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そして、10年後

量が普段の倍くらいになっちゃいましたけど・・・一気に投稿しちゃいます。

 多くの貴族たちが集まりザワついている、王国王城王座の間。国王が政を行う、王国の権力の中心。普段は、大臣からの報告や国民からの陳情を聞き、それに応答するために使われている場所。そこに今、王国中の貴族は集まっている。赤いカーペットの敷かれている真ん中を囲むよう、騎士が剣を掲げて立つ。

 その先にあるのは、国王が座る王座。若き頃、戦場の最前線に常に立っていた勇猛な王。今でもその面影は残っており、遠目からでも鍛えられた体であるのが分かる。白髭の下のその顔には、微塵にも緊張など浮かべてはいない。余裕の笑みを浮かべている。前もって打ち合わせているとはいえ、あそこまで隠せるのはさすがだ。

 背後にも近衛騎士が控え、王に最も近い所には大臣や有力な貴族などが立っている。中には高齢であるが全く腰が曲がっていないローブの女性の姿もあるが、そこまで背が高くないので人垣に隠れてしまっている。

 行うことの内容もあって、出来る限りの警備がなされている。貴族や騎士全員の身分・身体検査は抜かりなく済ませており、第2の壁から入るのも制限。見回る兵士たちの気合の入り方も、尋常ではない。


 そんな緊張で満ち満ちている空間が、突如破られる。王座の反対の扉がゆっくりと開き、1人の豪奢な鎧をまとった騎士が一歩前に出た。


「ザクリオン帝国帝王、ユクリシス・ザクリオン様をお連れ致しました!」


 そう声高に叫ぶ騎士の横を、1人の女性が通り過ぎ颯爽とカーペットの上を歩く。青を基調とし、所々に白いレースのあしらわれた清楚なドレス。長い金髪はサラサラと風にたなびき、シャンデリアの光を浴びて星屑のように輝いている。

彼女が歩くたびに鳴る、かちゃかちゃとした金属音。その腰には、銀色の鞘に収まった長剣が。普通なら絶対に、近衛以外は持ち込めない剣を、彼女はどうやったのか平然とした様子で帯剣している。


「お初お目にかかります。剣を帯びている無礼、どうかお許しください。直前になり少々気になる情報が耳に入ったため、念のために持ってきたのです」

「構わぬ。帝王殿なら、そこらの近衛とは比べにならないほどの実力であろうからな。その気になれば、儂の首など一瞬であろう」

「いいえ、王も大層な腕前と聞き及んでおります。数瞬はかかることでしょう」


 不穏な会話に、近衛たちが柄に手をつけた。が、王がそれを諌める。帝王が気になると言う情報、わざわざ帯剣までしてくるほどの情報だ。近衛が警戒しなければいけないのは、帝王ではなくその情報についてだろう。


「既に警戒はしていますわ。情報も伝えていますので、騎士たちは貴族たちを」

「では、早速始めようか。今日は、一体どのような話を?」


 騎士たちが下がるのを見て、国王が本題に入る。もちろん、何の用で来たのかもう聞いているだろう。事情を知っている方からしたら茶番としか見えないが、外交なんてそんなものだ。水面下での話し合いこそ、本番なのである。


「我が帝国と王国が通商を開始してから、今日でちょうど5年ですわ。為替制度も安定し、資源の行き交いも盛んです」

「そうであるな。今では、こちらの大陸全ての国と取引をしている。当時はどうなるかどうか心配ではあったが、今までの様子を見ると杞憂であったようだ」

「ええ。嘗ては戦をしていた両国も、今ではお互いに欠かすことの出来ない存在となりつつあります。ですので・・・この5周年を期に、国同士で交流を持つことを提案しに参りました」

「国同士の交流・・・国交を結ぶということか?」

「ええ、その通りですわ」


 国交を結ぶという言葉に、周囲の貴族たちのザワつきが一層大きくなる。それもそうだろう。帝国との戦争が終わってもう10年以上たち、経済面での交流はかなり深まっているが、魔物に対しての風当たりは強い。過去は忘れて今を生きようと言う人たちも多いが、未だに魔物を恨んでおり絶滅させるべきという意見も少なくはない。目立った暴動などは今は起きていないが、通商を始めた時には色々と騒ぎが起きたのも記憶に新しい。保守的な貴族たちは「もう少し様子を見たほうがいい」と言い、過激派に至っては「今すぐあの売女を殺せ!」などと叫んでいる。少数派だから、かなり浮いてはいるが。


「少々勇み足ではないか?確かに経済面での繋がりは深まってはいるが、早過ぎるという気がしなくもない」

「兵は拙速を尊ぶと、私の知り合いが言っていました。通商が始まって5年、確かに早いかもしれません。王国の中にも、魔物と交わす言葉などないという人も多いでしょう。ですが、それは彼らが私たち魔物を知らないからです。あの時から前に進むため、お互いの国の発展のために、国交は不可欠だと私は考えます」

「・・・なるほどな」


 髭を手で扱く国王。帝王の言っていることは、決して間違ってはいない。両国の交流により、発生する需要は大きなものとなる。それこそ、反対派を押し切って、国交を結べるほどに。だが、その反対派の脅威というのは、決して小さいものではないのだ。有力な貴族や魔物の被害を直接受けた人々、要塞都市に住んでいた人や北方の村人たちなど。彼らが反乱でも起そうものなら、大きな被害が出ることは確実。そのような危険を冒すと決めるのには、強い判断力が必要となる。凡庸な王なら、避けたい選択であるだろう。

 だが、この国王はそうではない。戦場で養った物事を見通す目と、鋭い勘を備えている。帝王と同じく、この国王も王たる器を持った人物だ。勇者召喚を行った前王だったら、恐らく前段階で拒否していただろう。大きな騒ぎになったが、国のためにそれだけの価値はあった。


「いいだろう。我が王国は、貴君の帝国と国交を結ぼう。書簡は?」

「こちらに」


 いつの間にか、帝王の後ろに控えていた獣人のような青年が、帝王に巻物のような書面を渡す。貴族たちは何時現れたのか分からないようで驚いているが、彼は最初からついてきていた。邪魔にならないよう、気配を消していたのだ。気が付いていたのはほんの数人、いつでも動けるよう構えていた。

帝王が、国王に直接書面を手渡す。巻物を広げて、秘書官らしき帽子を被った青年からペンを受け取り、内容に目を通して署名しようとしたその時。大広間中に、女性の声が響き渡った。


「その署名、させられませんわ」


 どこからともなく聞こえてきた声に、貴族たちは主を探して首を振り回す。そんな首振り人形となった奴らを、騎士たちが先導して予め決められていた道に沿って避難させていく。動かないのは、国王と帝王、それと側にいた人たちだけ。


「・・・はて、帝王殿よ。これは一体誰の声だ?署名させられないと言っているが」

「さあ、国王殿。相手を見なければ、私としても何とも言えませんわね。確かに聞き覚えのある声ですけれど、本当に彼女かどうか分かりませんの」

「白々しい...。我が主を殺して、よくもそのような口が聞けますわね」


 シャンデリアの上に、蝙蝠のような翼を持った女性が、黒い靄と共に現れた。前は美貌の持ち主だったのだろうが、その頬は痩せこけ目の下には濃いクマがありありと見て取れる。目だけが生気と怨嗟に満ち溢れて、爛々と輝いていた。


「お久しぶりですね、ユクリシス様。10年振りでしょうか」

「そうですわね、アルミラ。あれから随分と探しましたけど、全く見つからなかったですわね。一体、今までどこに隠れていたんですの?」

「これから死に行く者共に、聞かせる話などありません。私が聞きたいのは1つ、あのツチオという人間はどこにいるのですか?彼を差し出せば、この王国には手を出しません。差し出さなければ・・・都を落とします」

「そのようなこと、出来ると思っているのか?王都3重の壁は厚い、生半可な攻撃ではビクともせんぞ」

「大層な自信ですわね、人間の王。転移魔術で内側に入れれば、壁などあってないようなもの。確実に落とせます。ツチオはどこです、1分以内に引き渡しなさい」


 貴族の中から、さっさとそいつを引き渡せ!という声が聞こえてくる。何も知らない彼らからしたら、1人の命で国が救われるのだから安いものだ。だが、アルミラは何時まで王国に手を出さないとは明言していないし、帝国のことは言ってすらない。例え渡した所で、侵略しに来るに決まっている、彼女が前帝王グランニールの意思を継いでいるのなら、絶対に。


「渡すと思って?そう思われてたのなら、心外ですわ」

「そうでしょうね。では、下で右往左往している人間に、痛い目に会ってもらいましょう」


 シャンデリアを吊るしている鎖を、腕を一振りし斬る。下には、パニックになって形振り構わず逃げようとした一部の貴族のせいで、大渋滞を起している人波が。鎖を切られたのを見て、悲鳴を上げる貴族たち。そのまま下敷きになるかと思いきや、壁際から飛び出した紅い影が真下に潜り込み、両腕でシャンデリアを支える。頭上で受け止めている者を見て、驚いた様子の貴族たち。


「ふう、何をするかと思ったらシャンデリアを落とす、ですか。魔術じゃなくて良かったですよ」

「・・・そこにいたのですね、ツチオ。グランニール様の仇...!その罪、苦しみの中で生き続ける死を以って償いなさい!」


 国王にペンを渡した青年が、帽子を脱ぐ。黒髪に彫りの浅い顔立ちの青年を見て、アルミラと呼ばれた女性が歪んだ笑みを浮かべた。


「何のことだが分かりませんが、ようやくここまで持ち込んだんです。台無しにさせるわけにはいきません」

「もう、手遅れです。既に配下は壁の中に転移しています、この都が落ちるのも時間の問題...」

「ああそのことだがね。王都内には、転移出来ないよ」


 大臣たちの中の小柄な老女が、そう言い放つ。王立学院校長、マクスウェルだ。


「あんたが来た時はなかったんだろうけど、昨晩から王都を結界が包み込んでいて、結界内に転移出来ないようになってるのさ」

「そうですか。それなら、外から攻め落とすだけです。私の集めた精鋭たち、人間のような脆弱な兵など敵ではありません。例え落とせなくとも、国交など結ぶのは不可能となります。それだけでも十分です」

「俺と帝王を殺すのが、目的ではないのですか」

「それも、目的のうちの1つです」


 青年と女性が睨み合う。お互いの戦意と魔力が高まっていき、一瞬即発の空気が張り詰めていた。





<side ツチオ>


 案の定、国交締結の場で攻撃を仕掛けてきたな。いきなり魔術ぶっ放されたらかと思うとヒヤヒヤ物だったけど、シャンデリアを落とすのに止まって良かったよ。貴族に被害が出たら、保守派が一気に締結見送りに靡くだろうし。


「ツチオ」

「ナイスキャッチ、ルウ。早々悪いが、戦闘だ」

「うん、懐かしいね」


 シャンデリアを受け止めたルウが、床に安置させて俺の前に立つ。拳を握り足を開いた、いつでも飛び出せる前傾姿勢。相手の力量が読み切れない以上、警戒を怠ることは出来ない。


『ツチオ、大量の魔物が壁の外側で出てきたわよ!』

「了解、そっちはそっちで迎撃を頼みます、ハロさん。岩蛇たちの管制も、一任しちゃいますんで」

『分かったわ、そっちも頑張ってね!』


 どうやら、中に転移出来なかったアルミラさんの配下の魔物たちが、壁を崩そうとしているようだ。対策は既に講じているし、向こうに任せちゃっていいだろ。気にしながら戦えるような相手じゃないってのもある。


「ったく、執念深いったらありゃしないわね...。10年も前のことなのに」

「魔人の寿命からしたら、10年なんてあっというまですよ、リンちゃん。復讐のことばかり考えていたのなら、尚更です」

「・・・そういえば、あなたは魔人を侍らせていましたね」


 大広間内の柱の影から出てきたライムとリンを見て、より強く俺を睨むアルミラさん。屋内じゃ銃撃戦は難しいだろうし、ニクロムには外に行ってもらっている。あまりこの場を荒らすわけにもいかないからな。


「ユクリシスさん、しっかり王を守ってくださいね」

「任されましたわ、私の分まで倒してしまいなさい!」


 その言葉が、開戦の引き金となった。頭上に巨大な黒い球が現れ、線状に弾けて黒い雨が降り注ぐ。王をユクリシスさんが守りながら避難しているから、もうこの広間にいるのは俺らだけ。流れ弾を気にする必要はない。

 空中に放たれた符から、透明な亀甲型の盾が複数出現。ルウたちへ直撃しそうだった黒い帯を、受け流しつつ防ぐ。動きに合わせて移動するので、わざわざ作り直す必要はない。


 空中へ踊り出たルウが、一直線に突撃。煌々と輝く拳を突く。が、アルミラさんの前に湧き出た靄が盾となり、バチバチバチ!と激しい火花が散った。ルウの拳は靄すら燃え上がらせるが、向こうも魔力を継ぎ足している。貫くのは困難だろう。

 その後ろから、飛び上がったライムが爪を振り下ろす。表面を液体が覆い、僅かに震えているように見える。これも靄で防ごうとするが、爪はそれごとアルミラさんの体を切り裂いた。血が吹き出て、わき腹にかけて走る交差した6本の傷跡。吐血しながら目を見開くアルミラさんの頬に、靄を突き抜けてルウの拳が直撃する。制御が甘くなった瞬間を狙って、一気に押し抜いたのだ。鱗が傷だらけになって切り傷も出来ているが、大怪我は負っていない。


 床に叩きつけられ、壁まで跳ね飛び衝突。咳き込んでいるのを見て、追撃を仕掛ける。周囲を飛んできた4枚の符が囲い、透明な魔力の壁が覆う。上に尖がっている三角錐型の結界、これで相手の動きを阻害しつつ...。

 天井付近の雷が集まり、シュルシュルと内側に凝縮されていく。そして、落雷。結界の頂点目掛けて走った稲妻は、狙い違わず命中。結界内を、青い雷光が埋め尽くし、アルミラさんを焼き焦がす。動きを止めて、雷で狙い撃ち。しかも、結界内なら雷のエネルギーが敵を焼き続ける。いくら不死でも痛覚はあるはず、さすがにこれはキツいっしょ。


 だが、そこは不死の面目躍如と言ったところか。内側から結界を破壊し、黒く澱んだ闇の奔流が俺らを襲う。触れたカーペットは、白煙を上げながら溶けている。こんな魔術を貴族がいる中で使われてたら、危なかったね。

 5枚の符を基点として、巨大な2枚の魔力の壁を作り出し、鋭角になるように床に立てる。濁流となって流れてきた闇の海を、壁が舳先となって切り開く。魔力すら溶かすのか、壁の表面がドロドロになっているが、そう簡単に崩れはしない。


 闇が晴れると、石畳がむき出しになった床がまず目に入り、その先に煙を上げているアルミラさんが。やっぱり、火傷は再生が遅いな。炎で傷が塞がってしまうからかな?


「っつ・・・不死への対策は十分だというわけですか...。ですが、それで私を殺せると思わないことです!」

「お父様、どうします?不死を殺すには、特殊な武器などが必要なのでしょう?」

「業火さんみたいに、跡形もなく消し飛ばすという方法もあるけどな。ルウ、あんくらいのブレスって撃てる?」

「うーん、さすがに厳しいかな...。第一ほら、こんな屋内でブレスを撃ったら、城は倒壊しちゃうし」

「それもそうか。うーん・・・やっぱり、行くしかないのか?絶対怒られるから、あまり気は進まないんだけど...」

「そうも言ってられないじゃない。でも、向こうから呼んでもらえない以上、こっちから行くしかないわけでしょ。どうするの?」


 アルミラさんの再生も、もうすぐ終わる。うだうだ考える前に、さっさと転移してしまえばよかったな...。後悔してても仕方ない、またダメージを与えてその隙に転移するか。


 そう思って符を構えた直後、アルミラさんの腹が吹き飛び大きく抉られた。僅かに遅れて、耳に届く轟音。ニクロムが外から狙い撃ったのか。広間にある窓のガラスが割れているから、多分あそこから弾が飛んできたんだろう。

その窓から、小さな何かが飛び込み、アルミラさん付近に着弾。連鎖的に爆発を引き起こす。狙撃した後に追撃でミサイルを放ったんだろう。ある程度ルートは設定できるらしいから、壁にぶつかる心配もない。


 広間が一気に血生臭くなっていく。腹が吹き飛び、その上ミサイルの爆撃をもろに喰らったアルミラさんは、顔を真っ青にして膝をついている。傷は治っても、血までも再生するわけじゃないからな。貧血による激しい頭痛、吐き気などが襲っていることだろう。


『マスター、話は符を通して聞いていました。今のうちに転移を』

「ニクロム、どこから撃ってるんだ?」

『後でお伝えします。今は、さっさと転移してしまってください。私は壁の方へ援護に向かいますので』

「了解、怪我には気をつけるんだぞ!」


 ニクロムが作ってくれた時間を無駄にするわけにはいかない、素早く転移してしまおう。


「ツチノ、準備は出来ているか?」

『もちろん、いつでもいけるよ!ここにいる人全員だね。ルウたちは問題ないけど、アイツは接触してないと駄目』

「分かってるよ。再生中だから大丈夫だろうけど、一応警戒はしといてな」


 符を構えたまま、アルミラさんに近づいていく。血溜まりに足を踏み入れ、床に横たわっているアルミラさんに触れる。相変わらず恨みの篭った目で俺を睨んでいるが、魔術を放つ余裕はないようだ。この出血量だしな、普通なら即死レベルだ。


「安心してください、戦い易い場所に移るだけですから。暴れないでください、腕や足がなくなっても知りませんからね。ツチノ、跳んで」

『オッケー!』


 体が浮かぶような感覚と共に、視界がグルッと暗転。周りの景色は、いつの間にか夜のそれに変わっていた。ふう、やっぱりちょっと気持ち悪いな...。


「・・・ここは」

「前帝王が亡くなった場所ですよ。そういえば、アルミラさんは来てませんでしたね。良かったじゃないですか、大好きな人と同じ場所で死ねるんですから」


 未だに腹から血を流しているアルミラさんを置いて、無事一緒に転移して来たルウたちの元へ向かう。怒られるときは皆一緒に、ね?


「・・・おうこら、ツチオ。テメェ、何で来てんだよ」

「あ、断絶さん。お久しぶりです、三ヶ月ぶりでしたっけ?」

「つい先月来たばかりだろ!ブレスの練習とか言ってな!しかも、今度は瀕死の女まで連れてきて・・・ライムがついにやっちまったのか?」

「濡れ衣です!例えやるにしても、証拠が残らないよう丁寧に殺します!」

「丁寧に殺すって何だよ...。んで、今日のご用時は?」

「このだだっ広い空間を借りにきました。城内で戦ってたんですけど、やっぱり狭くって...。ここなら、いくらでも暴れられますし」

「そんなこったろうと思ったよ。拒否しても無駄だろうし、さっさと終わらせてくれ」

「すみませんねぇ。お詫びに、今度おいしいものでも持ってきますので」

「いや、もう来るなよ。はあ、何で転移でここに来れるんだろうな...?」

『腐っても精霊ですからねー』


 やっぱり勝手に来られて怒っていた断絶さんだったが、諦めて自室こと別空間に引っ込んだ。再生を終えたアルミラさんが、立ち上がって右手を空へかざす。ぽつぽつと闇の砲弾が現れていき、見る見るうちに満天の空を覆った。


「広い空間というのは、私にとっても好都合です。これで、お終いです」

「多いな・・・ルウ、ブレスの準備。ライムとリンは援護。ツチノ、やるぞ」

『こんなこともあろうかと、用意しておいて良かったね』

「むしろ、対アルミラさん用としか考えてなかったけどな。あんなの、他に使い道が見つからなんねぇよ」

「馬鹿みたいな出力だものね。世界が揺れるなんて、業火さんのブレス以来だよ」

「アルミラさんの気を引くのは任せるからな。防御は任せろ」

「お父様の防御は鉄壁です、自信を持ってください」

「私は最悪障壁があるから、ライムを優先して守ってよね」


 ライムとリンが、左右に分かれて飛び出す。それと同時に、俺とツチノが合体変身、魔力が膨張する。ルウも、腕に魔力を集め精神を統一、最大威力のブレスを放つための準備には、それなりの時間がかかる。


 空中に浮かんでいた闇の星ヶが、一斉に落ちる。まさに流れ星のように尾を引きながら、俺たちへと襲い掛かる。半分以上は俺とルウに、残りは個別にライムとリンへと向かっている。


「練習通り、途中までは任せたぞ!」

『任された!ツチオのちょっといいとこ、見てみたい!』

「一気かよ!?相変わらず軽いな!」


 両手に取り出した大量の符を、空中にばら撒く。浮遊した符の半分近くを、ライムとリンの元へ飛ばし、残りは俺らの防御に当てる。

宙に止まった符が魔力で繋がり、頑丈な結界を作り出す。正二十面体の結界、耐え切ることと受け流すことを最大限両立させた結果、このような形に落ち着いた。その堅牢さは折り紙つき、どっからでも掛かって来いという感じである。だから、集中するのはライムたちへの防御。信じて突っ込んでくれてる、ならば答えなければならない。


 左右背後から黒い流星が迫っても、2人は速度を落とすことなくアルミラさんへとひた走る。かなり距離は縮まっているが、このままでは先に撃たれる。だから、俺の出番だ。

2人と併走していた符を展開、湾曲した長方形の魔力の大盾が出現し、魔術の進路を塞ぐ。どうやら操作性はないようで、そのまま突っ込んでいき爆発。盾もろとも後続を巻き込んで微塵と消えるが、まだまだ魔術は残っている。後方を覆うように続々と盾を作り出し、2人へは近づかせない。その間中爆音が響いているが、結界は揺るぎもしない。うん、やっぱり渾身の出来だな。


 魔術に追われながらも、アルミラさんの目前にまで迫った2人。ライムに靄が効かないのを思い出したのか、後退する様子。それを見た2人が一気に攻め込むが、その瞬間彼女の口の端が釣り上がった。2人へ両手を向ける。そこには、掌から溢れかえらんばかりの闇の塊が。何かの準備をしている俺らより、明らかに陽動のライムたちを迎撃するのを選んだ!?くそ、不死だから何をやられても死なないってか!させるかよ!


 流星を防ぐ分だけを残して、全ての符で2つの術を発動。1つは防御用の、亀甲型の盾を2人の前に。もう1つは、アルミラさんの両腕の肘辺りを囲うように配置し、平べったい板のようなものを作り出す。

魔力の板が完成する。当然、その途中にはアルミラさんの腕が。板の裏表で区切られ、ポロリと地面へと落ちて行く。

魔術が未完成のまま発動、その場で大爆発が巻き起こる。盾に守られつつも、吹き飛ばされるライムとリン。正面からモロに喰らうアルミラさん。ダメージの差は歴然としている。


「あ、ありがとうございます、お父様」

「ホント、エゲツない技よね...。あんなの、いくら装甲が厚くたって無意味じゃない」

「そうでもないぞ、高速で動かれると上手く囲えないから切れないし。まあ、盾は守るだけじゃないってことだよ」


 あういう相手には、火蜂とかはほぼ効かないからな。雑魚相手になら、本当に効果的なんだけど...。


「ルウ、準備は?」

「うん、出来てる!いつでもいけるよ!」

「よし、ツチノも大丈夫か?」

『発動準備は出来てる!後は、ツチオが細かい調整をするだけ!あー、やっぱこういうチマチマしたのは性に合わない!』

「お疲れ、後は任せて」


 全ての準備は整った、後は引き金を引くだけ。アルミラさんが吹き飛んでいる今のうちに!

 空中に展開された符が、5つの大きな円を描く。緑・赤・黄・白・水色に輝く円が、さらに大きな1つの円を描いた。光は一層強くなり、月光を遥かに凌駕している。何回も制御しているとはいえ、これほどの魔力を操るのは難しい。まるで暴れ馬、こっちのことなんてお構いなしだ。

ルウが腰だめに、両掌を合わせて構える。その中には、まさに小型の太陽かと思わんばかりの火の玉が、魔法陣に負じと光を放っていた。どちらも直視出来ない、目が潰れてしまう。


「人間如きが、このような魔術を...。絶対に、撃たせない!」

「いいえ、絶対に撃たせます!」

「邪魔させないわよ!」


 空中の符を落とそうとするアルミラさんに、百重の雷が降りかかる。さらに、ライムが自分の体の一部を切り離し、投槍のように尖らせて投擲。その小さな体の、どこに秘められているのかと思うばかりの力で風を切り裂きながら飛翔し、アルミラさんの右肩へと突き刺さった。その上、形状が変化。触手のように細かく分裂して、腕や胸を刺す。きっと、体内の部分も針球のようになっているだろう。恐ろしい。


「ぶっ放せ、ルウ!」

「うらあああああ!!!」


 掌の中の太陽が破裂、秘めていた熱エネルギーを解き放つ。雲の切れ目から差す太陽光のように、空へ放たれるルウのブレス。狙うのは魔法陣の直上、魔法陣を発動させるためのキーである1枚の符だ。

見事、符へと命中したブレス。そのまま符を消し飛ばすかと思いきや、一気に方向を真下へと転換する。このためだけに作った、ブレスの方向転換用の符。キャパのほとんどを耐熱処理に回しているが、それでも10秒も持たない。それだけで、十分だ。

魔法陣のど真ん中へと突っ込んでいき、そのまま吸い込まれていった。

空間を静寂が支配する。肩をズタズタにされているアルミラさんも、何事かと暢気に魔法陣を見上げていた。・・・来るぞ。


 何の前触れもなしに、魔法陣全体が一気に真っ赤に染め上げられる。ルウのブレスによって蓄えられた魔力が、陣の魔力を上乗せしさらに何倍にもなって解放されるのだ。星の符術のある意味での到達点、ルウのブレスの威力を跳ね上げるためのブースターへとその姿を変えた。


 魔法陣に込められた魔力が爆発、空間を揺るがし大気を焼き、巨大な火柱が出現する。アルミラさんを包みこんだそれは、周囲の空間ごと巻き込んであらゆるものを焼失させる。火柱という形に凝縮された超高熱の炎は、爆発などを起こさずただただそこにあったものを焼いた。


「あぁ・・・今、お側に」


 そんな声が、火柱が出来る前に聞こえたような気がする。目の前に出来た大穴を見て、俺はそう思った。あの轟音の中、彼女の声を聞くのは困難だ。だが、確かに聞いたと断言できる。グランニールの時もそうだったように。






「ふぅー、ただいまー」

「はい、おかえりなさい、マスター」

「ああ、ニクロム。もう戻ってたのか」


 アルミラさんを無事に撃破し、断絶さんにお小言をもらった後、俺たちは王都内にある我が家へと帰宅した。色々と仕事は残っているけど、今日は休めということで帰らされたのだ。


 アルミラさんが連れて来ていた魔物たちも、第1の壁に配置していた兵たちに掃討されていた。ハロさんも宮廷魔術士として参加してもらったのだが、岩蛇たちとニクロムが大活躍だったらしい。「もうあれよ、この蛇たちだけでちょっとして軍団よ」と。あれからさらに改良して、ニクロムっぽい攻撃も出来るようになってるからな。数もかなり増えたし、まあ軍団と言われても不思議はない。

それよりも重要なのは、ユクリシスさんが連れてきた魔物の兵たちと、人間の兵が共闘して撃退したということ。タイレスさんとトゥルーリーさんが指揮をとり、大物の相手をしたそうだ。まさに八面六臂だね。


 正式に国交を結ぶのは後日になったそうだが、既に結ぶことは決定事項となっているから問題はない。いやー、ここまで来るのが本当に大変だった。両国を行き来して関係を取り持ったり、消極的だった国王を変えたりと...。アルミラさんを倒して、ようやくここまで来たって実感が湧いてくる。どこにいるのか、ずっと警戒してたからなー。肩の荷が下りたって感じだよ。明日から、また忙しくなるんだろうけどね。はあ、デスクワークとか貴族の相手は大変だこと。


「こちらが岩蛇たちの符です」

「ありがと。怪我はしてないか?」

「ええ、もちろん。あれしきの相手、マスターのと比べたら雑魚同然ですよ。それより、ルウたちは?」

「少し怪我したけど、もう治してもらったから大丈夫」

「私の体は、まとめて焼却処分されてしまいました...。戻るのに、少し時間がかかりますね」

「使ったのは魔力だけだし、特に問題はないわ」

「そうですか。相手がアルミラだったにしては、ずいぶんと余裕だったようですね」

「いやー、そんなことはないよ。入念な準備があったから余裕そうに見えるけど、結構ギリギリだったんだからね。貴族の中で大きな魔術を使われでもしたら、一発でご破算だったし」


 あそこはシャンデリアを落とすので済んで、本当に良かった。ずっと警戒はしてたけど、防御が間に合ってたかどうか微妙なところだし。


「まあ何にせよ、無事に帰ってこれてよかったですね」

「そうだなー。さすがに疲れたし、もう寝ちゃうか」


 皆で寝室に向かう途中、ある部屋に立ち寄る。大きなベッドが置かれ、床には様々なものが散乱している。ぬいぐるみに木刀、絵本などなど。まったく、寝る前にはちゃんと片付けろって口をすっぱくしてるのに...。注意しとかないと。


「ふふ、気持ちよさそうに寝てるね...」

「そうだな...」


 端っこで布団を抱きしめている、ルウと同じ赤い髪の子。さらさらと撫でると、少し尖がっているのが分かる。先ほどとは打って変わって、慈愛に満ちた母親らしい表情で、娘を撫でているルウ。相変わらず、子どもの前だと人が変わる。


「まったく、腹を出して寝ちゃって・・・風邪を引くじゃない」

「あら、これって私とお父様の...。ごめんね、寂しかったわね」


 3人川の字になって寝ている、俺たちの子ども。今日は一日中家に帰れなかったから、きっと寂しかったんだろう。ベッドの中で固まっている。

俺がここまで頑張れたのも、この子たちのおかげだ。この子たちに辛い思いはさせたくない、自由に伸び伸びと育って欲しい。そう思えば、どんなに辛いことも頑張れた。大変な仕事でも、こなすことが出来た。守りたいものが増えると、人は本当に変わる。そう実感している。


「あ、ツチオ見て見て。寝言でパパって言ってるよ。可愛い...」

「最近はずっと仕事尽くめだったからな・・・今度、休みをもぎ取ってどこかに出かけようか。湖畔とかに、弁当を持ってさ」

「そうだね・・・もう、そういうことが出来るんだよね...」

「ああ...。ごめんな、一緒にいたいだろうに」

「それはツチオも一緒でしょ?これから、今までの分もいっぱい取り戻せばいいんだよ。ね?」

「そうですよ、お父様。ずっと頑張ってきたんですから、少しくらい休んでも誰も文句は言えませんよ」

「ツチオの武勇伝を聞きたいってせがんでたわよ?腐るほどあるんだし、聞かせてあげて。きっと、ツチオの口から聞きたいだろうし」

「武勇伝って・・・そんな大層なものじゃないんだけどな」


 まあ、それで喜んでくれるならいくらでも話そう。ダンゼ島とかの話とかどうかな?結構面白いと思うけど。


「ツチオ・・・ずっと、一緒だよ。これから、幸せになるんだから」

「そうです、お父様。あなたの人生は、ここからが出発点です」

「もう十分戦ったわ。そろそろ、普通の幸せを手に入れないと」

「他人に茶々は入れさせません。必要とあらば、いくらでも私を使ってください」

『良かったね、ツチオ。夢が叶って。本当に、ここに来て良かった。本当に...』

「どうした皆、急に改まって...」

「何となく、そんな気持ちになったの!ツチオ...」


 子どもたちを起さないように。でも、俺の心に深く染み込む、同じ言葉を口にする。


「「「「『あなたに出会えて、本当に良かった』」」」」


この話でとりあえず、最終話となります。他にも後日談やら何やらを考えているので、それを投稿するまでは一応完結にはしません。出来るだけ時間を空けないよう頑張ります。

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