム、まずはこいつを倒さないとツチオを助けに行けない。幸いにも、近くにいるのはあの生徒たちだけだ。他の生徒は離れて始めているから、あいつらをどうにかすれば自由に戦える。兎にも角にも、あの生徒たちが邪魔だ。さっさとどかさないと。
「ニクロム、腕を付け替える前にあいつらを移動させて。あんなに近いと邪魔」
「分かりました、注意を引いてください」
「見た感じ、体が岩で出来ていますね・・・ですが、核の魔力は感じられません。少し気になりますが、とりあえず戦ってみましょうか」
「そうだね。一応、強化はしておこうか」
私の拳が赤く光り出す。金属のゴーレムなら、これで十分だったけど・・・ニクロムは、こいつが大量発生の原因だと言っていた。周囲に魔獣を湧かせるほどの魔物・・・油断出来る相手ではない。しかも、今回は速攻で潰さなければいけないから、本気で相手をする必要がある。こんな魔物が出たんだから、実習はこれで終わりだろう。魔力を使い果たす気でいっても大丈夫かな。
「お姉様、最初は様子見ですか?」
「そんなことをしている暇はないと分かってるけど、それで私たちが怪我を負ったら元も子もない。最初は実力を見極めないと」
「・・・っち、核の場所さえ分かれば、そんなことをする必要もないのですが」
「文句を言っても仕方ない。私は右、ライムは左から」
「同時に仕掛けます。核の場所で考えられるのは、胴体か頭です。あの巨体を動かすのですから、核もそれなりの大きさのはず。出し惜しみはしませんよ」
「もちろん、最悪ブレスも使っていくよ!」
その言葉と共に、私とライムが同時に飛び出しゴーレムに向かって駆ける。ニクロムが生徒たちの首根っこを掴んで引きずるのを横目に、ゴーレムがこちらを見るのを確認。拳を振り上げて、自分の目の前を薙ぎ払った。
宙に飛んで、その拳をかわす。ライムは一旦後退し、すぐにまた前に飛び出した。
そこへ、ゴーレムの拳が振り下ろされる。ゴーレムの癖に速いな・・・のろさがなくなったゴーレムは強敵、力は強いし頑丈、疲れ知らずで痛みも感じない。立派な重戦士だ。
振り下ろされた拳を、ライムは一気に踏み込み加速して避ける。そのままの勢いで、ゴーレムの胴に数打叩き込み離脱。相変わらず1箇所に集中している、私には真似出来そうにもないな。
ライムを攻撃していたので、私の前はがら空きだ。急降下してのっぺらぼうな頭に、落下の勢いを加えた一撃を打ち下ろす。拳が命中したところから、ひび割れていくゴーレムの頭。あれ、もう壊れる?かなり堅くて、骨が折れそうだと思ったんだけど。
見ると、ライムが殴ったところにもひびが入っている。ライムの数打で砕けるってことは、普通のストーンゴーレムと変わりない?頭の岩が割れそうなので、少し引いて様子を見てみようか。
「お姉様、あのゴーレムって...」
「ストーンゴーレムと同じ岩だね・・・ただ大きくなっただけなのかな?でも、感触的に砕けた感じじゃないんだけど」
「同感です。岩は砕けましたけど、奥にまで衝撃が伝わっていませんでした」
巨大なゴーレムの頭が割れる。岩の中から出てきたのは、ツルリとした卵型の頭だった。表面は鋼色、日光を反射して鈍く光っており、真ん中には赤い単眼が魚ロついている。・・・本体に岩がくっついていただけ、擬態するためにつけていたのか。多分、全身あれと同じ材質。体ももっと細っこいのだろう。あの状態でもゴーレムにしては速かったのに、完全に岩が取れたらさらに動きが速まるだろう。
「・・・あの体、今のままではまともに攻撃が通じませんね」
「私は大丈夫だと思う。だけど、さすがに硬そうだね。チンタラ戦っている場合じゃないし・・・どんな攻撃をしてくるか見極めたかったけど、そんなことも言ってられないか」
「お待たせしました、相手の形状が変化していますね。岩を被っていたのですか」
「あの体に、ニクロムの攻撃は通じそう?」
「重機関銃での攻撃は効き辛いと判断出来ます。近距離戦闘の篭手ならば、打撃ですので効き易いかと」
「じゃあ、近接戦闘にしようか」
「・・・いえ、1つ遠距離兵装の試作品があり、それはこのような相手と戦うのに有効なのです。ここで試用してもよろしいでしょうか」
「準備に時間は?」
「3分あれば銃撃を開始出来ます」
「3分だね、それなら大丈夫だと思う。核の場所が分からないのは、あの金属が邪魔してるからか」
「その通りでしょう。ある程度削れれば、察知出来ると思います」
「分かった。ライム、全力でいこう。そうでもしないと、時間がかかりすぎる」
「ブレスですか?」
「それは最後、使ったら戦えないからね。ブレス以外にも、全力で戦う術はあるんだよ。私だって、鍛錬は欠かしていないんだから」
「お姉様とは本当に気が合います。私も、この姿で本気で戦ってみたかったんですよ」
「それじゃ、その本気ってのを見せてもらおうかな。とりあえず、あの体を削らないことには核の場所も分からないからね」
「そうですね、まずは削ってしまいましょう。ニクロムの準備を、待つ必要はありませんよね?」
ライムの魔力が右腕に集中し始める。殺る気満々だね、まあその気持ちは痛いほど分かるけど。ツチオがいなくても、魔力の操作が出来るようになったのか・・・いや、ツチオみたいに自由に操作は出来ないか。あくまで、集中させることだけだね。
ゴーレムは足や体に腕をぶつけて、体の岩をはがしている。向こうも本気を出してくるのか・・・そんなら、その間に私も準備しちゃおう。
意識を両腕に集中させる。まずは、全体に拳と同じ強化を施す。真っ赤に発光する私の腕、ここからが面倒なんだ。ツチオに手伝ってもらっても、魔力を動かす感覚を掴むのには手間取った。これを自然にやってのけるツチオは、やっぱりすごいなーと思う。本人はたまたまそういうスキルを持っていただけと言っていたが、それだけであそこまで滑らかな魔力操作は出来ない。私たちを進化させるために、結構戦っているし・・・その結果があれなのだろう。
腕全体を覆っていた赤い魔力が、段々と変形を始める。元々竜のようだった両腕だが、どっちかと言えば人間に近いものだ、爪はあるもののそんなに長くないし、鱗も手触り重視のツルツルしたもの。それらが、完全に竜のそれへと変貌を遂げる。爪はより堅く鋭く凶暴に、後ろへは鱗が伸びている。腕の外側には鱗が変形した刃棘が生え、肩からは角のような突起が天を突く。一部竜化とでも言えばいいのかな。あんまりツチオには見せたくない姿なんだけどね・・・だって、こんなの怖いでしょ。鱗はトゲトゲしてて触れないし、大きくなって筋肉質だし...。
「凶悪な姿になりましたね、お姉様」
「ライムも負けてないよ、やっぱりツチオに見られたら幻滅されちゃうかな」
「確かに、人間から見たらこの姿は恐ろしいでしょう。見た目が人間なだけ、一層化け物感を引き立てていますし」
ライムも、私に負けないくらいの怪物っぷりだ。魔力が集中していた右腕が肥大化し、拳は全体が爪と化している。腕全体が1つの凶器となっており、全体の形状がギザギザっとしているね。左腕は人というのが、より恐ろしさに拍車をかけている。
「私は、この姿もお父様なら受け入れてくれると信じています。お父様が、私を拒絶するはずがありませんもの」
「そう思えれば、幸せなんだけどね。まあ、これなら確実に通用するでしょ。さっさと片付けるよ」
「分かっています。怨念の詰まった私の爪をとくと味わってもらいましょう」
ゴーレムも体の岩を剥がし終え、既に臨戦態勢だ。予想通り、先ほどとは打って変わってスラリとした体。きっと強くなったのだろう、本当に面倒だ。時間はかけられない、向こうが様子を見ている間に全力で倒す!待っててツチオ、今すぐに助けに向かうから!




