進化した、その後の思い、そして私は誰でしょう?
「えーっと...。精霊よ、大地を隆起し壁となせ、土壁」
地面が盛り上がり、1枚の壁となる。高さ2~3mほど、盾くらいにはなりそうだ。
「精霊よ、繋がりを絶ち細となせ、分解」
ボロボロと土に戻る壁。ふう、詠唱を覚えるのも大変だ。まあ、他の人よりはイメージでカバー出来る分が大きいから、マシなんだろうけどね。
ライムがミスリル鉱の消化を始めてから、もう何時間経っただろうか。昼ごろから始めたはずなのに、もう日が傾いている。まだ半分も消化できていないから、さらに時間はかかるだろう。その間、休憩を挟みながら魔術の訓練をしていた。支援魔法は種類が多いので、使う魔術は絞っていかなければならない。俺の場合は、基本強化する直接支援だけど、今やっていた壁の魔術みたいな間接支援も多少はやる。
「そろそろリンたちも帰ってくるかな。ライム、迎えにいこう」
「こく」
裏口に向かって、リンたちが帰ってくるのを待つ。その間も、ライムはミスリル鉱を溶かす作業を続けている。明日には全部消化できてるといいけど...。
数分経った後、遠くにリンの影が見えた。空にはルウもいるし、どっちも動きにおかしいところはない。どうやら、怪我とかはしてないみたいだな。よかった...。
「おかえりー」
「グル!」
「ブル」
「お疲れ様、とりあえず魔獣舎に戻ろう。ここじゃ、通行の邪魔になっちゃうかもだし」
ルウたちと一緒に、魔獣舎まで戻る。そこでルウとリンは、背中に乗っけていたものを下ろした。お土産か、毎度ご苦労様。
今日ルウたちが持って帰ってきたのは、ゴブリンが4体だった。だが、多分どれもただのゴブリンではない。ローブを着ているし手には杖を持っている、魔法使い系のゴブリンかな?
「どこまで行ってたんだ?」
「グル」
「へー、マロンマ山にリベンジにね。行ったのはいいけど、1回も戦闘らしい戦闘はしなかったもんな。ゴブリンはどこにいたの?」
「ブルル」
「ああ、麓の森ね。こんな魔法使いみたいなのがいるってことは、巣にでも突撃したのか?」
「グル、グルル」
「近くにいっただけね、そんで魔法を使う奴が出てきたから持って帰ってきたと...。うん、ありがとな、2人とも」
ルウとリンの頭を撫でてやる。相変わらずリンは避けてしまうから、後で別に撫で直しておかないとな。
「んじゃ、食べちゃってライム。ローブとかもまとめてな」
「こく」
まだ微かに息のあるゴブリンたちの口に、毒液を流し込んでいく。ビクビクッと痙攣しかたと思うと、白目をむいて絶命していくゴブリンたち。そいつらを、ライムは包み込んで消化していく。強化されたおかげか、肉を溶かすスピードもかなり速くなっている。これなら、30分もかからないんじゃないか?
「それで、魔力は集まったのか?」
「グルル!」
「ブルルゥ」
「ん、それならいいんだ。ライムはまだまだ、進化するペースが速いよ。まあ、そろそろ落ちてくると思うけどね」
そういや、ライムってどうやって進化していったか、よく分からないんだよな...。ちょっとまとめてみよう。
まず最初、ライムはただのスライムだったな。森でテイムしたんだから間違いない。その後、毒草や溶解液・金属を与え続けて、ゴブリンエリートを食べて人型になった。多分、ここが最初の進化だな。人型のスライム、とりあえずヒューマンスライムと呼称しよう。
ヒューマンスライムになったライムは、毒草などを食べつつルウがお土産として持ってくるマーマンを食べ続けた。そこで体がちょっと大きくなったりしたけれど、それはただ成長しただけだろう。進化ってほど、大きな変化ではなかったしな。そして、実習を経てマロンマ山で蜜毒の加護をもらい、紫色に変化したと。これは進化といっていいものなのか...。マーマンを食べ続けたら、体は水色っぽく変化していた。それみたいなものなのかな。属性の変化、とでも言えばいいのか?前は水だったけれど、今は毒ってこと。
ってことは、色々変化しているけど実質1回しか進化はしてないってことになる。そう考えると、まだまたライムは進化する余地があるよな。むしろこんだけやってんのに進化してないなんて、遅いよな。・・・いや、逆に考えるんだ。遅いのではなく、もうすぐ進化するのだと...!
まあ、進化のタイミングは分からないけれど、ルウたちよりは早く進化するだろうな。気長に待つとしましょう。
「んじゃ、俺はルウとリンの晩ご飯をもらってくるよ。量は少なめでいいよな?」
「グルゥ」
「ブル」
「了解、けっこう少なめな。待ってろよ」
さっさと運んで、俺もご飯を食べないと。時間がなくなっちまう!
翌日、まだマロンマ山の話を聞かせてほしいというトリスを振り切り、魔獣舎へと向かった俺。そこで最初に目にしたのは、表面が光沢を帯び全体的に少し銀色っぽくなって、常温でも液状の金属になっているライムだった。
「・・・ライム?」
「こくこく」
「・・・ええええええええ!!!???ちょ、どうしたのライム!?え、何これ!?どっからどうみても金属じゃん!ドロドロじゃん!あのプニプニボディはどうしたの!?」
「・・・」ぷるぷる
「過去に置いてきました!?って、敬語!?敬語を使うようになったのか!?」
昨日も今日も、ライムには驚かされられっぱなしだよ...。
「こほん、状況を整理しよう。まずライム、これは進化したってことでいいんだよな?」
「こく」
「うん、よかったな。おめでとう。で、次の問題。ライムは一体どんな魔獣になったのか、ってことだ」
しばらく騒いだ後、もうすぐ授業だということに気が付き、とりあえず放課後までこの問題を持ち越した。ルウたちは、今日は魔獣舎で待機してもらっている。一応、念のためにだけどね。
そんなわけで、ソワソワしながら授業をこなして、放課後になったらすぐに魔獣舎へ向かった。今はライムに話を聞いている最中だ。
「見た感じは、はぐれメ○ルが人型になった感じなんだよな...。いや、メ○ルクウラのほうが近いか?ライム、体は金属で間違いないんだよな?」
「こく」
そこらへんは、昨日もらったミスリルが大きく作用しているんだろうな。恐るべし、魔法銀パワー。たったあんだけで、進化先にまで影響してくるとは...。加護で絞られている中で、よくこんなピッタリな進化先があったもんだ。
「その金属は固体?それとも液体?」
「・・・」ぷる
どうやら液体みたいだ。常温で液体の金属って、水銀だけだよな。いや、俺たちの世界の水銀かどうかは分からないけれど...。まあ、水銀のようなものだろうな。ライムは水っぽい感じだったし、ミスリルは魔法銀。毒って意味でも、水銀は当てはまるしな。公害の原因にもなったし。硝酸には要注意かな、魔法的防御でも出来ればいいんだけど。要は、液体金属系人型スライム?よく分からない感じになっちゃったな。
「それじゃあ恒例の、新しく出来るようになったことを教えてください!」
「・・・」ぷるぷる
ライムが腕を振るうと、鞭のようにしなって伸びていきドゴッ!と壁に穴を開ける。
「おお、さすが金属。比重が重いもんな」
「ふるふる」
「ん、別のところ?」
手を見せてくるライム。よく見てみると、指先が鋭く刃のようになっていた。その上硬化もしているらしく、地面を軽く叩くとカチンカチン!という音がする。
「これって・・・爪攻撃?」
「こく」
まだ硬化は狭い範囲でしか出来ないらしいが、攻撃にも防御にも使えるらしい。元々スライムは柔らかいので、斬撃は効きづらい。打撃も核を捉えない限り、そんなに脅威ではないようだ。魔術やリンの雷撃みたいなやつは逆に効きやすいみたいなので、注意しなければならないけれどね。何が言いたいのかというと、
「ちゃんと自分で戦いたい、ってことか?」
「こく」
スライムは弱い。大した攻撃手段を持たない上に、物理攻撃は効きづらいといったが、実際はそんなの関係ない。踏まれただけで殺される、虫けらのような存在。それがスライムだ。
基本的に、スライムは他の魔獣が食べ残したものや、雑草などを食べて生きる。なぜなら、生き物を殺せないから。取り込んでしまえば消化できるが、体の中で暴れられたら自分がもたない。そのために、相手を弱らせなければいけないのだが、スライムにはそのための攻撃手段がない。そんな神様に恨まれているかのような、不遇生物なのだ。
今までのライムは、言ってしまえば確かに雑魚だ。最初の頃は言うまでもなく、進化した後も戦力になるとは言いづらい。手足が出来て攻撃手段を持っても、体が柔らかくってダメージなんか与えられないからだ。魔術も攻撃用はまだ使えない、だからルウたちに強くしてもらうしかなかった。
だが、今のライムはそうではない。ちゃんとした攻撃手段を獲得し、体もそこそこ頑丈になった。毒も生成できるから、少し格上とくらいなら渡り合える、ライムはそう言っているのだろう。
「・・・別にライムが戦わなくても、ルウたちが死にかけの魔獣を持ってきてくれる。そっちのほうが、断然楽を出来るぞ。疲れるし怪我をするかもしれない、死ぬ可能性だってある。それでも、自分で戦うのか?」
「こく。・・・」ぷるぷる
楽して得た力なんて、何の役にも立ちはしない。ゴブリンエリートの主を見て、はっきりと感じた。自分の中で、何かが絶対にあんな風にはなるな。自分の道は、自分で切り拓かなければいけない。そう言っているのだと、まだ幼い思考を全部使った一生懸命なライムの答え。ちょっと前まで、自我を持っていなかったスライムとは、到底思えないはっきりとした考えだ。
「ん、分かった。けど、1人じゃまだまだ心配だ。必ず俺たちと一緒に行くこと、いいね?」
「こく!」
死んだ目で俺に殺してほしいと願ったゴブリンエリート、あいつを無駄死にさせないためにも、俺はしっかりとライムを強くしてやらないといけない。そう思った。
「んで、ライム。自分で戦うと決めたのはいいけれど、どういう感じで戦うんだ?基本は爪攻撃だよな?」
「こく」
鞭のようにしなる腕。けっこう伸びるようで、3m先にある木の表面を抉ることまで出来るみたいだ。
「その手から、直接相手の体内に毒を入れることもできるよな?」
「こく」
指先からトロリとした液体が地面に垂れる。あれが毒液か・・・恐いなー。
「毒って、色んな種類があるの?」
「こく。・・・」ぷるぷる
今のところは、劇毒・麻痺毒・幻覚毒しかないみたいだ。そんだけあれば十分だろ。
「ってことは、相手と距離を開けながら細かく攻撃していって、相手に毒が回るのを待つって感じだな」
「こくこく」
「まあ、それはそれでいいとして。1つくらい、強力な技を持っていたほうがいいと思うぞ。リンの突進みたいにさ」
そのほうが、戦術的な幅が広がるからな。毎回の戦闘が長期戦になっても、面倒だしね。
「そうだ!腕をこう捻ってさ、一気に突き刺す感じに出来ない?」
「・・・」ぷるぷる
ライムが腰だめに腕をかまえて、一気に前に突き出す。先端がドリルのように回転しながら進み、深々と木に突き刺さった。抜いてもらって深さを測ると、10cm以上刺さってる。
「これは・・・イイな!」
「こくこく!」
少しためが必要だけど、それに見合う威力はある。これが頭に命中すれば、ほぼ確実に倒せるんじゃないか?魔法的防御をされてたら、さすがに厳しいかもだけど。
「それじゃ、出来るだけ速く繰り出せるよう、練習していこうか」
「こく!」
ルウたちも進化させてあげないなー。そっち優先でいってもいいかもしれないね。
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『私のお父様はとても素晴らしいお方です』
『あんなに弱く、ただ殺されるだけだった私が、殺す側へと変身したのです』
『守られるだけだった私が、お父様を守れるようになったのです』
『ああ、なんて喜ばしいことなんでしょう!これで、お父様を害しようとするゴミどもを、殺すことが出来るのです!』
『あの豚がお姉さまに穢しい視線を向けた時、お父様へその腐った口を開いた時。あの時私にこの力があれば、すぐさま塵も残さず溶かしきったものを!』
『ですが、まだまだ力は必要です。この世には、蜜毒様方のような常軌を逸している力を持つものもいるのです。そんな時、私にはお父様を守る力が必要なのです』
『これほど強くなったのにも関わらず、お姉さま方にはほど遠い。肩を並べるのに、後どれほどの時間がかかるのでしょう?私ももっと強い種に生まれていたのなら・・・いえ、そうだったらお父様には出会えていません。今更嘆いたところで、状況は好転しないのです』
『少しでも力がほしい。お父様を守る力がほしい。お父様を害しようとする者を殺せる力がほしい。お父様の大切な物を奪おうとする者を殺せる力がほしい。お父様を連れ去ろうとする者を殺せる力がほしい。お父様を私から引き離そうとする者を殺せる力がほしい。お父様に色目を使う女狐を痛めつけられる力がほしい。お父様を誘惑する阿婆擦れを殺せる力がほしい。そのためには、これだけでは足りないのです』
『昼間に壁に穴を開けておくことが出来ました。お父様は私を人型だとお思いですが、本当は不定形。どのような形も取れるのです。少しでも人化に近づくため、普段は人型を取っているのですけれど、実は液状なんですよぉ?』
『人化すれば、きっとお父様に求めていただけます。そう思うだけで、今から体がトロトロ蕩けてしまいそうです。親と子の禁断の愛・・・はぁ、何て甘美な響きなんでしょう...』
『ほうら、もう抜け出せました。やっぱり、人間はお父様とお父様が認めた人以外、どうしようもない馬鹿な奴らです。それでは、夜の狩りへと出かけましょう。死んでしまってはお父様を悲しませますから、まずは近場から始めましょう。段々と強くしていけばいいのです』
『うふふふふ、お父様。私、頑張りますよぉ。お言いつけを破るのは心苦しいですけれど、お父様のためですから仕方ないですよね?』
『待っていてくださいね、お父様。私、いっぱい魔獣を殺して、もっともっと強くなりますからねぇ♪』
人化は最後までお預けなの!?という感想をいただいたので、最後は従魔視点にしてみました。誰かは・・・考えるまでもないですよね。一応、ヒントはドラゴンです。




