学院に戻って
反乱実行の旨を夜中のうちにオスニールさんに伝え、翌日の朝一で要塞を後にした。そのまま王都には寄らず、真っ直ぐ学院へと帰った。授業の準備とかもしなきゃいけないしな。
「ツチオ君、北方の奪還に成功したんだって!取り返したんだよ!」
無事学園へと到着し、久しぶりに再会して色々積もる話もあるなか、リュカが最初に口にした台詞がこれだ。まあ、歴史的大事件だもんな。一枚噛んでいるなんて、とてもじゃないが言えないな...。
「ああ、知っているよ。要塞にいたんだしね」
「すごいよね!勇者様や騎士団総出で一気に攻め込んだんだよ!すごいよねー」
「だけど、その取り返した領土はどうやって分配するんだろうな。4国で均等にってのは、さすがに王国が認めないだろうし...。魔物を追い返したのはいいけど、取り返した土地で争ったら元も子もないぞ」
「もう、今はそんなこと考えないで素直に喜ぼうよ!今は学院や都市全体で、戦勝に沸いてるんだよ!」
事情を知っているだけに、素直には喜べないな...。もしかしたら、反乱が失敗しているのかもしれない。あれからまだ、ユクリシスさんから連絡はないしな。反乱が起きたから一旦軍が引いただけで、また戻ってこないと決まったわけではない。
「そういえば、何か魔獣の捕虜をいっぱい取ったらしいんだよ・・・何でだろうね?」
そういや、逃げ遅れた魔物を捕虜にしてくれと言ってたな...。それなら、捕虜を交換に誰かが来るだろう。ユクリシスさんから連絡が来るか、捕虜の交換が来るまで、安心は出来そうにもない。
「そういや、そろそろお昼だな...。リュカ、ご飯を食べながら休暇中の話を聞かせてくれ」
「いいよ、ツチオ君のお話も聞かせてね!トリスやファルも帰ってきてるから、一緒に食べよ!」
ユクリシスさん、無事だよな...?彼女は、きっとルウ以上の強者だ。それは間違いない、魔力量的に言っても。ちょっと体に触れたとき総量を探ってみたのだが・・・正直、底が見えなかった。さすが王の系譜、先天的なものもあるのだろうが、それ以上に努力し続けていたんだろうな...。うん、きっと大丈夫。帝王になって、色々引き継ぎとかが忙しいだけだよね。
要塞を出発してからなのだが、影さんの様子がちょっと変だ。暇があれば体をウネウネ動かし、時折倒した魔獣を呑まないことがあった。どうしたんだろう、もしかしたら進化の前触れ?と思っていたのだけど・・・その予想は見事的中したようだ。
学院へと帰ってきた夜、ルウとしっぽり楽しんだ後、自分の部屋へと戻りベッドへ倒れこんだ。別にルウと一緒に寝てもいいんだけど、そうすると朝からもう1戦ヤんなきゃいけなくなるんだよな...。まだ始業日ではないとはいえ、さすがに疲れている。そういうわけで、明日は昼まで寝ようと自室へ戻ったわけだ。
ルウとの戦いでの疲れからまどろみながら天井を見上げていた俺、何の気なしに腕を天井へと伸ばしてみたところ、フニンと柔っこい何かが掌に触れた。
「・・・影さん、どうしたの?こんな真夜中に」
よくよく見ると、俺へ覆いかぶさるように影さんが四つんばいになっている。やっと暗さに目が慣れてきた・・・あれ、影さん大きくなってない?
「え、進化したの?ああ、腹に溜め込んでたトレントの生命力を吸収し終えたのか。へー・・・体も大きくなったし、何か髪っぽいものまで出来てるじゃん。でも、まだのっぺらぼうのままなんだね...。残念」
進化した影さんは、俺の首元にまで身長が伸びていた。頭からは細い黒い糸、ようは髪がばらっばらに垂れている。ボサボサだね、朝になったら梳いてあげようかな。
「うーん・・・魔力量は結構増えてるけど、やっぱりあまり変わってない。もうそういう進化に絞られちゃってるのかな。まあ、そういう従魔が必要だったし、ちょうどいいな。それにしても、体の感触もまた変わったねー」
影さんの胸やお腹を触っていく。前は水っぽくてあまり触れなかったんだけど、進化して少し固くなった。柔らかすぎず固すぎず、昔のライムを彷彿とさせる感触だな。丸っきり同じってわけじゃないんだよなー・・・ライムはプルンプルンだけど、影さんはフニンフニン。ゴム鞠とか水風船っぽい感じだね。
「影さんは人間に近いし、もうすぐ人化出来るかもね。まだライムもリンも人化してないのにね・・・まあ、元が人型だったもんな。早くなるのも当然か・・・ふわ、ねむ...。詳しいころは、明日の朝ね...」
ちょっと影さんと話したからか、強烈な眠気が俺を襲う。影さんをそのままにしたまま、俺は意識を手放した。
翌朝、寝巻きを通して感じる冷たさで目が覚める。瞼を開くと、ちょっと下に影さんの頭が。影さんと抱き合って寝ていたみたいだ、足まで絡めているので体全体が冷っこい。
「影さん、着替えたいから離してー・・・嫌じゃないです、着替え終わったら髪梳いてあげるから」
影さんを背負ったまま、何とか着替えを済ます。さて、そんじゃ梳いてみましょうか。ルウの髪を梳かしてやろうと櫛を買ったのはいいんだが・・・面倒臭がってあまりやらせてくれないんだよね...。せっかくきれいな髪なんだし、ちゃんと手入れしないともったいないと思っている。まあ、それでも全く痛んでいないから驚きだ。
「この髪、影さんの体の一部が変形したものなのかね?触った感じ、普通の髪と全然違いないし・・・ただの髪なのかな。よし、とりあえずはこんなもんか」
ボサボサで横へ広がりまくっていた影さんの髪は、櫛を通したことでサラッと後ろに流れるきれいなセミロングヘアへと変貌を遂げた。いやー、我ながらいい仕事をしたな!ただ軽く梳いただけで、ここまで変わるとは思ってもみなかったよ。他人の髪を触る機会なんて中々ないし、ちょっと弄くらせてもらおうかな。
俺が知りうる髪形を影さんで試し満足した後、レギットさんらから預かった荷物を校長に渡しにいくことにした。とりあえず、影さんの髪型は一番上手くいったツインテールにしておく。可愛いなー、愛くるしいなー。リアルでツインテールなんて論外と思ってたけど、これはアリだね。というか、影さんならきっとどんな髪型でも似合うだろうな。
校長室の扉をノックする。中から「いいよ」と声がかかってから、扉を開けて中に入る。・・・そういや、1年くらい前は校長室に行くのも緊張していたな。懐かしい。
「どうしたんだい、ツチオ。また何かやったのかい?」
「違いますよ、北方のお土産です」
校長は今日も机と向き合い、何やら書類と格闘中だ。俺は影さんの中からお土産を取り出し、備え付けの棚の上へと置いていく。
「お酒に杖に装飾品、レギットさんたちから預かりました」
「まったく・・・私をこんなもので釣ろうなんて、いい度胸をしているね。後で送り返しとこう」
「自国へ引き抜こうとしてたんですか。大人気ですね、校長先生」
「こっちはいい迷惑だね...。ツチオ、北方を奪還したって話は聞いたかい?」
「聞きましたよ、今はその話題で持ちきりじゃないですか」
「何でも、オスニールがかなり無理矢理騎士団を動かしたみたいだ。成功したから良かったものの、どうしていきなり攻めようなんて思ったんだかね...。どこからかしらないが、詳細な地図まで持ってきていたし」
「さあ、そんなこと俺にゃ知る由もありませんよ。いいじゃないですか、奪還できたんですし。そういえば、魔物を撃退するために召喚された勇者様たちは、これからどうなるんです?もう用済みじゃないですか」
「そうだね・・・まあ、多分元の世界へ帰されるんじゃないか?あの力が王国へ向いたら、どうしようもないからね」
そうか、帰れるのか...。それは良かったんだが、帰ったところではたして彼らは今まで通りの生活を送れるのだろうか?色々洗脳っぽいこともやっちゃってるし。
「そりゃ、もちろん精神操作と記憶の改ざんはするだろうな」
「あんまりいいことじゃなさそうですけど...」
「そのまま帰すよりは、勇者たちにも王国にとってもいいと思うがな。まあ、召喚なんてしないのが最良なんだろうけど」
「ですね。召喚しちゃったものはもうどうしようもないですし、せめて元通りの状態で元いた世界へ帰してほしいです。それじゃ、用は済んだので失礼します」
「明日からまた授業だ、今日はゆっくりしておくこと。いいね」
「善処しますよー」
さて、とりあえずやることは終わったな。この後は何をしようかな・・・ハロさんに新しい呪符を見せに行って、感想でももらおう。俺が気づいてないことに気づくかもしれないし。その後は、ルウたちとのんびりしてようかね。
ハロさんが来て符術という科目が追加された学院なのだが、いかんせん急な話だ。授業は魔術の中に組み込めばいいとして、教員としての研究室、教員室をどこにするかが問題になった。
ハロさんの教員室は元は倉庫だった。一応、荷物は別の倉庫へと移したものの、どうしても入りきらないものがでてくる。机やら棚やら必要なものを持ちこみ、空いたスペースに残った荷物を詰めるだけ詰め込む。そんなごちゃっとしているのが、ハロさんの教員室だ。
そんな教員室の机に突っ伏し、涎を垂らして居眠りしているのがこの部屋の主、生徒からの人気が鰻上りなハロさんだ。腕を枕にし、だらしない笑みを浮かべながら寝ている。その下には幾何学模様が書かれた紙がいくつも、夜更かしして研究でもしていたのだろう。
何やら寝言をブツブツと呟いているハロさん、彼女が普通の女性なら「うへへー、もう食べられないよー」的なお約束な台詞を吐くのだろう。だが、あいにくハロさんは普通の女性ではない!
「うへへー、こーすればいいんだー・・・菱形と格子と鎖を組み合わせればー..」
どうやら夢の中でも研究をしているらしい、寝てても覚めても頭の中は符術のことでいっぱいだな。研究者の鑑だね。お疲れみたいだし、このままにしておこうと思って教員室を後にしようとしたのだが、ちょうどその時ハロさんが起きてしまった。あっちゃー、起こしちゃったかー。
「あれ・・・ツチオ、帰ってたの?」
「ええ、つい先日。ハロさん、涎垂れてますよ。それに服装が乱れてます」
「ホントだ。ちょっと顔を洗ってくる...」
フラフラと教員室から出て行くハロさん、その動きは鈍い。あの人、ご飯も食べてないだろうな・・・購買で何か買ってくるか。走ればハロさんより早いだろうし。
俺が買ってきたパンを、モソモソと食べているハロさん。大分目も覚めてきたみたいだね。
「悪いわね、色々面倒をかけて」
「いえ、机で寝ていた時点で多少は予想していましたので。定番です」
「何のよ...。用は何?」
「新しい呪符を作ったんで、ハロさんに見てもらいたかったんです。まあ、ほとんど既存の呪符を改造しただけなんですけど...」
「うーん・・・ツチオの呪符は、私のとちょっと違うのよね。見せてもらえるのは嬉しいけど、大した助言は出来ないわよ」
「いいんですよ、誰かに見てほしかったんですから。何か発見があるかもですし」
「それなら、喜んで引き受けるわ。どこで見せてくれるの?」
「魔獣舎の近くにしましょうか、広場みたいになってるんですよ」
「よし、行きましょ」
ハロさんと原っぱにまで出て、各種火蜂と雀蜂を見せる。重符は自分でもまだ把握し切れていないので、今回は見せないことにする。
「能力を特化させたのね。そして、こっちは全体的に能力が上がっていると」
「前に見せた岩の蛇と似たような感じですね」
「ああ、あれか。そんじゃ、自爆はしない感じ?」
「そうなりますね、さすがに符がもったいないです。主な攻撃手段は、魔力で爆破です!魔力が続く限り、いくらでも爆破させられますよ!」
「針で刺して爆発させるんだ...」
「それと、魔力を発射することも出来るんです」
雀蜂が針から魔力を地面へ吹き付けると、魔力がかかった場所が燃え上がる。まあ、ぶっ刺して注入したほうが確実にダメージを与えられるんだけどな。
「よくもまあ、こんなものを考えつくわね...。魔力消費は?」
「さすがに多少は重いですけど、岩蛇に比べたら軽いですね。まあ、効かない相手もいるでしょうし、そん時は岩蛇の出番ですよ」
「私も負けてられないわね・・・さっき良さげなやつを思いついたから、早速作ってくるわ!」
「え、先生感想!」
「良い出来だと思うわよ!強いて言えば、重い火の蜂の速度、もうちょっと上げたほうがいいわよ!それじゃいくらなんでも遅すぎるわ、攻撃は当たらなきゃ意味ないもの!」
そう言って、ハロさんは校舎のほうへと走しり去っていった。ふむ、俺はこれでもいいと思ってたが・・・まあ確かに、当たらなければどうということはない。ちょっと速度を上げた奴も作ってみようかな。
「まあ、それは夜にやろう。ルウを連れてきて、木陰でのんびりしようかね。最近はずっと働きづめだったし、ちょっと休みが必要だよ、皆」
ユクリシスさんの安否は気になるが、俺にそれを確かめる術はない。果報は寝て待てということわざもある、ゆっくりと待つとしよう。




