事件発生、そのときツチオは
<side 司書さん>
昨日、書架の整理をしておいたので、今日は2ヶ月に1度の目録確認をしようと思う。大仰な名前だが、実際はちゃんと全ての本があるかどうか確認し、状態を記録する作業だ。本は高級品なので、昔は盗難が相次いだらしい。そこで、何代か前の校長が勝手に本を持ち出したら、警報が鳴る結界を張ったのだという。そのため、今ではほぼ盗難被害はないが、状態は把握しておかなければいけないので行っている。
ツチオ君が手伝ってくれたおかげで、相当早く整理を終えることが出来た。いつもなら1日がかりの大作業、その後の確認を考えただけでベッドから出たくなくなるのだが、今日はやる気に満ち満ちている。ずいぶんと手慣れていたけれど、以前にも経験したことがあるのだろうか?雰囲気や魔力も変わってるし、従魔も色々特殊なようだ。ホント、図書館にほしい生徒だ。改めて誘ってみよう。
そんなことを考えつつ、朝食をとってから職場の図書館へと向かう。職員用の入り口から中に入り、荷物を置いて入り口の鍵を開けにいく。
入り口前のロビーに出たとき、ふと張られた結界に違和感を覚える。結界は魔力の膜なので、人が通ると少し揺れる。風に揺らめく水面のような感じだ。その揺らぎは時間を置けば元通りになるので、朝の結界は揺らぎがないはずなのだ。
だが、入り口の前の部分だけ、ほんの少し揺らぎの後が残っている。よく見ようと近づこうとした時、突如真後ろに何者かの気配が現れた。
即座にナイフを抜き、その場で構える。が、後ろを向いた俺の首には、一振りの黒いナイフが突きつけられていた。光を反射しないようにした、鈍い黒のナイフだ。
「(全く気配を感じなかった...。後ろは囮、わざと気配を漏らしたのか)」
学院に潜入できるだけの魔術の錬度からして、恐らくどこかの間者。まったく、言霊とはよく言ったものだよ。昨日ツチオ君に話していたことが、そのまま実現するとは...。
「・・・どうやら、そちらも俺たちと同じ人種みたいだな」
「何のことですか?私は、ただの図書館司書ですよ」
数は2人以上、4~5人はいるとみて間違いない。装備も整っていないし、さすがに脱出は厳しい。
「それはどうでもいい。禁書庫の罠を解除しろ」
「一介の司書である私に、そんなことが出来ると思いますか?」
「お前でなくてもいい、他にも手段はある。10秒で決めろ」
自殺願望はないので、ここは素直に従っておく。すいません、校長。
「分かった、解除する」
「よし、禁書庫まで歩け」
首にナイフを添えたまま、禁書庫まで歩いていく。書庫の前では、2人の黒いフードと仮面をかぶった奴らが、地面に描かれている魔法陣を弄くっている。後ろからは2人来ているから、全部で4人だな。
「解除は出来そうか?」
「出来なくはないが、構造が複雑で時間がかかる。そいつに解除させたほうが早い」
「そういうわけだ。さっさとしろ」
地面に膝を付いて、仕掛けておいた罠を解除していく。どんなに強力なものでも、かからなければ意味がない。本当にその通りだな。
「・・・終わりました」
「どうだ?」
「全部解けている、もう罠はないだろう」
「もういいでしょう。解放してもらえませんか?」
「ああ」
そういって、首に手を当てバチン!と電流を走らせる。私は膝から崩れ落ちた。
「生徒が来る前に撤収するぞ、さっさと目標を回収しろ」
「「「了解」」」
禁書庫に入っていく間者たち。十分に離れたことを確認してから、私は立ち上がる。まだまだ爪が甘い、ちゃんと落ちているか確認しなきゃいけない。
「とりあえず、奴らを逃がさないようにしないと。罠を直して、図書館内に閉じ込めてしまいましょう」
罠を直してから、緊急用の結界を発動。図書館を封鎖して、入口に本日休館の札をだしておく。これでしばらくは大丈夫なはず、禁書に手を出す馬鹿ではないでしょうし。まずは、校長に連絡しなければ。
<side ツチオ>
「え、臨時休校?」
「うん、さっき先生が来て言ったんだ。ツチオ君がトイレに行ってる間だよ」
「突然どうしたんでありますか?」
「臨時ってくらいですから、何かあったんでしょうか」
「俺たちが気にしてもしょうがないだろ。校舎には入れるんだろ?魔術の訓練でもしてたらどうだ。早くしないと一杯になっちますぞ」
「そうしようかな。ツチオ君は?」
「ルウたちと遊んで、図書館にでも行こうかな」
休校か...。授業が楽しいから、そこまで嬉しくはないな。のんびりと過ごしましょうか。
朝食を終えて、すぐに魔獣舎へと向かう。従魔と訓練するためか、いつもより多くの生徒が来ている。ちょっと離れたほうがいいかもしれない。
「今日は休校だから、一日中一緒にいられるぞー」
「グルゥ!」
「・・・!」ぷるぷる!
「ブル」
一日中一緒にいられるということで、ルウたちのテンションも大上がり。リンは一見興味なさそうだけど、さっきからこっちをチラチラ見ている。隠せてないぞー。
魔獣舎の周りは人が多いので、少し離れた図書館のそばまで移動する。入り口に人だかりが出来ていたので、ルウたちに待ってもらって見に行ってみる。
図書館の入り口には、本日休館を書かれたプレートが下げられていた。えっと、確か休館は明後日だったはず。どうしたんだろう、一体。
よく見ようと横から回り込んだとき、図書館の壁に手をつく。そこから感じられる魔力が、いつもとは少し違っていた。
これは周知の事実なのだが、図書館には警戒用の結界が張られている。魔手で図書館の壁を触ると、その結界の魔力を感じることができるのだ。いつもの警戒用結界は、薄い膜のような感じだ。だが、今日のはかなり厚い。これは警戒用というより、防御用だよな。まるで亀の甲羅だ。何のために?外から攻撃されてるわけじゃないから・・・中に何かを閉じ込めてるのか?
・・・そういえば、昨日禁書庫にはヤバイ魔獣を封印している本があるって、司書さんが言ってたな。もしかして、誰かが誤って封印を解いちゃって、図書館内に封じているとか。それなら確かに、休校になるのも頷ける。今頃、先生たちは対応を協議している真っ最中なんだろうな...。
まあ、それはあくまで予想。いや、妄想にすぎない。防御用の結界なんて、感覚で言ってるだけだしな。実は警戒用かもしれないしね。休館じゃ本も読めないし、今日はルウたちと遊んでいるしかないな。
「くいくい」
「ん、来ちゃったのか?今日は図書館が休館ってだけだよ。ほら、ルウたちのところに戻ろう」
「こく」
そう図書館に背を向けた時、突然図書館内に大きな魔力が発生する。何事かと振り向いた途端、入り口の扉が木っ端微塵に吹き飛ばされ、巻き起こった突風で近くの生徒たちは吹き飛ばされた。俺もまともに風を受けてしまい、後ろへと飛ばされる。ライムは重いので、その場で持ちこたえたようだ。
図書館の中から、扉を吹き飛ばしたやつが出てくる。そいつは、赤い肌を持ち、背中にはこうもりのような翼。足と腕は黒い毛で覆われていて、鬼のような顔に真っ黒な2本の角を持っている、悪魔だった。
入り口から出て、辺りを見渡す悪魔。この場には、吹き飛ばされて倒れている生徒と、1人だけ立っているライムしかいない。
「ライム!そのまま逃げろ!」
「・・・ふるふる」
首を横に振るライム。何で逃げないんだよ!力の差が分からないわけないだろ!
「いいから逃げろ!そのままじゃ襲われるぞ!」
「ガアァ...」
立っているライムが気に入らないのか、悪魔は深く腰を落として拳を構える。くそ、ルウとリンはどこだ!?このままじゃライムが...!
ドン!と音がしたかと思うと、悪魔が一気にライムとの距離を詰める。振り下ろされた拳は、ライムの右半身を捉え、吹き飛んだ。
「あっ...」
ビチャリと地面にかかるライムの体。半身を失ったライムは、そのままドロドロと崩れていった。
目の前でライムが崩れ落ちた。悪魔は雑魚を殺せて嬉しいのか、ゲハゲハと笑っている。
「ライム...?」
ライムが死んだ?ついこの前、進化したばっかりのライムが?やっと1人で戦えるって、俺に守られるだけじゃなく守ることが出来るって、喜んでいたライムが?
怒りで視界が赤く染まり、すぐに元へと戻っていく。だが、俺の怒りはとどまるところを知らない。腸が煮えくり返り、血液が沸騰するかのような感覚に陥る。
「グルル!」
「ブル!」
ルウとリンがやってくる。どうやら、図書館の職員入り口から出てきた、黒ずくめの奴らをボコッたみたいだ。そいつらが大本の原因だろうな、後でお礼をしてやらないと。
ルウとリンが、崩れたライムを見つける。そばで笑っている悪魔も。それと俺の怒りで、状況を全て察してくれた。
「ルウ、リン」
「・・・グル」
「・・・」
ルウは辛うじて返事が出来ているが、リンはそれも出来ないか。体が電流を帯び、バチバチと火花を散らしている。
よく小説で、本気で怒ると怒りを通り越して逆に冷静になる、と読んだことがある。その時は半信半疑だったが、今だとはっきりと実感できる。激情のあまり魔力が高ぶり、俺の中で暴れまわっている。ただ冷静に、あいつを殺さなければ気が済まないと思う俺がいる。いや、殺してもきっと気が済まない...!
「とりあえず、あいつを殺すぞ」
「GRAAAAAAAA!!!!!!」
「BRUUUUAAAA!!!!!!」
俺の怒りに呼応するように、ルウとリンの感情が爆発する。ルウの魔力は噴火のように膨れ上がり、リンの魔力は放電のように弾けとぶ。
一気に魔力を最大にまで引き上げ、悪魔へと飛翔するルウ。突進しながら噛み付き、そのまま空へと舞い上がる。悪魔はいきなりの攻撃に、まったく反応が出来ていない。空高く舞ったルウは、急降下して地面へと悪魔を叩きつけた。クレーターが出来るほどの衝撃を身に受け、たまらず血を吐く悪魔。
「精霊よ、我が怒りをもって僕へ雷の一撃与えん、鳴神!」
魔力がゴッソリと持っていかれ、危うく気絶しようになる。足を踏ん張り、それを耐える。魔力不足なんかで、気絶してなんかいられない。魔力は少ないけれど、より激しく燃え上がる。
俺が今出来る最高の支援魔術を受け、リンの角が真白の槍のように変化する。体を覆う電流が一際強く輝き、次の瞬間悪魔の胸を貫いていた。
「ガアアアア!!!???」
辺りに人肉が焼ける臭いが広がる。リンの突進は悪魔を貫いても止まらず、そのまま図書館へ突っ込む。結界に皹が入るほどの衝撃に、悪魔がさらに悲鳴を上げる。だが、リンはそれでも止まらない。さらに頭ごと角をねじ込んで、後ろへと下がった。その場には、胸を雷の槍で貫かれ結界に縫い付けられている悪魔だけ残った。
悪魔はまだ生きていて、胸に刺さっている槍を抜こうと手を伸ばす。だが、突然槍が輝きだし、悪魔の手が止まり苦しみだす。
光はどんどん大きくなっていき、ついに悪魔の体を覆い尽くす。バチバチと火花を散らす、電気の球に包まれた悪魔。そして、球に込められた俺とリンの魔力が解放された。
地から天へ、一筋の雷光が立ち上る。雷が消えた後には、丸焦げになった悪魔だったものが倒れていた。
「リン、生きてるかどうか分からないが、止めを刺しておけ」
「ブルル!」
電気で出来た斧が、悪魔に向かって振り下ろされる。どうやらすでに事切れていたようで、悪魔の死骸は塵となって吹き飛んでいった。
「・・・後は、あの黒尽くめの奴らだけだな」
あいつらが禁書庫に侵入して、あの悪魔を召喚したのだろう。悪魔を殺しただけじゃ、この怒りは収まらなかった。なら、そいつらにどうにかしてもらうしかないよな?人としての責任を果たしてもらおうか。
言い訳は次話の後書きでします、だから感想は次話を読んでからにしてください!
後、次話に微グロ表現が入ります。いや、そんなにグロくはないかな?保険はかけてあるから、大丈夫だよね、きっと。




